俳優座劇場で劇団文化座公演『にんげんたち~労働運動社始末記』を見た。マキノノゾミ書き下ろしを鵜山仁が演出した作品で、3月2日まで。(休憩入れて2時間40分ほど。)大正時代の大杉栄周辺のアナーキスト群像を描く劇で、大杉以上に村木源次郎や和田久太郎を大きく扱っている。この対象人物にも関心があるが、同時に俳優座劇場で見るのも今度がホントに最後だろうと思って見に行った。(まだ別の公演がいくつか予定されているが、多分見ないので。)文化座は去年見た『花と龍』が面白かったし、マキノノゾミは前作『劇団青年座『ケエツブロウよー伊藤野枝ただいま帰省中』を見る』で伊藤野枝を描いていた。大杉はもちろん、周辺の村木や和田もその時に出ていて、今度はそっちを中心に描きたくなったのだろう。
あらすじをコピーすると、「大正五年晩秋の葉山事件以来、同志たちの信頼を失って孤立した無政府主義者の大杉栄と伊藤野枝の二人のもとには、旧友である村木源次郎ただ一人が寄り添っていた。三人は仕事も金もないどん底暮らしをともに送るが、その生活はどこか呑気なものであった。時代が大きく変転する中、和田久太郎、久板卯之助、近藤憲二ら癖のある新しい仲間たちが大杉の周りに集い始める。雑誌「労働運動」 を発行し、ゲリラ的な演説活動を繰り返し、大杉は再び社会主義運動の中心人物へと返り咲いてゆく。彼らの「労働運動社」はあくまで個々の自由意志による結社であり、ある者は主義を異にして離脱し、あるいはただ気分が乗らない という理由で離れ、また気まぐれに戻ってくるといったふうであった。大正デモクラシーが叫ばれ、各地でのストライキ、労働争議などがいよいよ過熱してゆく大正十二年、関東大震災後の混乱に乗じて 大杉と野枝が軍に虐殺されてしまう。一年後、残された村木と和田は、その報復のため福田雅太郎陸軍大将襲撃を企てるのだが……。」ということになる。
まあ、細かいことを言えば、同志の誰が誰だかすぐに理解出来ないシーンもあるが、基本的には知ってる話である。そして、村木や和田はとても面白い人物だと思うけど、最後の悲惨を知っているので見るのが辛い。大杉栄もすごく魅力的な人物だが、やはり傍迷惑なところもあるから、カッコいい言動だけをもてはやす気になれない。まあロシア革命に際して、レーニンらのボリシェヴィキ(ロシア社会民主労働党多数派)をやがて恐るべき独裁権力になると予測したのは正しかった。ウクライナのアナーキスト、ネストル・マフノをいち早く高く評価したのも時代に先駆けていた。だけど、アナーキズム陣営もほとんど無力だった。
もちろん大杉栄、伊藤野枝(及び橘宗一少年)を虐殺した恐るべき権力犯罪は許すことが出来ない。だけど、当時の戒厳司令官福田雅太郎の暗殺なんか企んでどうなるものでもないだろう。いや、今僕が村木や和田をあれこれ言っても仕方ないのだが。そして本人たちも「どうかなる」と思って計画した事件ではなく、ただ要するに大杉の復讐をやりたかったのだ。この「個人」の感情にこだわることこそ、彼らの魅力(と限界)だろう。その魅力を舞台では良く実感できた。しかし、内容が多岐にわたるので、どうしても説明的になってしまう。その意味で演劇的魅力は少し薄かったかなと思う。
大杉栄が当時住んでいた亀戸の親分から退去を求められる場面なんかのように劇的なシーンがもっとあれば良かった。(大杉一派を監視する警官が多くなって、親分たちは賭場が開けなくなって往生したのである。)あるいは獄中の和田久太郎を母と姉が訪ねるシーンも心に残る。和田の母親を佐々木愛がやっていて、さすがの貫禄。ところで和田久太郎には松下竜一さんの『久さん伝』という評伝がある。大杉の娘、伊藤ルイさんを描く『ルイズ 父に貰いし名は』という高く評価された名著があるが、その取材から生まれたスピンオフが『久さん伝』である。やはり人を引きつけて止まぬ魅力があるという人物なんだろう。
ところで2月は3回舞台を見たが、他にも見たい作品があった。取れないチケットも多いのである。だから面白そうなチケットを予約してしまったが、最近数年間風邪でダウンしたりしなかったので、少し過信してしまった。どうも風邪が抜けきらず、そういう意味ではチケットを買っておくのも善し悪しだなと思った。実は明日も7代目円楽襲名披露を買ってあって、夜なので大変。3月は一番行きたかった大竹しのぶ、松岡茉優の『やなぎにツバメは』の抽選に落ちてしまって、しばらくお休みかな。