里村専精師の「浄土真宗にようこそNo24」をお届けします。
浄土真宗へようこそ No24
釈尊がみまかられて、最初の雨安居にサンガが集います。
マハーカッサパの居住していた七葉窟に、大切な比丘たちが集まったのです。
ブッダがなくなられても、ダルマとサンガは生き残りました。
むしろサンガが存在していることが仏教の成果ですし、サンガこそ仏教の現実でした。
ブッダが語られて、それによって確かなサンガが生まれたところに仏教の現実があります。
サンガの上にだけ、仏道は生きて働いていたのです。
もしもブッダが覚られただけで、サンガが生まれていなければ…、
仏教は絵に書いた餅のようなものにすぎないでしょう。
そのサンガが、本当にサンガとして仏道の責任を担うのが、この時の雨安居でした。
第一結集(けつじゅう)とそれは呼ばれています。
つまり本当にサンガが確定するのは、この第一結集からです。
ブッダがおられなくても、サンガという共同体にその仏道は生きて働くのです。
仏法僧の三寶は、サンガの活動一つに盛り込まれているのです。
親鸞に海という表現が使われますが、膨大なサンガ世界を感覚しているもののようです。
なかんずく群生海などは、なんとも素晴らしい表現ではないですか。
ブッダの直弟子も、後の部派仏教も、実は広くサンガが展開している姿です。
出家・在俗を問わない構成で、大きくサンガはインドの各地に展開していたのです。
真実の輝きを知る無数のサンガ、それらがインドでは10世紀頃までは存在していました。
7世紀に玄奘が訪ねますが、大小入り交じってサンガが存在したことを記しています。
中で、大乗のサンガは、自らの経典を産出するまでにその運動を極めています。
(実は、考えてみると経典は常にサンガによって産出されたものでした)
しかしながら、こういう展開運動をもった宗教はただ仏教だけです。
ブッダの遺された人類の遺産は、自ら展開して大きな構想を見せるようになるのです。
サンガは経典によって育ったのですが、今度は経典を生産するまでになっているのです。
◆2月15日(土) 午前10~12時
くりのみ会【親鸞とカウンセリングコース】を開催します。
*『教行信証』の音読が中心の勉強会です。
◆2月23日(日) 午前10~12時
くりのみ会【声明とカウンセリングコース】を開催します。
*『歎異抄』音読 『正信偈』 『和讃』を学んでいきます。
*23日(日) 午前9~10時 自主学習タイムあり。
声明の練習 書写ができます。
→ どちらのコースも、上から教える(指導)ということではなく、
平場(ヒラバ)での学びあいを第一に考えています。
初めての方も大丈夫です。