尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画『西湖畔に生きる』、グー・シャオガン監督の山水画映画第2弾

2024年10月03日 22時01分11秒 |  〃  (新作外国映画)
 中国映画『西湖畔(せいこはん)に生きる』が公開された。2021年に公開された『春江水暖』で高く評価されたグー・シャオガン監督の「山水画映画」第2弾である。前作は「川」を見つめ、川の流れの中に人生を象徴させた映画だった。映像が素晴らしく、監督は「山水画」の絵巻物のような画面を目指したと言っていた。今回は「湖」を中心に、山や茶畑を圧倒的な映像で描き出している。特に冒頭のドローン撮影やラストの鍾乳洞シーンは驚くばかりの見事さ。だが今回は人間社会の醜い面を直視した点が前作と違う。

 舞台は浙江省の省都、杭州(ハンチョウ)とその西にある西湖である。西にある湖は「西湖」と呼ばれやすいが(富士五湖にもある)、中国で「西湖」といえば世界文化遺産にも登録されたここを指す。西湖の風光明媚な景観は昔から日本にも大きな影響を与えてきた。杭州は2023年にはアジア大会が開催されたばかりで、人口は1千万を超える大都市に発展している。最近公開された『熱烈』というダンス映画も杭州を舞台にしていて、いま中国でも熱い町なのか。映画で西湖の向こうに広がる大ビル群は印象的だ。
(杭州)(西湖)
 そんなキレイな場所で撮影した映画だが、人間関係の設定は悲劇的。西湖近辺は最高峰の中国茶・龍井茶の生産地で知られるそうだが、そこで茶の摘み取りをして暮らす母・タイホア(苔花)と息子・ムーリエン(目蓮)がいた。父は昔出稼ぎに行ったまま行方不明で、死んだとも失踪したともいう。そんな母が茶畑を追われ、いつの間にか怪しい「シェア経済」にハマっていく。息子は「違法なマルチだ」と何度も説くのだが、母は初めて生きていく実感が得られたと全く聞かない。その商売は体に効く「足裏シート」を周囲に紹介すると、階級が上がっていくというものらしい。足裏シートって、こういうの中国でもあるんだ。
(母タイホア)
 母タイホアを演じるジアン・チンチン(蒋勤勤)は圧倒的迫力。僕は知らなかったが、中国では多くのテレビドラマに出て有名だという。2023年のアジア・フィルム・アワード主演女優賞を受賞した。(ちなみに主演男優賞は役所広司だった。)足裏シートを売る「バタフライ社」に出会って、タイホアは全く印象が変わる。それまでの地味な扮装から一転して、髪型も化粧も一新したときの演技は衝撃的である。だが、それは「違法ビジネス」である。そういう風に宣伝されているが、それを知らなくても一目瞭然だろう。何故なら日本でも似たような事件がかつていっぱい起こったからだ。システムも疑問だが、西湖に浮かぶ船上で行われる「研修」という名の洗脳も凄い。日本でも似たような違法ビジネスや新興宗教が思い出されて来る。

 何とか母を救い出したい息子ムーリエン(ウー・レイ)は、母に従ったフリをして会社に潜入する。そして警察に密告するのだが、母には全く通じない。このような母子のありようは、どうしても安倍元首相銃撃犯を思い出させる。世界共通の構造的な問題なのだろう。ところで、これは「目蓮救母」という仏教の説話に基づくという。それは知らなかった。シャカの弟子目蓮は、亡母が餓鬼道に落ちていることを知り、何とか助けたいと思う。そしてシャカに相談したところ、自分の力を母だけでなく同じ苦しみを持つすべての人を救う気持ちを持つように諭されたという。そうして結局母は救われたという説話が基になっていた。
(グー・シャオガン監督)
 グー・シャオガン(顧暁剛)監督(1988~)は、東京国際映画祭で黒澤明賞を受賞した。杭州生まれ、杭州在住で映画を作っている。この「山水画」を映画で再現するというのが新味だが、今回は社会批判も含まれている。世界中どこにも「マルチ商法」は存在するが、社会の転換期、混乱期に現れやすい。この映画はフィクションだが、こういう設定が成り立つところに中国社会の現在も映し出されているんだと思う。

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