神が宿るところ

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駿河国の古代東海道(その6・曲金北遺跡)

2011-06-17 21:52:39 | 史跡・文化財
曲金北遺跡(まがりかねきたいせき)。
場所:静岡市駿河区曲金・池田・長沼。JR東海道線「東静岡」駅南口を降りて直ぐ、JRの線路と「静岡県コンベンションアーツセンター」(グランシップ)に挟まれた歩道の地下。専用駐車場なし。
「曲金北遺跡」は、平成6年、「グランシップ」造成工事中に発見された古代東海道の遺構で、道幅約9m(両側側溝を含めると12m)の道路遺構が約350mにわたって確認された。古代道路の遺構そのものが発見されるのは珍しく、古代東海道のものとしては初めてのものだった。発掘調査後、地下1.5mのところに埋め戻されたが、案内板が設置されているほか、歩道のタイル張り部分が道路、両側の植栽部分が側溝を示す形で再現?されている(写真2)。8世紀初頭から10世紀初頭(奈良~平安時代)のもので、遺跡からは須恵器や木簡等も出土している。道路遺跡から木簡などが出土するのは極めて珍しく、しかも、その木簡に「常陸國鹿嶋郡」との文字が記されていたことから、この道路が古代東海道であることが明らかになった(古代には、常陸国は東海道に属していた。)。この遺跡の発見により、古代東海道が現・静岡市駿河区手越付近から現・静岡市清水区清見寺付近まで一直線のルートであったことがほぼ確実となり、その意義は大きい。古代東海道は、現在の東海道新幹線とほぼ同じルートであることが明らかになったわけで、今も昔も、高速交通のルート設定は同じ発想をしていたということは面白いと思う。


写真1:「夢舞台東海道」の「曲金」石碑。「軍神社」の北西側道路脇(近世東海道を示す)


写真2:「曲金北遺跡」


写真3:「旧東海道記念碑」。場所:静岡市駿河区栗原。「北村地下道」の西側。国鉄操車場建設に伴い、旧(近世)東海道が分断されてしまったことを惜しんで建てられたもの。なお、説明碑の御影石は、現・静岡市役所付近にあった「静岡御用邸」で使われていたものという。後ろに見えるのは、JRの線路を跨いで越える静鉄清水線。

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