尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

奥田英朗『コメンテーター』、トンデモ精神科医「伊良部」カムバック!

2023年06月28日 22時15分32秒 | 本 (日本文学)
 奥田英朗(おくだ・ひでお)の『コメンテーター』(文藝春秋、2023)をついつい買ってしまい、早速読んでしまった。やっぱり無類に面白いな。これは奥田英朗の精神科医・伊良部シリーズの4冊目にあたる。だが、『イン・ザ・プール』(2002)、『空中ブランコ』(2004)、『町長選挙』(2006)以来だから、雑誌初出(2021年)で見れば15年ぶりである。以前の作品を読んでいる人には判ると思うけど、あり得ない精神科医・伊良部一郎の「活躍?」を描くコメディ連作小説である。何で戻ってきたのか。それは紛れもなくコロナ禍の日本の風刺ということに尽きる。

 一応設定の前提を書いておくと、医師会の有力者である伊良部一族に生まれた伊良部一郎だが、何歳になっても子どもじみた性格が治らない。医師免許によく合格したものだが、そこには「何か」が働いたという噂もある。都下の某駅前に立つ豪壮な伊良部総合病院の薄暗き地下で「神経科」をやっているが、訪れてもフィギュア作りなどに熱中していて患者をなかなか診ないことも多い。また注射が大好きで、マユミという不機嫌そうな看護師が注射を打つところを伊良部がじっくりと見つめるのがお決まり。

 こんな医者だけには掛かりたくないものだけど、つい受診してしまった人々の「受難」を描きながら、あら、不思議なことに「こころの病」も少し軽快している気もしてきて…。何せ、何も言い返せず不満を溜め込んで心身不調を訴える患者が来たりすると、事務に命じて「会計をわざと遅らせる」ことさえある。自分より明らかに後に来た患者がどんどん帰って行くのに、自分だけ全然呼ばれない。「ちょっと聞いてみる」ということが出来ない患者はひたすら待ち続ける…。何で怒らないの?と伊良部は言う。これも治療の一環だと言われて、事務の人も申し訳ななさそう。でも、自分ならちゃんと抗議出来るだろうか?
(映画『イン・ザ・プール』の伊良部とマユミ)
 今回は何とその伊良部がテレビのワイドショーでコメンテーターになるって趣向。あり得ないでしょう。そのあり得ないことが何で起こるかというと、誰か紹介して貰うつもりが自分のことしか考えない伊良部は自分が出ると言い張って、ついに一回オンラインで出してみるかとなる。コロナ禍のことゆえ、局まで呼ばなくてよいのである。しかし、伊良部にコロナのコメントさせるか? だが不思議なことに視聴率が悪くないのである。その理由はいかに?

 それが冒頭の「コメンテーター」で、他に「ラジオ体操第2」「うっかり億万長者」「ピアノ・レッスン」「パレード」の計5篇が収録されている。コロナばかりではないが、「現代人の悩み」を抱え込んでしまった人々が、何故か伊良部を訪れてしまう。こんないい加減な医者でいいのか? いや、実際には良くないでしょ。本当に「こころの病」を抱えた人は面白く読めないかもしれない。だが、ちょっと最近疲れ気味かなレベルだったら、人生こんなにテキトーでもいいんだと読む薬になるだろう。
(奥田英朗)
 奥田英朗(1959~)は『邪魔』『最悪』などで注目され、伊良部シリーズでブレイクした。2作目の『空中ブランコ』では直木賞を受賞した。今回の帯には、シリーズ累計290万部と出ている。だけど、こういう暴走系キャラは扱いにくく、僕も3作目の『町長選挙』にはちょっと飽きたかなと思った。その後は『沈黙の町で』『オリンピックの身代金』『罪の轍』など、本格的な事件小説を多く書いている。そっちの方が好きな気もするけど、久しぶりの伊良部は面白かった。気が楽になるのである。

 今まで何度か映画、テレビ、舞台になっていて、映画『イン・ザ・プール』では伊良部を松尾スズキがやっていた。テレビでは阿部寛、舞台では渡辺徹などが伊良部をやっている。今回の『コメンテーター』も是非映像化を期待したい。こんな暴走医師も困るけど、さすがにホントに医師免許をはく奪されるまでにはならない。その意味では安心して爆笑出来るのである。
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