「まもなく閉店です」
「大丈夫です」
入ろうとすると女は顔の前に手を広げて止めた。
「もう閉店です」
「空いてるじゃないですか」
空席を指して僕は訴えた。
「いえ、そういうことじゃなくて」
「あの席は何なの?」
「あれは、未来のためのスペースです」
「というと?」
「私たちはみんな欠けた存在ではないでしょうか。だからです」
そう言って女は一冊の本をくれた。そこまでされては引き下がるしかない。
屋上に逃げて主人公はドラキュラのことを思い出す。傘をさすドラキュラ、靴紐を結ぶドラキュラ、テイクアウトするドラキュラ、ATMでキャッシュを下ろすドラキュラ、コンビニ行くドラキュラ、傘を畳むドラキュラ。一度離れてみてわかったよ。どれほどそれを愛していたか。失われたわけじゃない。ただ忘れていただけなんだ。ドラキュラこそが私にとってのハッピーターンだったんだ。
真ん中まで読んだところで白紙になった。次のページも次のページも、ずっとずっと白紙のままだった。当惑の先に女のほくそ笑む顔が浮かんだ。
「偽本をつかまされた!」
駆け込んだ交番は薄暗くて、干からびた人形がかけていた。
「あと1つなんだけど」
最後のキーワードが解けないと人形は言いながら出て行った。勝手に忍び込んでいたようだ。
おまわりさんは戻ってこない。代わりに魚屋さんがやってきた。何かが始まるぞという雰囲気に街の人々が集まってきた。
「どこにでもありそうなまな板ですが」
「何が切れるの?」
男は人参を切ってみせた。
「他には何が切れるの?」
「何でも切れる」
男は人参を切ってみせた。
「もっと他にも切れるの?」
「勿論ですよ」
そう言って男は人参を切ってみせた。
そうしている間に魚たちは逃げ出して海へと帰って行った。
「普通と違うんですか?」
誰かが聞くと魚屋さんは鷹になって飛んでいった。
「あれ? これまな板じゃないですよ」
そこにあるのは恐竜の卵だった。
「早く知らせないと」