今の日本の危機を救うのは草莽の志士であり、売文保守とは無縁である。村上一郎は「たとえ家に一日の糧なくも、心は千古の憂いを懐くといった趣の、民間慷慨の処士こそ、明治維新期に考えられた草莽の典型であったろう」(『草莽論』)と書いていた。権威に屈することなく、貧しいからといって、信念を曲げることはないのである▼詩人でもあった村上は、その語り口も独特であった。「いわば草莽が天下万民になり代わって、そのこころをこころとし、自ら苦しみ、あるいは敢えて自ら万民の魂魄のうめきを一身に体現して、その苦労を救うべく立つという道である」とも力説したのである。名声を求める者と対極にあるのが草莽の志士なのである。高禄を受けることもなく、野に埋もれているからこそ、正論を吐くことができるのだ▼左翼にとどまらず、保守派ジャーナリストの劣化も深刻である。その多くが売文の徒になり下がっている。「先人に先んじて憂い、世人に後れて楽しむ」という精神を見失ってしまっている。かえってネットの名も無き人の言論に励まされることの方が多い。どれだけ本が売れたかというよりも、何を書いたかが問題ではないだろうか。我が国はかつてない危機に直面しており、野にある者たちこそが今こそ立ち上がらなくてはならない。吉田松陰が説いた「草莽崛起」を我がものとすべきなのである。
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