三無主義

 ~ディスパレートな日々~   耶馬英彦

映画「幻滅」

2023年04月16日 | 映画・舞台・コンサート

 映画「幻滅」を観た。

映画『幻滅』公式サイト

映画『幻滅』公式サイト

映画『幻滅』公式サイト

 

 フランスの貴族の名前には、姓と名の間にde(ド)が入る。本作品のヒロインを演じたセシル・ド・フランスもそうだし、フランス大統領だったシャルル・ド・ゴールやヴァレリー・ジスカール・デスタンもそうだ。ジスカール・デスタンの場合は分かりにくいが、Giscard d'Estaingとフランス語のスペルにすると一目瞭然である。そういえばサルトルの相方だったシモーヌ・ド・ボーヴォワールもde(ド)が入っている。
 本作品の主人公である貧しい薬屋の息子リュシアンも、貴族の出身である母方の名前「ド・リュバンプレ」を名乗りたがる。文学青年なのに既存の価値観である貴族の称号にすがろうとする浅ましい精神性から、既に将来的な破綻が目に見えている。権威に対してニュートラルな立ち位置でなければならないはずの文学者が権威にへつらおうとするのは見苦しい。このシニカルな視点は現在のフランス人に通じている。一方でリュシアンが縋ろうとするエスタブリッシュメントは、立場の維持と保身に余念がない。それはナチスに占領されたときのフランスの支配階級の態度とそっくりだ。歴史は繰り返す。

 ちなみに本作品の原作者のオノレ・ド・バルザックのde(ド)は、どうやら後付けのようで、貴族のふりをするというバルザック一流のおふざけであるらしい。バルザックの作品はその筆名のように世の中に対して斜に構えたところがある。そもそも自分の作品群に「人間喜劇」という名称をつけたくらいだ。執筆した悲劇の数々は、バルザックにとっては喜劇に映っていたのだろう。

「人間喜劇」の作品群のひとつである「谷間の百合」には、有名な「C'est La Vie」という台詞が登場する。大抵は「これが人生なのです」と大袈裟に翻訳されているが、英語の「So it goes」と同じで、割と日常的に使われる言葉だ。だから「こんなもんさ」とか「仕方ない」といった軽い感じの翻訳がむしろバルザックの台詞らしいと思う。「人間喜劇」の作品群には「C'est La Vie」という皮肉な諦観の世界観が通底している。

 翻って現代の世界を顧みると、本作品と少しも変わらない喜劇が繰り広げられているのを目の当たりにする。それは我々の日常から、政治のステージにまで及んでいる。ロシアのプーチン、中国の習近平、北朝鮮の金正恩、日本の岸田文雄、菅義偉、アベシンゾーなどの政治家は人権を蹂躙して憚らない。その本質はISISやタリバンと少しも変わるところがない。しかしそれらが民衆に支持されているのも事実だ。バルザックの小説よりももっとずっと愚かしい喜劇が、現在の世界の現実なのである。C'est La Vie。


映画「サイド バイ サイド 隣にいる人」

2023年04月16日 | 映画・舞台・コンサート
 映画「サイド バイ サイド 隣にいる人」を観た。
映画『サイド バイ サイド 隣にいる人』 | 大ヒット上映中

映画『サイド バイ サイド 隣にいる人』 | 大ヒット上映中

4月14日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開。 映画『サイド バイ サイド 隣にいる人』 出演:坂口健太郎、齋藤飛鳥、市川実日子、浅香航大 ほか

映画『サイド バイ サイド 隣にいる人』 | 大ヒット上映中

 失礼だが雰囲気だけの映画で、哲学や世界観に欠けている気がした。登場人物たちの葛藤が伝わってこないのだ。こういう世界があってもいいよねとでも言いたげな、御伽噺みたいな作品である。
 坂口健太郎の演技が上手すぎて、その特殊な能力についての謎解きがあるに違いないと思わせるが、物語は四方八方に散らかったままだ。
 感性で製作したと言われればそれまでで、当方には理解する感性がなかったということになる。登場人物に感情移入したりストーリーを楽しんだりする作品ではなく、緩やかに流れる時間の中で、ただ善人たちの微視的な精神性を肯定するだけだ。
 絵画で言えば抽象画で、凡人の当方には合わず、襲いかかる睡魔と戦いながらの鑑賞だった。しかし、観終えると晴れやかな気分になったのが不思議だ。もしかすると、そのあたりに本作品の秘密があるのかもしれない。

映画「パリタクシー」

2023年04月16日 | 映画・舞台・コンサート
 映画「パリタクシー」を観た。
映画『パリタクシー』公式サイト|2023年4月7日(金)公開

映画『パリタクシー』公式サイト|2023年4月7日(金)公開

フランス初登場新作No.1!不愛想なタクシー運転手が乗せたのは、終活に向かうマダム。彼女の依頼は人生を巡るパリ横断の“寄り道”だった―。

映画『パリタクシー』公式サイト|2023年4月7日(金)公開

 老いて矍鑠としているパリジェンヌの物語である。家を出てタクシーで老人ホームに向かう道すがら、パリのそこかしこに立ち寄り、そこで起きた出来事を運転手に語るのだが、その波瀾万丈の人生に驚く。
 前日にイランを舞台にした映画「Holy Spider」(邦題「聖地には蜘蛛が巣を張る」)を観たばかりで、1950年代のフランスの女性の立場は、現在のイランと同じようであったのだろうと想像がつく。権利が制限され、人格が蹂躙されている。
 しかしマダムは恨み言を語るのではなく、恋の思い出を楽しく話す。76年前のキスについて情熱的に表現できるところが素晴らしい。マダムにとっては昨日の出来事のように生々しい記憶なのだろう。
 米兵とキスしたかと思うと、老人ホームで人生を終えようとしている。あっという間だったと言う。死ぬときには自分の人生が走馬灯のように蘇るというが、本作品自体が、マダムにとっての走馬灯のような物語である。人生は悲惨だ。しかし人生は素晴らしい。マダムの自由な精神性に感動した。

映画「聖地には蜘蛛が巣を張る」

2023年04月16日 | 映画・舞台・コンサート
 映画「聖地には蜘蛛が巣を張る」を観た。
映画『聖地には蜘蛛が巣を張る』公式サイト

映画『聖地には蜘蛛が巣を張る』公式サイト

北欧ミステリー『ボーター 二つの世界』の鬼才アリ・アッバシ監督が描く、聖地を揺るがず実在の殺人鬼“スパイダー・キラー”による16人娼婦連続殺人事件

映画『聖地には蜘蛛が巣を張る』公式サイト

 面白かった。リアリティがあり、緊迫感がある。歪んだ精神が集団に蔓延すると、腕力に乏しい女性にとって、恐ろしい社会になる。
 
 原題は英語で「Holy Spider」だ。内容からすると「Psycho Killer in sacred place」でもよさそうだが、検閲のあるイランが舞台だから、様々な忖度が働いてのタイトルかもしれない。邦題はもっと踏み込んで「聖地の殺人鬼」としたほうがインパクトがあった気もするが、こちらも何らかの忖度が働いたのかもしれない。この作品自体の危なっかしい立ち位置が伺える。
 
 描かれたイランの聖地マシュハドの状況は、かなり酷い。イスラム法が民主主義を蹴散らして、人権を侵害している。特に女性に対する差別や偏見は著しく、ホテルマンでさえも客の女性に対してイスラム原理主義を強制しようとする。
 実際のイランの状況がこれほど酷いかどうかは不明だが、イランの首都テヘランで2022年に、ヒジャブの被り方が不適切だとして道徳警察に女性が殺された事件があった。権力がイスラム原理主義で国民を殺す国だというのは間違いない。つい最近では、マシュハドの近くの食料品店でヒジャブを外した女性に、並んでいた男がヨーグルトをかけて逮捕された事件があった。
 イスラムの掟を守らなければならないという画一的なパラダイムが共同体を席巻しているのは、日本の戦前における非国民のパラダイムと同じだ。多様性を許さない共同体は集団的ヒステリーに支配されていると言っていい。恐怖の地域である。
 
 本作品のラヒミには、ジャーナリストの矜持がある。ヒューマニズムに基づいた矜持だ。人間は生まれながらにして、その生命、身体、人格は尊重されなければならない。売春婦は屑だ、殺してもいいのだという考え方は、異常である。しかしそれを異常だと思わないパラダイムがある。一方的な考え方で他人の人格を一刀両断してしまう横暴な思想だ。
 マシュハドの異常さは必ずしも特別ではない。イスラム原理主義に限らず、共同体に支配的なパラダイムに依拠して他人の人権や人格を蹂躙しようとする精神性は世界中に蔓延している。貧しい人や障害者などは、常に差別を受けていると言っても過言ではない。差別しているのは誰か。我々も例外ではないのだ。日本がマシュハドのようになる日も遠くないだろう。