眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

左利きなら天才だったかもしれない

2023-06-29 19:04:00 | コーヒー・タイム
 ストローの先はぐにゃっと曲がったタイプ。氷はきめ細かい。パーティションの汚れが近づいてみると目立つ。椅子は脚が高くかけ辛いようで下に横木が入っていて案外大丈夫。思っていたよりずっと柔らかい。シロップは見慣れないメーカーのもの。カウンターの奥行きはかけてみると随分広い。あると思い込んでいた電源はない。

「かけてみないとわからない」

 勘が働いて合っている場合もあるが、全く的外れであることも多い。街でも家でも実際に住んでみないとわからないことは多い。仕事や職場も同じだろう。実際に深く潜入してみてはじめてわかる。想像のつくところがある一方で、全くかけ離れているところもあるものだ。アイスコーヒーは以前飲んだことのあるホットと比べて随分とまずく感じる。まさかシロップがまずいのか。そうでなければコーヒーそのものがまずいのだ。


 夢の中では友人の家にいて連ドラの再放送を見ていた。大してすることのない暇な家だった。本棚には神々のアドリブ、見たことのある個包装の高級菓子があった。目が覚めると毛布の中だった。誰かが毛布をかけたのだ。
「おはようございます」
 警備員は外国人だった。彼は夕べ起こさなかったのだ。帰るところがなかったので助かった。自分の席に戻ってみるとポメラも鞄も無事だった。


 店の前の通りは坂道になっている。この店は坂道に建てられているのだ。東へ行く人は少し速く、西へ行く人は少し遅くなっている。商店街の果てなので、天井の照明や人々の表情にも少し陰りが見える。次の一口のことを考えると憂鬱だ。そういう状態になったら外食(飲食)は不幸だ。次の一口が楽しみでわくわくしている。それならどれほどハッピーか。

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うそつき将棋

2023-06-29 00:19:00 | ナノノベル
「次で最後にしよう」
 最後。それは僕にとって希望の言葉だった。いつまでも客に居座られては、僕の立場は変わらない。いつまで経っても傍観者であって、プレイヤーに成り上がることはかなわない。最後。それを聞いた瞬間、僕は喜びを押し殺しながら見守っていた。

「まいった」
 どちらが駒を投じたかは問題ではない。これで客人が帰る。そして、おじいちゃんは僕と対戦しなければならないのだ。

「どうも納得いかないな。銀が浮かばれない」
 敗者は首を傾げ、勝者は余裕の笑みを浮かべている。
「冴えなかったな」
「もう一局。勝っても負けてもこれで最後に」
「じゃあ、もう一局だけな」

(今のが最後だったのでは?)
 僕は口を挟めない。約束は二人のものだったから。
 敗者が先番となってすぐに最後の対局が始まる。

 おじいちゃんは振り飛車の使いだ。角道は止める時と止めない時とがある。おじいちゃんの将棋は気まぐれだ。挨拶にはろくに応えない。借りたものは返さない。遠慮を知らない。まるで辻褄が合わないこともする。普通だったら頭ごなしに怒られるようなことも、「面白いじゃないか」と押し通してしまう。棋理の中では日常のモラルなんて歪んでしまう。おじいちゃんの将棋は、海賊振り飛車なのだった。

「負けたな。どうも納得いかないな……」

 敗者は約束のことなど忘れもう駒を並べ始めている。(納得のいく将棋)そんなものは名人にだってそう指せるものではないのだ。

「角の顔が立たない。もう一局。これで最後な」

「これでほんとに最後な」

 繰り返される対戦を見守りながら、口約束と指し将棋の魔力を知った。やがて、客人は帰り、僕は初めて観る将から棋士へとなることができた。ようやく巡ってきた手番だったが、僕に許されたのは最後までたどり着かない一局だけだった。大好きな飛車を取り囲んで馬でプレスをかける。進退を問いかける一手に微かな寝息が応えている。千日手へと続く攻防の中で、おじいちゃんは力尽きてしまった。みんなあの客人のせいだ……。

「僕が手を変えるのに」

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