ずっと温めていた焦点の捨て駒。取れば端角を打って詰み。取れなければ寄りは近い。敵の読みにはあるまい。私は確信を秘めながら敵陣深くへ指を伸ばした。
着手の瞬間、それは私の指から離れて飛んだ。
「5二銀!」
秒読みでもないのに私は咄嗟に叫んでいた。とっておきの一手が逃げて行くような気がしたのだ。脇息の向こうの方に、飛んだと思ったのに、銀は見つからなかった。敵は平静を装っているのか置物のように固まっていた。ゴミ箱の中をのぞき込んだが、そこにもなかった。
タブレットに表示される持ち時間を見た。記録の少年が首を少し傾けているように見えた。私は一旦座布団に座り直した。
その時、4枚の銀が盤上に確かに存在するのを私は見た。
(待ってくれー)
落ち着くのだ。
私は手を伸ばして記録用紙を求めた。
手番はまだ私のままだった。
(助かった)
私は悪手も反則もまだ指していない。
そうだったか……。
記憶をたどって、私は過去の将棋を読みすぎてしまったようだ。