楽しみにしていたコンサート、あっという間に終わってしまったけど、「今日のコンサート、めっちゃ楽しかったねー。」「あー、もう、今日のことずーっと忘れない。」「早く帰って、どんなだったか、家の人に話さなくっちゃ。」なんて話していたかもしれない。
そして、もっともっと楽しいこと、ワクワクすること、素晴らしいことの待ってる未来が、まさかこんな形で次の瞬間閉ざされてしまうなど誰も考えていなかっただろう。でも、その次の瞬間、すぐ横で大爆発が起こって、22人もの無辜の若者たちの命が奪われた(英コンサート爆発 子ども含む22人死亡 自爆テロか:2017年5月22日)。大怪我をした人も少なくないだろう。犠牲になった方たちの無念さを思うと、遠い異国の地にある者でも胸がつぶされてしまうような思いがして、涙がこみ上げてくる。愛する家族とも、犬とも別れをつげることができないまま、そのことを思う間もないまま殺されるなんて、その残酷さたるや筆舌に尽くしがたい。
もちろんこれはテロであって、組織的に計画、実行されたものだ。許しがたい暴挙だ。テロはこの日本でもすでに何度も起きている。地下鉄サリン事件のとき、丸ノ内線を使って通勤していた思い出は、今乗っているこの電車が、乗り換えのために通過する駅のコンコースが、一瞬の後にテロの標的となり、阿鼻叫喚の地獄図を出現させうると知らせてくる。だが、いくらそんなことがわかっていたって、逃げ出すことはできない。
テロは残酷であればあるほど、予測不能であればあるほど効果的だ。人々を疑心暗鬼に陥れ、連帯感を分断し、憎しみ合わせる。このことに打ち勝つ方法は残念ながら一般市民には無い。
昨日、組織犯罪処罰法改正案という法案が衆議院を通過した。議論の進め方や手法には、いろいろと問題点があるようだが、法律の真の目的はもちろん卑劣なテロの防止だ。一般市民にはその程度しかわからない。
テロが起きて、人を死なせてはいけない。東京オリンピックへ向けての警備には、これ以上遅くなってはいけないだろう。その前にはラグビーのワールドカップもある。日本国民すべてが人質になっているといえる。
この法律を作った官僚、政治家だって、こんな法律が必要となる世の中が来るなんて夢にも思ってなかっただろう。世界はすでに異常な状態になっている。
法的手続きに則ってテロを防止していこうという考え方は評価すべきだと思う。一般市民を自負する私には、拡大解釈による法律の乱用、誤用が将来起こらないよう、司法当局には頑張って欲しいとしか言えない。
犠牲になられた方々のご冥福をお祈りします