:〔続〕ウサギの日記

:以前「ウサギの日記」と言うブログを書いていました。事情あって閉鎖しましたが、強い要望に押されて再開します。よろしく。

★ 教皇暗殺事件-5 (完結編)

2011-03-06 21:57:26 | ★ 教皇暗殺事件

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教皇暗殺事件-5 (完結編)

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この出来事の私なりのコメントをどう締めくくればいいものか苦慮しています。あらかじめ、一つのはっきりした結論があります。しかし、そこへどう辿っていけばいいのか悩んでいるのです。 

前回は、ヨハネ・パウロ2世がファティマの秘密に拘った話で終わっています。このブログを読む方のうちの、カトリックでない現代日本人の皆さんには、なんの話だか全く馴染みがないかもしれませんので、かいつまんで申しましょう。


その全ては、この3人のポルトガルの片田舎の牧童たちから始まります。1917年ごろの写真です。時代がかった写真の空気から、小学校もまともに行っていないような全く無名の無知で純朴な子供たちが、世界を震撼とさせるような大きな出来事の主人公となったのです。カメラの前で眉根を寄せて固まっている子供たち、服装も100年前のもの、日本では大正8年のことです。当時の、鉄道も通わぬ東北のド田舎の鼻たれ小僧たちを想像して見て下さい。 

真ん中の9歳のフランシスコと右側の一番小さいヤチンタは間もなく病気で夭逝しています。しかし、その二人は教皇ヨハネ・パウロ2世によって2000年に列福されました。当時10歳だった左側のルチア・ドス・サントスは、後にカルメル会の修道女となり、2005年2月13日に97歳の高齢で死去しています。ルチアのその後の生涯はひとまずおくとして、100年前のポルトガルの片田舎の幼い無名の牧童達が、その後の世界史の重大な出来事に決定的な関わりを持ったという異常な事態を、まず頭にしっかり刻んで頂きたいと思います。 

 そして何が起こったのか? 

 これについては、ローマにいて、私がかつて読んだ日本語の信頼できる文献が手元にないので、ちょっと手抜きの感を免れませんが、インターネットで検索して得た資料の中から、私の記憶とあまりかけ離れていない記事を借用して紹介したいと思います。

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事件の発端は、ヨーロッパの西、ポルトガルの真ん中にある小さな村ファティマ。主役は羊飼いの家の末娘で、10歳になった女の子。名をルシアという。脇役はルシアのいとこにあたる9歳のフランシスコとヤシンタ。とりたてて特徴のある子たちではない。

事件は1917年5月13日、快晴の昼日中に起こった。ルシアたち3人は羊を連れて、村から2キロ先のコバ・ダ・イリアという窪地にやって来た。正午を過ぎたころ、突如、空中に強烈な閃光がきらめいた。少女たちは輝く光にとらえられ、目がくらみそうになった。

光の中心に、小さな美しい貴婦人が出現した。彼女は子供たちに、毎月13日のこの時刻に、6回続けてこの場所に来るように告げられた。

3人は秘密にすることを約束したが、一番小さなヤシンタは母親に問い詰められて話してしまった。そのため3人は村中の笑い者になった。

2回目の6月13日には、それでも噂を聞いた村人が6~70名現場に来た。彼らはルシアが目に見えない存在に話しかけている様子を、まるで別の世界に引き込まれて行くような気持ちで観察した。

ブーンという蜂の羽音のようなものが聞こえた者もいた。


ルシアの対話が終わったとき、目撃者全員が爆発音を聞き、小さな雲がヒイラギの木のそばから昇って行くのを目にした。
3回目の7月13日には、目撃者は5千人にふくれあがった。この3度目のコンタクトでは、時期が来るまでは口外してはならないという命令とともに、重要なメッセージが預言された。

内容は25年後に、バチカン当局から次のように発表された。

1 第一次大戦は終わりに近づいたが、このままでは次の法王(ピオ11世)のときに大きな不幸が起こる。
2 次の大きな不幸の前に、夜間に不思議な光が見える。これは神の警告のしるしである。
3 ロシアは誤りを世界にまき散らし、戦争をあおりたて、多くの国が滅びる(この後に重要な「第三の予言」が続くのだが、徹底した秘密となっている)。

第二の予言は、1938年1月26日の夜9~11時にかけ、西ヨーロッパ全域において異常なオーロラに似た色光が輝いた。これは説明つかない現象として、当時のヨーロッパ諸国の新聞にも大きく報じられた。
この不気味な光に呼応するかのように、ドイツではヒトラーが台頭し、まもなく第二次世界大戦の火ぶたが切られた。…4回目の8月13日、今度は2万人の群衆が現場に集まった。しかし、ルシアたち3人は姿を見せなかった。世間を惑わすという理由で、官憲によって投獄されていたからだ。

だが、子供たちの不在のまま、雷鳴がとどろき、閃光がきらめき、ヒイラギの木のそばに小さな白雲が出現、数分後青空に上昇して溶け去った。

5回目になると、群衆は3万人にふくれあがった。その中には、奇跡をあばこうと目を光らせている3人のカソリック司祭もいた。

正午、明るく輝いていた太陽が急に光を失い、周囲は黄金色に包まれた。青空のかなたから銀白色に輝く卵型の物体が現れ、ゆっくり東から西へと飛びながら、子供たちのいるヒイラギの木の上に静止すると、白雲が生じて物体を包みこんで見えなくなった。

人々がこの奇妙な光景に目をこらしていると、白い綿状のものが空から降ってきた。人々が手を伸ばしてつかんだり、帽子で受けると溶け去ってしまった。

貴婦人とルシアの間で会話が始まり、10月13日の奇跡の再現が繰り返された。15分後、「お帰りです」というルシアの声が響いたとたん、また銀白色の卵型物体が出現し、青空にゆっくりと上昇して消えていった。
一部始終を目撃した司祭は、銀白色の球体を「あれは天国の乗り物で、聖母を王座からこの荒野に運んできた」と語った。以来、貴婦人を「聖母マリア」、卵型物体は「聖母の乗り物」といわれるようになった。

最後の6回目の出現は、予告どおり10月13日に起こった。その日は老若男女、あらゆる階層の人々が現地につめかけ、その数は7万から10万人に達したという。中にはヨーロッパの主要新聞の記者や科学者なども含まれていた。その日の奇跡現象は今も語り継がれるように、さすがに凄い。

聖母の出現に先立って閃光がきらめき、付近一帯にはバラの花のような不思議な甘い芳香がただよった。子供たちとの対話が始まったが、群衆には聖母の姿は見えず、声も聞こえなかった。ただ、子供たちの顔が、うっとりとなっていく変化を目にしただけだった。

聖母が子供たちと話し終え、コバ・ダ・イリアを去って行くとき、予告されていた奇跡現象が起こった。その日は、あいにくの土砂降りの雨だったが、突然ピタリと止み、厚い黒い雲が割れて青空が見えた。と、そこから銀色に輝く見慣れぬ太陽が出現したのである。周囲にはさまざまな色光が放射され、火の車のように回転している。

かがやく太陽のようなものは回転を中止すると、水平に移動、また元の位置に戻ると再び回転を始め、凄まじい色光を発する、という行動を3回くりかえした。

と、突如として赤く輝いたと思うと、今度は群衆の図上に稲妻のようにジグザグに落下してきた。群衆は恐れおののき、ほとんどの人は最後の時がきたと思い込み、自分の犯した罪状を告白し始めた。しかし、太陽は再びジグザグに上昇し、青空に納まって行った。

見慣れぬ太陽が消え去り、本物の太陽が輝き始め、我に返った群衆は仰天した。自分たちの衣服をはじめ、木々も地面も完全に乾燥していることに気づいたからである。

この奇跡は、ファティマから数10キロ離れた場所でも大勢の人に観察された。

ともかく予告どおりに大奇跡は起こり、事件はポルトガルだけではなく、全ヨーロッパに大反響を巻き起こした。日本(大正8年)の新聞にも、ヨーロッパにマリア様が出現して大奇跡が起こったと報道されている。

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私が50年前にこのような記事を読んだ時は、このような大袈裟な異常現象の記述は、私の若いころの理性偏重の信仰とは全く調和しない迷惑千万な雑音としか思えなかった。いま突然、私がこのような記事を引用しても、ツイッターで私のブログを知った大方の皆さんも、真偽の判断のしようもない厄介な話としか映らなくてむしろ当然、それが健全な反応だと私は思います。

私はこの話を信じて下さいとは言いません。むしろ、こんな話がなかったらどんなに気が楽かと自分でも思います。しかし、10キロ離れたところからも異常現象は目撃されたとか、無神論者も懐疑主義者も科学者もいる目の前の天空で、極端な異常現象が7万から10万の人々に同じように目撃され、世界中の新聞に大きく書きたてられ、大正時代の新聞が今も見られるなら、日本のマスコミにも取り上げられた事実があったということだけは、どうか心に留めて頂きたいと思います。

これだけの規模で人々を集団催眠にかけることは、現代の技術をもってしても不可能であるに違いない、そういう意味で客観的事実と言わざるを得ないのではないでしょうか。

私は教皇暗殺事件を今回で締めくくるつもりでいましたが、不本意にも前置きが長くなりすぎました。そこで、ひとまずここで区切って、次につなげたいと思います。

 

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