神が宿るところ

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日秀西遺跡

2013-07-13 23:08:20 | 史跡・文化財
日秀西遺跡(ひびりにしいせき)。
場所:千葉県我孫子市日秀70。国道356号線沿いの曹洞宗「慈泯山 観音寺」の角を曲がって南下し、JR「成田線」の踏切を渡って次の角を右折(東へ)して約250m。駐車場なし。
「日秀西遺跡」は、手賀沼の北側の台地上にある、縄文時代から平安時代までの建物跡を中心とした遺跡で、旧石器時代の石製ナイフ等が出土したほか、縄文時代住居跡が2軒、弥生時代住居跡が2軒、古墳時代住居跡が188軒、奈良時代以降の建物跡が54棟が検出されている。特に、奈良時代以降の建物群は整然と建てられており、下総国相馬郡家(郡衙)に属する倉庫(正倉)跡と考えられている。建物の柱を立てた穴からは和同開珎の銀銭が見つかったが、もともと和同開珎は和銅元年(708年)に銀銭と銅銭が造られたものの、翌年には銀銭の使用が禁止されており、全国的にも珍しいもの。出土した銀銭は、意図的に半分に割られており、何か祭祀的な意味があったのではないかとみられている。
なお、「日秀西遺跡」は、県立湖北高等学校を建設する際に発見されたもので、古代郡家の遺構としては千葉県内最初の発見であったことから、遺跡の一部が保存のために埋め戻され、平成7年には県指定史跡に指定された。しかし、湖北高等学校(昭和54年開校)は平成23年に布佐高等学校と統合され(我孫子東高等学校と改称)、旧・湖北高等学校の校舎は使われなくなってしまい、現在は校内への立ち入りが禁止されている。


あびこ電脳考古博物館のHPから(日秀西遺跡)

千葉県教育振興財団のHPから(日秀西遺跡)


写真1:旧・湖北高等学校入口。遺跡は、左手の校内敷地(植栽部分)などの地下に埋め戻されているようだ。


写真2:説明板


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