「ジョルダーニ家の人々」という長い映画の話をこの前書いたけれど、今日は5時間半の「カルロス」という映画。3部構成で長いけど、時間は感じない。フランスのオリヴィエ・アサイヤス監督。「クリーン」(カンヌでマギー・チャンが女優賞)、「夏時間の庭」などを作った中堅の監督である。
「カルロス」っていうのは、あの「伝説的テロリスト」である。と言っても若い人は知らないだろうけど、テロが「極左集団」によるものだった時代の話である。今はテロと言えば、宗教的背景(オウム真理教とかキリスト教とかイスラーム教など)がある場合がほとんどになってしまった。70年代には、「日本赤軍」という世界革命を目指す組織もあって、いろいろな事件が起こった。(ハーグとかクアラルンプールとかダッカとかで。)第1部はハーグ事件から始まるようなもんで、ちゃんと日本語をしゃべっている。西欧、東欧、中東諸国を股に掛けた内容で、きちんとロケして現地俳優を使おうと努力して作られた「カルロス一代記」である。
21世紀になって70年代の極左テロ集団をふり返る映画が各国で作られた。日本の若松孝二監督「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」(2008)、ドイツの「バーダー・マインホフ 理想の果てに」(2008、ウーリ・エーデル監督)、イタリアの「夜よ、こんにちは」(2006、マルコ・ベロッキオ監督)などである。「夜よ、こんにちは」はモロ元首相誘拐殺害事件を起こした「赤い旅団」を描いた。これらの映画は、正直言って見るのがしんどい。どんどん過激化し仲間同士で争い自滅していく。陰々滅々たる映画で、画面も暗い。
それに比べると、「カルロス」は割と暗くない。最後は捕まって(94年に捕まった時はビックリ)、今はフランスで無期懲役で服役中である。フランス人監督が作ったが、カルロスはフランス人ではないし、フランスの組織でもない。インタ―ナショナルな革命を目指した「テロリスト」のてん末を、ある種客観的にアクション映画的に伝記を作った。ウィーンのOPEC総会襲撃事件がほぼ第2部だけど、アクション映画として見ることができる。それが面白いわけだが、日本では連合赤軍や日本赤軍、あるいは日航機ハイジャック事件を起こした赤軍派、それらをただ「面白く描く」ことはできない。今でも倫理的判断を抜きに語ることができないテーマである。
(指名手配のカルロスの写真)
カルロスこと、イリイッチ・ラミレス・サンチェスは1949年生まれのベネズエラ人である。イリイッチという名前で判る人がどれだけいるだろうか。親が左翼で、子供3人にイリイッチ、ウラジミール、レーニンという名前を付けたのである。で、モスクワのルムンバ友好大学に留学。それからパレスティナに飛んで、左翼のPFLP(パレスティナ解放人民戦線)に関係した。そこらは描かれてなくて、ロンドンやパリで事件を起こす段階から描かれている。
つまりそれまでの左翼革命運動(労働者や学生を組織してストなどで蜂起して権力を握る)がうまく行かなくて、「テロしかない」という方向性(日本だったら「爆弾闘争」)で悩みながら「武装化」していく段階は飛んでる。映画の中では初めから「テロリスト」である。ラテンアメリカで生まれ、パレスティナに行ったという経歴から、暴力やテロにためらいが少なかったのではないか。それにソ連に留学すると普通「反ソ」になるんだけど、この人はそうならなかった。思想的ではない。
75年にフランスでアジトに来た警官2人を射殺して逃亡、12月にPFLPの指令でOPEC(石油輸出国機構)襲撃事件を起こした。これで世界に名を売り、カルロスという伝説的テロリストが誕生した。その後は何か事件があるとカルロスだという話が日本の新聞にも載るぐらい有名だった。でもこの映画で見ると、OPEC襲撃はイラクの秘密警察長官だったサダム・フセインがクルド人とその背後にいるイラン(王政時代)をたたくため、石油価格を上げようとしてサウジのヤマニ石油相とイランの石油相を殺害する目的があった。
タテマエ上は「パレスティナの大義」を掲げつつ、PFLPもスポンサーのサダムの手駒だったのだ。ところがリビア人警備役をカルロスが射殺してカダフィが怒り、カルロス一派は襲撃に成功したが行先がない。アルジェリアが受け入れるが、イラクまでは遠くて行けない。リビアに強行着陸するが、カダフィの意向で引き返すしかない。結局、カルロスはサウジとイランの石油相殺害をあきらめ、カネで収める。これが「兵士は命令を守ればいい」というPFLPの激怒を招き、カルロスは追放されてしまう。
以後は伝説的テロリストと言いつつ、その名声をアラブの左翼政権に買ってもらって生きる「傭兵」になった。イラクのサダムと対立するシリアのバース党アサド政権(今のアサドの父)にかくまわれた時代が一番長い。エジプトのサダトがイスラエルと平和条約を結ぶと、激怒したソ連KGBのアンドロポフが直接シリアに来て、サダト暗殺を依頼する。そして、東欧に拠点を作ることを認められ、東ベルリン、プラハ、ブダペストなんかに拠点を作る。これらも西側に知られ、やがて冷戦終結とともにシリアからも追放される。そこで94年までスーダンにかくまわれていた。最後の頃は「太った逃亡者」でしかない。PFLPを批判したが、結局カルロスも中東のスポンサー国家の言いなりに生きるしかない「国家の持ち駒」でしかなかった。
(有罪判決時のカルロス)
カルロスの女性関係なんかも描かれ、モテぶりが印象的。でも最後は腹も出て、かつての兵士が中年太りしてしまった。その場面のため3週間撮影を中断して、カルロス役の俳優が太ったんだという。3週間であんなに腹が出るのか。逆に言えば、若い頃を演じるために相当しぼっていたらしいのだが。主演はエドガー・ラミレスという俳優。「ドミノ」「チェ 28歳の革命」なんかに出てたらしいけど、本人自身がカルロスと同郷のベネズエラ人で、数か国語をあやつるという。カルロスを演じるために生まれたような俳優である。僕はこういう歴史絵解きのような映画は嫌いではない。面白く見た。カルロスは色男の「武闘派」で、自己への懐疑がないから革命思想映画としては刺激がない。現代史アクションという映画。(2021.5.8一部改稿)
「カルロス」っていうのは、あの「伝説的テロリスト」である。と言っても若い人は知らないだろうけど、テロが「極左集団」によるものだった時代の話である。今はテロと言えば、宗教的背景(オウム真理教とかキリスト教とかイスラーム教など)がある場合がほとんどになってしまった。70年代には、「日本赤軍」という世界革命を目指す組織もあって、いろいろな事件が起こった。(ハーグとかクアラルンプールとかダッカとかで。)第1部はハーグ事件から始まるようなもんで、ちゃんと日本語をしゃべっている。西欧、東欧、中東諸国を股に掛けた内容で、きちんとロケして現地俳優を使おうと努力して作られた「カルロス一代記」である。
21世紀になって70年代の極左テロ集団をふり返る映画が各国で作られた。日本の若松孝二監督「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」(2008)、ドイツの「バーダー・マインホフ 理想の果てに」(2008、ウーリ・エーデル監督)、イタリアの「夜よ、こんにちは」(2006、マルコ・ベロッキオ監督)などである。「夜よ、こんにちは」はモロ元首相誘拐殺害事件を起こした「赤い旅団」を描いた。これらの映画は、正直言って見るのがしんどい。どんどん過激化し仲間同士で争い自滅していく。陰々滅々たる映画で、画面も暗い。
それに比べると、「カルロス」は割と暗くない。最後は捕まって(94年に捕まった時はビックリ)、今はフランスで無期懲役で服役中である。フランス人監督が作ったが、カルロスはフランス人ではないし、フランスの組織でもない。インタ―ナショナルな革命を目指した「テロリスト」のてん末を、ある種客観的にアクション映画的に伝記を作った。ウィーンのOPEC総会襲撃事件がほぼ第2部だけど、アクション映画として見ることができる。それが面白いわけだが、日本では連合赤軍や日本赤軍、あるいは日航機ハイジャック事件を起こした赤軍派、それらをただ「面白く描く」ことはできない。今でも倫理的判断を抜きに語ることができないテーマである。
(指名手配のカルロスの写真)
カルロスこと、イリイッチ・ラミレス・サンチェスは1949年生まれのベネズエラ人である。イリイッチという名前で判る人がどれだけいるだろうか。親が左翼で、子供3人にイリイッチ、ウラジミール、レーニンという名前を付けたのである。で、モスクワのルムンバ友好大学に留学。それからパレスティナに飛んで、左翼のPFLP(パレスティナ解放人民戦線)に関係した。そこらは描かれてなくて、ロンドンやパリで事件を起こす段階から描かれている。
つまりそれまでの左翼革命運動(労働者や学生を組織してストなどで蜂起して権力を握る)がうまく行かなくて、「テロしかない」という方向性(日本だったら「爆弾闘争」)で悩みながら「武装化」していく段階は飛んでる。映画の中では初めから「テロリスト」である。ラテンアメリカで生まれ、パレスティナに行ったという経歴から、暴力やテロにためらいが少なかったのではないか。それにソ連に留学すると普通「反ソ」になるんだけど、この人はそうならなかった。思想的ではない。
75年にフランスでアジトに来た警官2人を射殺して逃亡、12月にPFLPの指令でOPEC(石油輸出国機構)襲撃事件を起こした。これで世界に名を売り、カルロスという伝説的テロリストが誕生した。その後は何か事件があるとカルロスだという話が日本の新聞にも載るぐらい有名だった。でもこの映画で見ると、OPEC襲撃はイラクの秘密警察長官だったサダム・フセインがクルド人とその背後にいるイラン(王政時代)をたたくため、石油価格を上げようとしてサウジのヤマニ石油相とイランの石油相を殺害する目的があった。
タテマエ上は「パレスティナの大義」を掲げつつ、PFLPもスポンサーのサダムの手駒だったのだ。ところがリビア人警備役をカルロスが射殺してカダフィが怒り、カルロス一派は襲撃に成功したが行先がない。アルジェリアが受け入れるが、イラクまでは遠くて行けない。リビアに強行着陸するが、カダフィの意向で引き返すしかない。結局、カルロスはサウジとイランの石油相殺害をあきらめ、カネで収める。これが「兵士は命令を守ればいい」というPFLPの激怒を招き、カルロスは追放されてしまう。
以後は伝説的テロリストと言いつつ、その名声をアラブの左翼政権に買ってもらって生きる「傭兵」になった。イラクのサダムと対立するシリアのバース党アサド政権(今のアサドの父)にかくまわれた時代が一番長い。エジプトのサダトがイスラエルと平和条約を結ぶと、激怒したソ連KGBのアンドロポフが直接シリアに来て、サダト暗殺を依頼する。そして、東欧に拠点を作ることを認められ、東ベルリン、プラハ、ブダペストなんかに拠点を作る。これらも西側に知られ、やがて冷戦終結とともにシリアからも追放される。そこで94年までスーダンにかくまわれていた。最後の頃は「太った逃亡者」でしかない。PFLPを批判したが、結局カルロスも中東のスポンサー国家の言いなりに生きるしかない「国家の持ち駒」でしかなかった。
(有罪判決時のカルロス)
カルロスの女性関係なんかも描かれ、モテぶりが印象的。でも最後は腹も出て、かつての兵士が中年太りしてしまった。その場面のため3週間撮影を中断して、カルロス役の俳優が太ったんだという。3週間であんなに腹が出るのか。逆に言えば、若い頃を演じるために相当しぼっていたらしいのだが。主演はエドガー・ラミレスという俳優。「ドミノ」「チェ 28歳の革命」なんかに出てたらしいけど、本人自身がカルロスと同郷のベネズエラ人で、数か国語をあやつるという。カルロスを演じるために生まれたような俳優である。僕はこういう歴史絵解きのような映画は嫌いではない。面白く見た。カルロスは色男の「武闘派」で、自己への懐疑がないから革命思想映画としては刺激がない。現代史アクションという映画。(2021.5.8一部改稿)