好敵手との対戦に疲れて道場の床に伸びていた。この戦いによって感覚は破壊され、世界観はまるで変わってしまったようだった。時刻は23時を大きく回っている。なのにこの道場の大盛況振りはどうしたことだろう。みんな家に帰らないのだろうか……。しかし、自分はもう限界だ。
「帰ります」
「800円です」
と席主が言う。
「食べたぞ」
誰かがすぐに僕が出前を取ったと告げ口をした。その料金がまだ未払いになっていたのだ。
「310円です」
すると逆に料金が下がった。
定食屋のセット割が適用されるという。
「大丈夫か?」
その後、道場の中は定食屋の安さの話題でいっぱいになった。味はよくて、量も普通以上だった。それでいて料金の驚きの安さ。どういう商売をしているのやら。
「ありがとうございます」
明日はあのデタラメ振り飛車を破ってやる。
それにしても、僕は今夜自分が食べたものが思い出せないでいる。
板を開くとpomeraが顔を現す。
「さあ、好きなところまで行け」
僕は無計画にpomeraを走らせる。
旅の大きさはどこで決まるのか。
論点や主張、出来事の数?
どうだろうか。指先に見えるのは記憶の断片と曖昧なモチーフだけ。プロットも終点も定まっていない方が、旅は気楽。あとから乗り込んでくる奴の発想の方が面白いこともあるから、あえて決め切らずに行こう。
「面白いのはあなただけ。そんな無謀な旅にいつまでも他人がつき合ってくれると思うの? みんなはもっと小さくて可愛いものが好きなの。ほら、これを、この器に合わせることが共感を集めるのよ」
575の器を置いて先生が言いました。
「無理だよ先生。足りないんだ。僕には技量がない」
「だったら好きになさい。独りになる覚悟を持って行きなさいな」
許された瞬間、僕は怖くなったんだ。
色々あるのに、いくらでもあるはずなのに、一行も伸びなくなってしまった。
pomeraは顔を伏せて、ただの黒い板に戻ってしまった。
「納めることもあふれることもできないよ」