映画「かがみの孤城」を観た。
読んでいないが、原作はかなり優れているに違いない。これまでに辻村深月原作の映画は「ツナグ」「朝が来る」「ハケンアニメ!」の三本を鑑賞して、いずれもよかった。この人が原作の作品はハズレがない感じだ。本作品は子供たちが主役のアニメということで、多少ハードルを下げて鑑賞したが、期待以上の面白さだった。
子供が大人になる第一歩は、自分が世界の中心ではないと気づくことである。価値観の相対化はまず自分からはじまるのだ。自意識の目覚めである。すると他人の目がとてつもなく気になるようになる。自分は他人からどう見られているのか。
子供が取る態度は三つに分かれる。他人からよく思われようとするか、他人を従わせようとするか、他人のことを気にしないかのいずれかだ。どの態度を取るかは相手によって異なるから、子供の行動は一気に複雑になる。
その後は、家族がどんな態度を取るか、本人がどんな経験をするかによって、精神的な成長の方向性が違ってくる。中学生にもなれば、色々なタイプの子どもたちが同じ学校にいることになる。暴力が見過ごされる学校では、いじめが起きたりする。
小学校高学年から中学生は第二次性徴期だから、行動が性欲にふりまわされる。この時期に正しい性教育を受けるべきだが、日本の性教育はまだまだ不十分で、中学生が妊娠するなどの芳しくない事態が発生することがある。
教育と経験を経てはじめて、自分の状況を分析したり、対処法を考えたりするようになり、他人を思いやることができるようにもなる。稀にかもしれないが、他人に対する思いやりの気持ちを育まないまま大人になる人間もいる。不幸なことに、日本では政治家や経営者にそういう人間が多い。
さて本作品は、優しさや思いやりを獲得できるかどうかの瀬戸際にいる中学生たちが主役である。いじめや虐待やネグレクトに遭っている経験を少しずつ告白し合うことで、他人の痛みを理解するという一連の成長物語に、ハズレはない。
優しさや思いやりは他人の人権を尊重することからはじまる。まさに日本国憲法の精神そのものだ。戦後民主主義を崩壊させようとする政治家の動きが強まる中で、やり返さない覚悟、人権を尊重し続ける覚悟は並大抵ではない。敢えて子供たちにその重荷を負わせようというのが、本作品の壮大なテーマである。
ヒロインの安西こころは、強気でも弱気でもなく、みんなから好かれる自分を夢想するけれども行動には移せず、自分の本心を話すのが恥ずかしいという、割とどこにでもいるタイプの普通の中学生だ。その設定がよかった。中学生の成長物語に適した設定である。
こころの心情を足の運びで表現したラストシーンは、明日に向かって歩き出すような力強い前向きさが感じられて、とても秀逸だと思う。