照る日曇る日 第1054回

ナボコフ・コレクションの1冊で小説「処刑への誘い」と「事件」「ワルツの発明」という2つの戯曲が収まっている。
だれもが一度くらいは自分が死刑囚になっって断頭台で処刑される夢を見たことがあるだろうが、これなどはまさにその夢を地でいく1938年刊行の小説。
しかしその物語の展開が、深刻な悲劇というよりはむしろ喜劇的なタッチで貫かれているがゆえに、かえって罪無くして断罪される主人公が陥った不条理な命運への共感へとわれわれの想像が及んでいくような按配である。
ヒトラーが政権を取ってユダヤ人を迫害したり、スターリンが政敵を見境なく粛清していた、ちょうどその頃の作品であるがゆえに、なおさら。
同年に初演された戯曲「事件」は、ちょっと漱石の「道草」と似ていて、過去の亡霊がある日突如出現して、平穏無事であったはずの現在を根底から揺り動かされる事態を、面白可笑しく描きだすが、これまた世界史上の最悪期を背中に負うた非常時の作品であることはいうまでもない。
同じ時期の戯曲の「ワルツの発明」は、後代の原子爆弾の発明とその政治的効用を先取りしたような悲喜劇であるが、究極兵器の出現が、一強による世界平和を実現するどころか、相互不信と分裂、世界人民の絶望的対立の激化を生むであろうことが、結果的に予言されてしまっている。
解説が指摘しているように、非政治的人間であったはずのナボコフの作品に刻印されている、本人にも知らなかった政治性こそが、こんにち只今の作家の現代性、世界的普遍性を浮き彫りにしているもいえよう。
この人が町内会長だと思うけど挨拶しても挨拶返さず 蝶人