〔ウサギ〕 僕がまだ丸の内や霞ヶ関で銀行やさんをしていたころからのお友達が、あるとき感慨深げに言ってたなー。彼は日本の代表的銀行の一つで役員まで上り詰めて、今も現役だが、「自分はこの年になって、ますます無神論者になったよ。だって、もし神が居るのなら、9.11みたいなことを許すはずが無いではないか」と。
私は思った。その伝で行くと、神がもし居るなら、広島や長崎のホロコーストを許すはずが無かった。無垢な幼子が難病でひどい苦痛に苦しむことを許す神など要らない。また、ヨーロッパの拷問の歴史の博物館を訪ねたある哲学者のように、人間が人間にこんなにひどい拷問をするのを許すなんて、と言ってショックを受け、信仰を失った、という話も当然に思えてくる。
彼は続けていった。「ウサギ君は銀行を辞めて、物好きにも神父になんかなったけど、こんな世の中で神を信じ続けるのはさぞ大変だろうね。いっそ僕のように無神論者になれば、きっと楽になれるのになー」と。
だが、彼は続けてこうも言ったね。「しかし、君ががんばって信じ続けるというのなら、僕は万一本当に神がいた場合に備えて、君との友情に保険をかけておくことにしようと思う。だから君の保険会社が倒産しないように、せいぜいがんばってくれよね」と。
〔エゾ鹿〕 「シャイな表現だけど、それってほんとうは凄い信仰告白なのかもしれないね。」
ウサギとエゾ鹿は並んで雨が降り始めた湖の底をだまって覗き込んだ。
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