こんな気持ちでいられたら・・・一病理医の日々と生き方考え方

人生あっという間、私の時間もあと少し。
よりよく生きるにはどうしたらいい?

けっきょく泥縄

2020年09月16日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
今月末にWeb形式で開催される学会があり、そこから依頼された講演が1つあって、その締め切りが昨晩だった。準備は講演の直前までできるからと、たかをくくっていたら、2週間ほど前に講演形式が変わって、あらかじめ音声を録音したパワポのスライドを提出することになった。会長は意欲的な人で与えられたお題が凝っていて、そのタイトルに合わせるとなると発表内容に工夫が必要となっていた。

学会での講演といっても教育講演的なものなので、目新しい研究成果でもを発表する必要はないものの、十年一昔の内容では陳腐化してしまう。私がよく演者に選ばれるのは、何よりも専門病院に勤務しているからで、その専門性と経験を買われているからだ。あちこち渡り歩いたものの、専門性だけは手放さなずにいてよかった。幸い、この前書いた原稿は結構新規の情報を入れていたので、そこからあれこれ引っ張ってきてなんとかスライドは完成させた。だが、問題は録音だった。
会場でべらべらしゃべっているのならいいのだが、録音となると話が違うのだ。滑舌悪く口ごもったり、言い澱んだり、噛んだり、間違いがあったりすると、スライドごといちいち入力し直さなくてはいけない。25分という時間制限にしても、時計を見ながら、緩急をつけることもできず厳しいものがある。ニューヨークの国連本部で昨日、第75期の国連総会が開幕したそうだが、今回は各国首脳は集まらず、あらかじめ撮っておいたビデオを放映するそうだ。ああいう画像にも結構苦労があるのだと実感した。それとも政治家は喋るのが商売だから大丈夫か。

何はともあれ悪戦苦闘、21時前まで文章の手直しと音声の入れ直しを繰り返してなんとか25分3秒で終わらせた。夕方には学会事務局から催促のメールが来ていたりして全くヒヤヒヤものだったが、今朝、お礼のメールが来ていたのでことなきを得たのだろう。まあ、提出してしまえばこっちのものだが、一晩経っていざ落ち着くと、”ああ、あそこの言い回しはこうしておけば”とか、”やっぱり全部通しで聴き直しておくべきだった”とか。けっきょくいつも通りの泥縄講演ではないかと、不安とともに後悔の念が沸き起こる。

そんなこんなで病理診断科の部屋で遅くまでおっさん病理医一人、スライドを作っていたら、大きな手術を終えた外科医が「先生、遅くまでお疲れ様です。よろしくお願いします。」と診断の難しい検体を置いていった。診断のことを思って、少々やれやれと思ったが、一緒に検体を診て、「先生たちもお疲れ様」と労った。
国連総会では握手は厳禁だそう

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