尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

『リボルバー・リリー』、原作と映画はどう違う?

2023年08月24日 22時22分23秒 | 映画 (新作日本映画)
 映画『リボルバー・リリー』を見たけど、その前に長浦京の原作も読んだので、まとめて感想。僕はこの原作を何となく戦争中の女スパイの話かと思い込んでいた。そうしたら全然違って、関東大震災から始まる国内の争いだった。それも「帝都」のど真ん中で陸軍と海軍が相争い、そこに内務省も絡んでくるというムチャクチャな設定である。640ページもある長い長い原作は、そこら辺の無茶を何となく納得させてしまう力業を発揮している。映画は原作に沿いながらも、かなり大きな変更も加え、一気に見せるアクションに仕上がっている。まあ、主演の綾瀬はるかのための映画だなあとは思ったけど。

 綾瀬はるか演じる「小曾根百合」(おぞね・ゆり)は、映画では描かれないが原作では壮絶な幼年期を送っている。「幣原(しではら)機関」に見出されて、台湾で優秀な諜報員として育成された。(ちなみに、幣原機関は原作通りだが、戦前の幣原喜重郎外相とは何の関係もない架空の存在である。フィクションなんだから、別の名前を付けた方が良いと思うが。)その結果、百合は「最高傑作」と言われる存在となり、数多くの暗殺事件を実行したとか。しかし、愛人でもあったボスが急死して、その後は東京の玉ノ井で「銘酒屋」(私娼を置く店)を束ねている。玉ノ井は現在の東向島で、永井荷風濹東綺譚』の舞台である。
(原作=講談社文庫)
 原作は関東大震災から始まるが、映画はそこをカットして震災1年後、つまり1924年8月末に始まる。まず玉ノ井が出て来るが、すぐに秩父に移る。原作でも突然秩父に話が変わり、一体何のつながりがあるんだか最初は理解出来ない。ところが実は陸軍が兵士を動員して、ある一家の抹殺を図っているのだ。何のために? 結局その「事件」こそが、この物語のすべてなのだった。簡単に言えば「裏金」の争奪戦みたいなものなんだけど、映画はかなり簡略化している。原作だとなかなか複雑な仕組みと陸軍内の派閥争いが絡み合っている。総じて、映画ではその複雑な部分を省略するので、映画だけ見ると筋書き的に判りにくいのではないか。

 一家で一人生き残った「細見慎太」は父から、玉ノ井の小曽根百合を頼れと言い渡され「書類」を預かった。(原作では弟もいるが、映画では省略されている。)百合はその前から秩父の事件の真相を探るつもりで出掛けていく。二人は出会って、攻撃してくる陸軍兵に立ち向かいながら、何とか東京を目指す。そこが映画ではよく判らないけど、原作では埼玉県の地名が細かく書かれていて、リアリティがある。もっとも国内で陸軍がドンパチやっていて、それに対し百合が昔取った杵柄の銃さばきで逃げ続けるという、設定は全く無理。それをいかに納得させるか。原作では細かな設定と描写で、映画は綾瀬はるかの魅力で魅せる。
(子どもを連れて逃げる)
 映画としては『グロリア』である。ジョン・カサヴェテス監督の映画で、ジーナ・ローランズが故あって子どもを連れてギャングの追跡から逃げ回る。もう一つ、小説ではギャビン・ライアルの『深夜プラス1』で、こっちは警察と殺し屋双方から逃げる実業家を主人公が安全地まで連れて行く。恐らく作者はそれらに影響されて発想したのかと思う。映画は大分原作をコンパクトにしているが、まあ面白く見られるのは間違いない。僕は消夏映画として、それなりに楽しんだけど、これじゃ判らんという人も多いだろう。だからかどうか、東映が意気込んだ大作の割りには案外大ヒットになっていないという話。

 綾瀬はるかのアクション映画というのが、あまり受けないのか。それともほぼ綾瀬はるか単独主演に近く、ちょっと動員力に無理があったのか。映画の百合は美しいドレスを着ながら、銃を撃ちまくっている。トンデモ設定だけど、楽しめる。玉ノ井で百合を助けている奈加シシド・カフカ)、仕事上で助手的な岩見弁護士長谷川博巳)は、原作では百合との関わりが細かく出ている。最後の銃撃戦でも「第二戦線」で大活躍するが、映画はその辺は変えている。その他、豊川悦司、佐藤二朗、野村萬斎、石橋蓮司など豪華脇役を揃えている。しかし、阿部サダヲ山本五十六というのは違和感が強い。
(長浦京)
 原作の長浦京(1967~)は時代小説『赤刃』(2011)でデビューし、次が『リボルバー・リリー』(2016)。そこから冒険・ミステリー系になり、第4作『アンダードッグス』(2020)が直木賞候補になった。映画は行定勲(ゆきさだ・いさお)監督、共同脚本。撮影の今村圭佑はセットやロケの入り交じる映画を印象的に撮っている。玉ノ井は大きなセットを作っているので、原作にはない陸軍との銃撃戦をそこでやってる。いくら何でも首都の真ん中で陸軍軍人がホンモノの銃撃戦を行うという無理についていけるかどうか。そこが評価の分かれ目かもしれない。
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