「日本の温泉」シリーズは2年間書く予定で、もうあと僅か。今までは「こんな知られざる名湯(名旅館)がある」みたいなスタンスで書いてきた。残り少ない中で、どこを取り上げようかといろいろ思い浮かべた時、青森県の蔦(つた)温泉という名前が脳裏に浮かんできた。八甲田山周辺にある湯で、近くには有名な酸ヶ湯温泉もある。(酸ヶ湯が経営する八甲田ホテルという完全に洋風の素晴らしいホテルもある。泉質は別。)そこから秋田県、岩手県北部にかけては名湯が集中し、八幡平周辺の御生掛(ごしょがけ)温泉や強酸性でガンも治ると言われる玉川温泉など忘れがたい。
(蔦温泉久安の湯)
でも蔦温泉ほど「ああ、素晴らしいお湯だった」「素晴らしい自然だった」と賛嘆する温泉は数少ないと思う。まあ温泉好きなら、名前は誰でも知ってるようなところだから、今まで書き残してしまった。いろいろ泊まりたいから、八甲田にはまた行ってるけど蔦温泉には一度しか泊まっていない。それは十和田、八甲田を最初に訪れた時だから、もう何十年も前になる。まだ車を持ってない頃で、東北新幹線も盛岡が終点だった時代である。盛岡から青森まで在来線の特急、青森駅から国鉄バスで蔦温泉まで一本で行けた。(国鉄バスだから民営化前である。)目の前に大正時代に建てられた壮麗な宿が見えたら感激した。
(旅館前景)
何しろお湯が素晴らしい。先ほど写真を載せた「久安の湯」は、最近よく言われる「足元湧出泉」である。日本全国に幾つもない、お風呂の下からお湯が湧き出ているという極上の湯なのである。泉質はナトリウム・カルシウム-硫酸塩・炭酸水素塩・塩化物泉(低張性中性高温泉)とホームページに出ている。透明の湯で、泉温は44.5度とそれほど高くないが、何しろ足元から出ているからちょっと熱いかもしれない。蔦の森の湧水で調節しているという。久安の湯は男女別時間制。他に男女別の「泉響の湯」(作家井上靖の命名)と貸切風呂がある。
(貸切風呂)
蔦温泉はブナの森の中に建つ一軒宿で、周辺はすべて大自然という素晴らしさ。七つの沼に囲まれ、「蔦七沼めぐり」の遊歩道がある。このハイキングは宿泊者なら誰もが行くだろう。1時間程度で一周出来るコースになっている。紅葉の季節の素晴らしさは、今では「マイカー規制」をするほど知られてきたらしい。僕が行ったのは夏だったから観光客はいたけれど、混雑というほどではなかった。写真を探してみると、以下のようなものが見つかったので、余りに素晴らしいので借用します。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/6c/1a/dbf5b39262d87000308771e50721162a_s.jpg)
蔦温泉は歴史的なエピソードがいっぱいある宿だ。旅館の前には大町桂月(1869~1925)の銅像がある。明治期の文人で、「君死にたまふことなかれ」を発表した与謝野晶子を「乱臣賊子」と罵倒した嫌なヤツである。美文調と教訓臭という、今となっては時代に取り残された人物だが、終生旅と酒を愛して諸国を放浪した。特に気に入った蔦温泉には住み込んで、本籍まで移してここで死んだ。北海道の「層雲峡」、「羽衣の滝」に名を付け、青森県の「奥入瀬渓流」を全国に知らしめた。なかなかセンスはあるんだけど、時代の国粋的風潮を疑うことが出来ない小文豪だった。蔦温泉に資料室があり、多分見たと思うけど全く覚えてない。
(大町桂月像)
宿のホームページには、1967年東宝映画、成瀬巳喜男監督の遺作『乱れ雲』のロケが行われたことが出ている。加山雄三、司葉子主演で、交通事故の加害者と被害者の妻が青森で巡り会うという話である。二人は蔦温泉で結ばれてしまうが、話がどうも納得出来ずに僕は一回しか見てない。でも確かに蔦温泉の建物が出て来る。また吉田拓郎のヒット曲「旅の宿」は作詞家の岡本おさみがここに泊まって「別館客室のイメージをもとに一篇の詩をしたためました」と出ている。最近ではアントニオ猪木がここを気に入り、一族の墓を建てたという。すでに亡妻(倍賞美津子の次の次の4人目の奥さんで、2019年死去)の納骨を済ませているという。
という風になかなか豊富なエピソードがある宿だが、ホームページに何故か出てこないのが『火宅の人』である。檀一雄畢生の大傑作である超絶不倫小説『火宅の人』は、1955年から折々に書き継がれて1975年に完結した。檀一雄は1976年1月2日に亡くなったので、まさに遺作となり、没後に読売文学賞、日本文学大賞を受賞した。その後、テレビドラマ化され、1986年には深作欣二監督の映画も公開された。ちゃんと映画のロケも蔦温泉で行われているのに、全然触れられていない。作家が新劇女優と蔦温泉で最初に結ばれてしまうのがまずいのか。その相手役女優はテレビでも映画でも原田美枝子がやっていた。映画の妻はいしだあゆみで、女優賞独占。しかし映画は原作にない松坂慶子とさすらってしまうのは、まさに「火宅」を生きる深作監督の反映だった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/10/90/2985f1f0370b88867dc21578145fa6cf_s.jpg)
でも蔦温泉ほど「ああ、素晴らしいお湯だった」「素晴らしい自然だった」と賛嘆する温泉は数少ないと思う。まあ温泉好きなら、名前は誰でも知ってるようなところだから、今まで書き残してしまった。いろいろ泊まりたいから、八甲田にはまた行ってるけど蔦温泉には一度しか泊まっていない。それは十和田、八甲田を最初に訪れた時だから、もう何十年も前になる。まだ車を持ってない頃で、東北新幹線も盛岡が終点だった時代である。盛岡から青森まで在来線の特急、青森駅から国鉄バスで蔦温泉まで一本で行けた。(国鉄バスだから民営化前である。)目の前に大正時代に建てられた壮麗な宿が見えたら感激した。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/7b/cd/1ab6abf6a1d981766c3ed7290c1e97fd_s.jpg)
何しろお湯が素晴らしい。先ほど写真を載せた「久安の湯」は、最近よく言われる「足元湧出泉」である。日本全国に幾つもない、お風呂の下からお湯が湧き出ているという極上の湯なのである。泉質はナトリウム・カルシウム-硫酸塩・炭酸水素塩・塩化物泉(低張性中性高温泉)とホームページに出ている。透明の湯で、泉温は44.5度とそれほど高くないが、何しろ足元から出ているからちょっと熱いかもしれない。蔦の森の湧水で調節しているという。久安の湯は男女別時間制。他に男女別の「泉響の湯」(作家井上靖の命名)と貸切風呂がある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/0e/89/85b258e168604835be528786c12fbd81_s.jpg)
蔦温泉はブナの森の中に建つ一軒宿で、周辺はすべて大自然という素晴らしさ。七つの沼に囲まれ、「蔦七沼めぐり」の遊歩道がある。このハイキングは宿泊者なら誰もが行くだろう。1時間程度で一周出来るコースになっている。紅葉の季節の素晴らしさは、今では「マイカー規制」をするほど知られてきたらしい。僕が行ったのは夏だったから観光客はいたけれど、混雑というほどではなかった。写真を探してみると、以下のようなものが見つかったので、余りに素晴らしいので借用します。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/57/02/970c76789bc8ea46f5ff9d0fa3cce53b_s.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/6c/1a/dbf5b39262d87000308771e50721162a_s.jpg)
蔦温泉は歴史的なエピソードがいっぱいある宿だ。旅館の前には大町桂月(1869~1925)の銅像がある。明治期の文人で、「君死にたまふことなかれ」を発表した与謝野晶子を「乱臣賊子」と罵倒した嫌なヤツである。美文調と教訓臭という、今となっては時代に取り残された人物だが、終生旅と酒を愛して諸国を放浪した。特に気に入った蔦温泉には住み込んで、本籍まで移してここで死んだ。北海道の「層雲峡」、「羽衣の滝」に名を付け、青森県の「奥入瀬渓流」を全国に知らしめた。なかなかセンスはあるんだけど、時代の国粋的風潮を疑うことが出来ない小文豪だった。蔦温泉に資料室があり、多分見たと思うけど全く覚えてない。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/68/94/49f691798efeddb2423dbfc3a5c863f0_s.jpg)
宿のホームページには、1967年東宝映画、成瀬巳喜男監督の遺作『乱れ雲』のロケが行われたことが出ている。加山雄三、司葉子主演で、交通事故の加害者と被害者の妻が青森で巡り会うという話である。二人は蔦温泉で結ばれてしまうが、話がどうも納得出来ずに僕は一回しか見てない。でも確かに蔦温泉の建物が出て来る。また吉田拓郎のヒット曲「旅の宿」は作詞家の岡本おさみがここに泊まって「別館客室のイメージをもとに一篇の詩をしたためました」と出ている。最近ではアントニオ猪木がここを気に入り、一族の墓を建てたという。すでに亡妻(倍賞美津子の次の次の4人目の奥さんで、2019年死去)の納骨を済ませているという。
という風になかなか豊富なエピソードがある宿だが、ホームページに何故か出てこないのが『火宅の人』である。檀一雄畢生の大傑作である超絶不倫小説『火宅の人』は、1955年から折々に書き継がれて1975年に完結した。檀一雄は1976年1月2日に亡くなったので、まさに遺作となり、没後に読売文学賞、日本文学大賞を受賞した。その後、テレビドラマ化され、1986年には深作欣二監督の映画も公開された。ちゃんと映画のロケも蔦温泉で行われているのに、全然触れられていない。作家が新劇女優と蔦温泉で最初に結ばれてしまうのがまずいのか。その相手役女優はテレビでも映画でも原田美枝子がやっていた。映画の妻はいしだあゆみで、女優賞独占。しかし映画は原作にない松坂慶子とさすらってしまうのは、まさに「火宅」を生きる深作監督の反映だった。