照る日曇る日第994回
河出書房新社版・池澤夏樹個人編集「日本文学全集」の掉尾を飾る「源氏物語」の現代語訳を担当するのが角田選手と聞いては、これをはずすわけにはまいりません。
桐壺から少女までを扱っている上巻は、先行の類書と違ってすいすいと読めて、物語のあらましがくっきりと頭に入るのが最大の特徴です。りんぼう先生の祥伝社版も読みやすかったのですが、角田版はそれを軽々と凌駕しているのは、源氏特有の尊敬語や謙譲語をばさっりとカットし、物語世界をいわば近現代小説として再構成したからでしょう。
初めて源氏に接する人に一番簡便なのは、「新潮日本古典集成新装版」各巻のあらすじをつらつらと通読することですが、この角田版が完成した暁には、おそらくそれに次ぐ「現代源氏最速早分かり本格書」にランクされることでしょう。
池澤夏樹による本書の解説もじつに力が籠ったもので、とりわけ光源氏の旺盛な色好みの根源を、古代の王権の基礎をなした性的能力の誇示顕彰と結びつけて説くあたりは面白かった。曰く、
折口信夫は言う――「多くの女性に逢ひ、多くの女性の愛を抱擁し、多くの女性を幸福にし、広い家庭を構へ、多くの児孫を持つと言ふ事が、古代の人としては、何の欠陥もない筈であった」(引用終わり)
しかしなんとも驚いたことに、数万字、数十万字を費やした池澤夏樹、角田光代の本文よりも、事実と証言の重さ、そして感銘で私の胸に迫って来たのは、瀬戸内寂聴が月報に記したわずか数千字の「源氏物語の現代語訳変遷」という短文であったことを、こっそり告白しないわけにはゆきません。
1年に3つの球団を渡り歩き「ぶれなかった」と語る青木選手 蝶人