尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画『二つの季節しかない村』、トルコのヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督最新作

2024年10月16日 22時32分57秒 |  〃  (新作外国映画)
 トルコの巨匠ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督の『二つの季節しかない村』が公開された。2023年のカンヌ映画祭最優秀女優賞メルヴェ・ディズダルが受賞した作品である。これがまた198分もある超大作で、こういう映画はすぐ上映が少なくなるに決まってるから早速見て来た。この監督の映画は素晴らしい自然描写の中で、卑小な人間が繰り広げる壮大なドラマが展開される。非常に見ごたえがあって大好きだ。今回も全く退屈せずに見ることが出来たが、しかし3時間超は長過ぎだろう。

 映画はトルコ東部の山地にある村の学校で展開される。学校というのは誰もが行った思い出があるから、多くの映画や小説などに出て来る。だけど、その国の人には常識なことは説明抜きで進行する。ホームページにトルコの教育制度に関して詳しい説明があって、やっと理解出来た。トルコの学校は「4・4・4」の12年間が義務教育で、多分主人公の教師は真ん中の「Elementary」スクールで美術を教えていている。日本で言えば中学1年生の担任になると思う。一部私立学校もあるが、ほとんどが国立学校。主人公は東部のへき地から次はイスタンブールに転勤したいと言ってる。日本じゃ都道府県ごとの採用だから、北海道から東京の学校に転勤するなんてあり得ない。しかし、トルコでは教員は国家公務員で社会的地位が高いんだという。
(ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督)
 トルコ東部を舞台にする映画は時々あるが、複雑な背景事情がある地域だ。この地は政府が言うところの「山岳トルコ人」、つまりクルド人が多く住む。トルコ政府はクルド独立運動を激しく弾圧し、軍が駐留している。この映画でも主人公は軍警察に警戒されている。学校は基本的にケマル・アタチュルク以来の「世俗教育」が行われていて、女性教師にはスカーフを被っている人がいない。村人も同様で、エルドアン政権への支持が低い地域なんだと思う。メルヴェ・ディズダル演じる女性教師は、自爆テロで片足を失っている。これは恐らくISによる首都アンカラの無差別テロだろう。彼女は左派活動家で、集会が襲撃されたんだと思う。
(ホームページにある地図)
 物語をホームページからコピーして紹介すると「美術教師のサメットは、冬が長く雪深いトルコ東部のこの村を忌み嫌っているが、村人たちからは尊敬され、女生徒セヴィムにも慕われている。しかし、ある日、同僚のケナンと共に、セヴィムらに虚偽の"不適切な接触"を告発される。同じころ、美しい義足の英語教師ヌライと知り合い......。プライド高く、ひとりよがりで、屁理屈を並べ、周囲を見下す、"まったく愛せない"のに"他人事と思えない"主人公サメット。辺境の地でくすぶる男は、雪解けとともに現れた枯れ草に何を見つけ出すのか――。」
(サメットとヌライ)
 主人公サメット(デニズ・ジェリオウル)は冒頭では頑張ってる感じだが、途中で「生徒指導」を間違う。この展開は教師にとって他人事ではなく、誰にでも起こりうることだと思う。それにしてもきっかけは「抜き打ち持ち物検査」で、トルコじゃ今でもそんなことがあるのかと思った。そこからサメットの人間的狭量さが見えてきて、生徒相手に癇癪をぶつけるなど困ったものである。一方ヌライ(メルヴェ・ディズダル)は今もなお若い頃の理想主義を手放していない。そんな二人がラスト近くで10分以上人生論を闘わせる。圧倒的なシーンだが、その後の展開も人生の機微を感じさせて見事だ。
(セヴィム)
 ヌライは英語教師だが「英語を教えるよりクルド語を教わっている」という。この言葉にヌライの生き方も示されている。しかし学校の様子は出て来ない。サメットの学校の様子はかなり詳しく描写されるが、貧しい東トルコでは生徒の将来も希望が持てない。サメットも早くこんな学校、こんな地域を出ていきたいとしか思っていない。そういうタイプの教員が見事に描かれるが、見ていて辛いものがある。セヴィムという女生徒の描き方もリアルで、関係が壊れた生徒との難しさが身に応える。サメットもまずいと思うが、まだトルコでは「教師の権威」で押し切れるんだろうか。

 題名に反してほぼ冬しか出て来ないが、ラスト近くになってやっと夏が来る。サメットとヌライはケナンも一緒に、遺跡を訪ねる。これがまた素晴らしい映像で、ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督の映画はそこが魅力でもある。1959年生まれの監督は構想が大きいこともあり、最近は数年に一作の寡作になっている。今までにカンヌ映画祭で、パルムドール、グランプリ(2回)、監督賞、女優賞を獲得してきた巨匠である。あと幾つ見られるかわからないが、数作は見たいものだ。なお、今までに『トルコ映画「雪の轍」と「昔々、アナトリアで」』と『トルコ映画「読まれなかった小説」』、2回記事を書いている。

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