尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画『ソウルの春』、迫力のポリティカル・アクション

2024年09月02日 21時42分17秒 |  〃  (新作外国映画)
 2023年の韓国映画で最高の動員となった『ソウルの春』が公開されている。これは1979年のパク・チョンヒ(朴正熙)大統領暗殺後の軍内部の暗闘を描いたポリティカル・アクションの傑作だ。1979年12月12日にチョン・ドゥファン(全斗煥)国軍保安司令官が上司の鄭昇和(チョン・スンファ)戒厳司令官(陸軍参謀総長)を逮捕して軍の実権を掌握した。(粛軍クーデター)。僕は隣国の情勢を固唾をのんで見守っていたのを記憶している。その事態をほぼ史実に近く映画化したのが『ソウルの春』である。朴大統領暗殺後の「民主化運動」が「ソウルの春」と呼ばれたので、この題名はちょっとミスリードかもしれない。

 チラシを見れば、二人の男の向かい合う顔写真になっている。左側がチョン・ドゥグァンで、名前を変えてあるがもちろん全斗煥(チョン・ドゥファン)。演じているファン・ジョンミンはカツラを被って顔つきを似せている。ほぼそっくりのイメージで、軍内の秘密結社「ハナ会」を牛耳る迫力は凄まじい。ナンバー2ノ・テゴン第9歩兵師団長(パク・ヘジュン)は、盧泰愚(ノ・テウ)である。この二人は韓国なら若い人でも顔が思い浮かぶだろう。映画でもソックリな感じでやってる。反乱グループを率いるリーダーシップは完全に「チョン・ドゥグァン」の圧勝である。
(映画のチョン・ドゥグァン)(実際の全斗煥、盧泰愚)
 映画を見ると全斗煥一派の勝利は薄氷を渡るようなものだった。国防長官はアメリカ大使館に逃れるし、チョン・ドゥグァンが大統領に戒厳司令官の逮捕の許可を求めに行くと、チェ・ハンギュ大統領(1979年12月8日に代行から昇格していた崔圭夏=チェ・ギュハ)は抵抗する。その間にイ・テシン首都警備司令官チョン・ウソン)が徹底的に立ちふさがる。陸軍士官学校出身じゃなかったイ・テシンは軍内主流ではなく、その無欲ぶりを買われて首都警備司令官に抜てきされた。そしてチョン・ドゥグァンは法を無視した独裁志向であり、首都を守るのは自分の役目だとクーデター阻止に全力を尽くす。
(映画のイ・テシン)
 僕はこういう人がいたことは知らなかったので、モデルの人物が判らなかった。家で調べると、張泰玩(チャン・テワン、1931~2010)という人で、Wikipediaによれば事件後に予備役編入、2年間の自宅軟禁になったという。民主化以後は2000年から4年間金大中政権与党に入党して国会議員を務めたと出ている。クーデター派は追いつめられると休戦ライン近くを守る第二空挺師団を呼び寄せるが、イ・テシンは橋を封鎖してソウルに入れないようにする。両者策謀をめぐらすが、保安司令部は各所の電話を盗聴できる権限を持っていて、情報が筒抜けだった。結局ハナ会一派は軍内各所ににいて防げなかったのである。
(イ・テシンのモデル張泰玩)
 基本的に史実に基づいているので、映画内の結末は決まっている。その後キム・ヨンサム(金泳三)政権下に「歴史の清算」が進み、このクーデターも裁かれた。全斗煥も盧泰愚も反乱罪で有罪となったので、今ではこの題材を映画化しても何の危険性もない。それにしても、クーデターの細かな動きを再現して、リアルな政治映画として完成度が高いのは見事。もちろんエンタメ映画の限界もあり、「男たちの対決」という構図で両雄のし烈なアクションになっている。中国でも「天安門事件」や「林彪事件」などを正面から描くし政治映画が作られる日が来て欲しいものだ。『アシュラ』などのキム・ソンス監督。

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