本を読み終えたばかりは、胸の中にいろんな感情が湧いては消える。
私にはいつでも「覚悟」が足りないのだ、と思ったり。
ああいうふうに、大切な人をないがしろにはできないよ、と思ったり。
自分の気持ちに嘘をついたままで、それは生きていると言えるのか、
と問いかけてみたり。
詩人は、会社勤めをやめ、妻に好きな女ができたと言い、家を出たら
それまでの20年では書けなかった詩が、またすらすらと書けるように
なったという。
こころが動くと、血が体をめぐるようになり、頭の、それまで使われず
休んでいた部分が活性化されるのだ、きっと。
「荒地」は、詩人の田村隆一、北村太郎、鮎川信夫らによって作られた同人誌の名前で、
ねじめ正一著の『荒地の恋』は、田村と田村の妻 明子、北村太郎との三角関係から
はじまる実名の小説。
はきはきとした物言いで、北村を魅了する明子はきっと私にこういうだろう。
どうせ、あなたみたいな若い人に、大人のイロコイがわかるはずはないのよ。
時代は昭和のど真ん中で、登場人物たちは、両親の年代よりもさらにすこし上なのだった。
だから私は、いつまでも小娘の気持ちで読んでいたけれど、途中でふと気が付いた。
明子が、田村の元を離れ北村と崖の下の小さなアパートに住み始めた時の年齢よりも、
今の私のほうが上じゃないかと。
50を越えた男女の、それも互いに伴侶持ちの、男女の恋の行く末が
パラダイスのはずはないと、想像するのは容易なことで、だから「荒地の恋」とは
これ以上の題名はないと思った。
誰に泣かれ、誰を裏切り、世捨て人のように暮らし、お金の心配をし続けても、
歩き出し、歩き続けなければいけない「荒地」。
そこにはどんな風が吹き、どんな夕陽を眺めることができるのか、平坦な道を歩いて
いるものにはわからない。
わかりたくもないという人も、迷い出るはずじゃなかったという人も、それぞれのみちを
ただ進んでいくしか方法はほかにない。
もちろん、わたしも。それがどこへ続いてゆくのか知っていても知らなくても。