ある晴れた日に第286回
持っていた自転車の鍵を、東京駅の新幹線乗り場の改札口の機械に挿入したとたん、私は新大阪の駅に到着していた。
電車から降りて無人の改札口を出たところで、前を行く白いチョゴリを着た若い女が幼女と共に道端の渓流に飛び込むのを目撃した。
私は一瞬躊躇したが、ザブリと川に飛び込んだ。
水底からにょろにょろと立ち上がるヒドラの2本の足。
ヒドラはその攻撃の手を休めずにだんだん肉薄してきたが、私は自分の足でキックしながら撃退することに成功した。
私はまず幼女を救い、次いでぐったりとなった女を胸に抱いて、水から引きあげた。
蒼白の女は、眉が細く美しい容貌をしていた。
私が「しっかりせよ」と声を掛けても目を開かず、一言も発しないので、盲目かつ聾であることが分かった。
彼女の幼女の泣き声だけが、白昼の荒野に響いていた。
するとみんなは、「ほら、ほら、ほら」と言いながら、吉田君からもらった異様に大きな林檎を私に見せつけた。
きっと私の分は無いのだろう。
悲しい気持ちに沈む私の傍を、思いがけず昔の思い人が通り過ぎていった。
なにも言わないで。
私の顔の前に彼女の顔があった。
ので余儀なく私は、彼女を抱いた。
国防婦人会のやうなオバハンが現れて国賊だの非国民だのと決めつけている 蝶人