里村専精師の「浄土真宗にようこそ」(No34)をお届けします。
僧伽はサンガなのですが、文字的に“僧”だけで考えられて思索が停滞しています。
篤く三宝を敬えと、聖徳太子の言葉があります。17条の憲法です。
仏法僧の三宝を、聖徳太子はつとに早く大切にされ、その憲法の第一条におかれました。
親鸞聖人の時代には、多くの学びの徒が太子を讚仰したと言われています。
基本はあくまでも帰依三宝です。
そして、実際の歴史ではサンガがある所にだけ、仏道はありました。
文献や情報は文庫に積まれているだけですが、サンガは生きて働きました。
聖徳太子は、一度に8人の訴えを聞かれたといいますが…、
本当は8カ国語に堪能だったという解釈が、実に素晴らしい卓見です。
聖徳太子には、帰依三宝とともに無数のサンガとの交流があったのではないでしょうか。
すでに太子の時代には、婆羅門僧という呼び方ですが、インド人が来ています。
阿彌陀経も、悉曇文字で日本に入っています。サンスクリットで、サンガが語られていました。
六方の段には、各方面を代表して38の諸仏が…、
「広長の舌相をいだしてあまねく三千大千世界を覆いて、誠実の言をときたまう」とあります。
ブッダがブッダを称賛する呼応は、大きく展開するサンガ世界を示しています。
聖徳太子にも、三宝を敬う巨大なサンガが見えていたのではないでしょうか。
阿彌陀経は、すぐれてサンガ世界を語りますし、荘厳・功徳・成就の世界を語ります。
「荘厳・功徳・成就」は、天親菩薩の言い方ですが、阿彌陀経では「成就・功徳・荘厳」です。
憲法の論争があるように聞きますが、聖徳太子の憲法も本当に理解されていたのでしょうか。
大切な事実は、サンガが生きて働くということです。
そしてそこには、阿彌陀仏そのものの大行が顕現しています。
たとえば親鸞ですが、法然上人を見ていると阿彌陀仏の大行が見えたのではないでしょうか。
聖徳太子の憲法は、人間の憲法です。冷たい国家や政治のための憲法ではありませんでした。
里村先生から、年賀メールをいただきました。
明けましてお目出度うございます。
2015年度も、良い年でありますように。
お元気で…。
南無阿弥陀仏。
世界の皆さんに、南無阿弥陀仏。
南無阿弥陀仏は、世界の広がりを持っています。
狭い宗派を超えてこそ南無阿弥陀仏。
「世界の皆さんに」
「世界の広がりをもって」
「狭い宗派を超えて」
大事なお言葉を、しっかりと心底におさめます。
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