音楽の喜び フルートとともに

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愛の妙薬 人知れぬ涙

2012-11-14 21:47:17 | 名曲

ガエターノ・ドニゼッティ 1797年~1848年イタリア ベルガモ生まれ。
法律家を目指すようという父の期待を裏切り、ボローニャの音楽院でまなび、「アンナ・ボレーナ」、「ランメルモールのルチア」や、「ルクレチア・ボルジア」、「ドン・パスカーレ」などのイタリアオペラを代表する名曲を生み出し、50才で、神経性の病気で亡くなります。

「愛の妙薬」の初演は1832年。ベッリーニが「夢遊病の女」「ノルマ」を1831年に作曲していて、ドニゼッティ、ベッリーニ二人のオペラ全盛時代の作品です。
形式はオペラ・ブッファ、軽い喜劇の要素を持ったもので、二幕で終わります。
あらすじは、スペインのバスク地方。トリスタンとイゾルデを恋に落とした愛の妙薬の物語をアディーナが村人に聞かせています。
若い農夫ネモリーノは彼女を愛していますが言い出せません。そこに軍曹ベルコーレがやってきてアディーナを口説きます。煮え切らないネモリーノにアディーナはベルコーレと明日結婚するといいだします。
焦ったネモリーノは、インチキな愛の妙薬を商人から、軍隊入隊の契約金を担保に買ってしまいます。
村には、ネモリーノの遠い叔父が亡くなって遺産が入り、大金持ちになったという噂でもちきり。
ただのワインとは知らないネモリーノは妙薬を飲んで、お金が入ったと聞いた村娘たちがちやほやしてくるのを、さっそく効き目があったと大喜び。

商人からネモリーノが自分のために妙薬を買ったと聞いたアデリーナが涙しているのを、見て、「人知れぬ涙を見た.・・・死んでもいい」とこの曲を歌います。

結局、アデリーナが入隊契約書を買戻し、ネモリーノと結婚することにします。
それを見た村人たちは本当の「愛の妙薬」だったと、村を去る商人を感謝をもって送り出します。

「愛の妙薬」人知れぬ涙

Una furtiva lagrima
negli occhi suoi spuntò:
Quelle festose giovani
invidiar sembrò.
Che più cercando io vo?
Che più cercando io vo?
M'ama! Sì, m'ama, lo vedo. Lo vedo.

あの女(ひと)の眼に
ひそかに浮かぶ涙
色めき立つ娘たちを
羨んでいるようだった
僕はこれ以上何を求めようか
僕には分かる。あの女は僕を愛しているのだ。

Un solo instante i palpiti
del suo bel cor sentir!
I miei sospir, confondere
per poco a' suoi sospir!
I palpiti, i palpiti sentir,
confondere i miei coi suoi sospir...

ほんの一時だが
彼女の美しい心の高鳴りを感じた
もうすぐ彼女と僕のため息が
一つに溶け合う時がくるのだ

Cielo! Si può morir!
Di più non chiedo, non chiedo.

神よ!僕は死んでもいい!
これ以上何も望むことはない

Ah, cielo! Si può! Si, può morir!
Di più non chiedo, non chiedo.
Si può morir! Si può morir d'amor.

神よ!僕は死んでもいい!
これ以上何も望むことはない
僕は愛のために死ねるのだ