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特定秘密保護法案-②
「歴史の教訓を記憶にとどめないものは・・・」
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日弁連は言います
「今から27年前、1985年に、スパイ防止に名を借りた『国家秘密法』案が国会に提出されました。この法案も、国の政治を左右する防衛や外交に関するほとんどの情報を『国家秘密』とし、秘密を漏らす行為や、秘密情報を取得する行為を重く処罰することを内容としていました。」
「しかし、『政府が国民に知られたくない情報を隠すための、国民の知る権利と民主主義をないがしろにする法案』 と言う、国民やマスコミからの大きな批判を受け、結局
廃案
となったのです。」
そこで私は言いたい
問題は、27年前には、国民やマスコミからの批判の声が十分大きく、野党も国会で法案の可決を阻止するだけの力を持っていたから 廃案 を勝ち取ることが出来たが、今の世論の麻痺状態と、野党が委縮し、ねじれ状態が解消した国会では、十分な審議も尽くされぬまま、与党グループ独走のまま―全く抑止力が機能しないまま―あれよあれよと言う間にあっさりと 可決成立 する恐れが大であるという危機的状態にあるということです。このままでは、日本人は ジョージ・サンタヤーナの知恵ある警告に学ぶことなく、歴史の同じ悲劇を、繰り返し経験することになるのではないかと恐れます。
私の父は戦時中に警察国家日本の内務省高級官僚でした。そのため、戦後マッカーサーの占領軍による公職追放の対象にされ、その後一家が悲惨な道を辿ったことを私は決して忘れません。今回の「秘密保護法」が成立すれば、勝てない戦争に突入していったあの「闇の時代」へと逆戻りする第一歩が始まるのです。
ホロコーストを歴史の過去に葬り去りたいと言う大方のドイツ人の感情に抗して、アウシュヴィッツの犯罪の証拠を消し去ることを決して許さないユダヤ人たちは、「秘密保護法」の成立を手をこまねいて許す日本人のような、歴史に学ぶことを知らない愚かな選択は絶対にしないことでしょう。
問題は、「もう手遅れだ、どうあがいても流れは変えられない」、とあっさり負けを受け入れるか、「まだ間に合う、今からでも何とか阻止できる、そのために今すぐみんなが声を上げなければ、力を結集しなければ!」と立ち上がるかです。
27年前にはそれが出来たではないですか! この声を広げましょう。
まやかしの修正案可決ではなく 廃案 を勝ち取るまで。
声を上げようと思っても、北京まで行って
大使館の前でハンタ~イっていってもなあ。
ここに意見を言え、というようなメールアドレスとかないの?
(影の声: K.J.氏は私の中学の時からの畏友です。中国のある都市に住んでいます。K.T.)
親書ですので全文の開示はいたしませんが、要点は:
「お手紙を拝受いたしました。お元気のご様子でほっといたしました。」と言う書き出しの、心のこもったお手紙でした。その中に、「ブログのコメントは私ではございません。」とか、「どうしたら偽物を防げるのでしょうか。」とか、「どうしてこの方はご本名でお書きにならなかったのでしょうか。」などと言う言葉が散見され、最後に「御無事でご帰任になられたことと存じます。冬に向かってお大切に!」と言う言葉で結ばれていました。
最近、二三の有名人の名前を語ったコメントが相次ぎました。いずれも同じ愉快犯の仕業かも知れないと考え、冷静に対応させていただくこととしました。