眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

逃げた魚

2021-05-14 01:15:00 | 夢追い
「まもなく閉店です」
「大丈夫です」
 入ろうとすると女は顔の前に手を広げて止めた。
「もう閉店です」
「空いてるじゃないですか」
 空席を指して僕は訴えた。
「いえ、そういうことじゃなくて」
「あの席は何なの?」
「あれは、未来のためのスペースです」
「というと?」
「私たちはみんな欠けた存在ではないでしょうか。だからです」
 そう言って女は一冊の本をくれた。そこまでされては引き下がるしかない。


 屋上に逃げて主人公はドラキュラのことを思い出す。傘をさすドラキュラ、靴紐を結ぶドラキュラ、テイクアウトするドラキュラ、ATMでキャッシュを下ろすドラキュラ、コンビニ行くドラキュラ、傘を畳むドラキュラ。一度離れてみてわかったよ。どれほどそれを愛していたか。失われたわけじゃない。ただ忘れていただけなんだ。ドラキュラこそが私にとってのハッピーターンだったんだ。

 真ん中まで読んだところで白紙になった。次のページも次のページも、ずっとずっと白紙のままだった。当惑の先に女のほくそ笑む顔が浮かんだ。


「偽本をつかまされた!」

 
 駆け込んだ交番は薄暗くて、干からびた人形がかけていた。
「あと1つなんだけど」
 最後のキーワードが解けないと人形は言いながら出て行った。勝手に忍び込んでいたようだ。
 おまわりさんは戻ってこない。代わりに魚屋さんがやってきた。何かが始まるぞという雰囲気に街の人々が集まってきた。

「どこにでもありそうなまな板ですが」
「何が切れるの?」
 男は人参を切ってみせた。
「他には何が切れるの?」
「何でも切れる」
 男は人参を切ってみせた。

「もっと他にも切れるの?」
「勿論ですよ」
 そう言って男は人参を切ってみせた。
 そうしている間に魚たちは逃げ出して海へと帰って行った。

「普通と違うんですか?」
 誰かが聞くと魚屋さんは鷹になって飛んでいった。

「あれ? これまな板じゃないですよ」
 そこにあるのは恐竜の卵だった。

「早く知らせないと」

コメント
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