閉じられた扇子はより風を思わせる。存在感とは、たくさんおしゃべりすることではない。口を開ければ誰よりもよく通る声で叫ぶことができるだろうその口はずっと閉じられていた。歯の1つを見せることもなかったが、みんながその存在に一目置いている。まるで物言わぬ司会者として場を仕切っているようだった。もしも、誤ったことを言ったりしたら、吠えられるくらいでは済まない。破れかぶれの狼がカウンターの前に立っていた。
返却はうどん屋さんに決まっている。この街ではうどん屋さんが一番偉いのだ。妖怪椅子食いがほとんどの椅子を食べてしまった。僕が席に着くと見回り隊の人がやってきてテーブルに砂時計を置いた。
(長時間居座り禁止)
ここにくる時はいつもマークされている。
砂が落ちきる前に、1つのお話を書かなければならない。
謎の丸がペン先にくっついて書き出しを阻んでいる。指でつまんでも引っ張ってもそれはどうしても離れない。願っても念じても噛みついてもどうしたって駄目だ。アナログをあきらめて僕はとっておきのガジェットを開く。
1つのタッチはそれとなく始まる。1つの比喩から風景は開け、あなたという存在に向けての旅は始まる。コーヒーとキーボード、タッチ&リリースを繰り返しながら連鎖する比喩が、生まれる前にいた星まで飛んでいく。思い出が思い出を起動し、風景の中に風景が描き出される。終わりのない旅が始まる。けれども、砂は落ちて見回り隊がやってくる。
「ダメダメ。仕事しちゃ駄目だよ」