今月MAKIKYUは近隣の松田町にある西平畑公園へ足を運び、公園内を走る「ふるさと鉄道」に乗車する機会がありました。
西平畑公園は小田急線新松田駅・JR御殿場線松田駅からも徒歩で足を運ぶ事ができ、往路は上り坂で少々ハードな道程ながら20分強、復路はもう少し短く楽な道程と感じたもので、高速バスが発着する東名高速道路の「東名松田」バス停からは、すぐの所に公園入口があります。
公園自体は何時でも入場料無料で入場できるものの、園内を走る「ふるさと鉄道」は土日祝日昼間のみの運行、それも雨天時や冬季(12月中旬~2月中旬)は運休となりますので、近場在住でないと乗車狙いのハードルは少々高めかもしれません。
このふるさと鉄道は、各地の公園などによくあるミニSLと、小田急沿線らしい「ミニロマンスカー」という2種類の車両が運行しており、日によってはどちらか一方のみの運行となる事もあります。
係員の方は動力に石炭を用いているミニSLの方がおススメとの事でしたが、MAKIKYUが西平畑公園に足を運んだ日はミニロマンスカーのみの運行でした。
ミニSLは全国各地で多数運行しているもののミニロマンスカーは他ではまず見かけませんので、個人的にはミニロマンスカー運行は「アタリ」と感じたものでした。
ミニロマンスカーは両端に現在は小田急線での営業運転からは退いた10000形Hi-SEを模した電動の動力車を配し、真ん中4両がボギー客車の動力集中方式プッシュプルの6両編成。
さすがに連接構造などは再現されていませんが、旅客車両4両・編成6両というのはどちらも最近の小田急線の特急ロマンスカーでは主流となっている編成両数。
このミニロマンスカーが導入された頃には想定していなかったのかもしれませんが、偶然にも小田急線の特急ロマンスカーを模した編成両数になっています。
ミニロマンスカーの出発時にはスピーカーを用い、録音したミュージックホーンも流していたのも、なかなか良い演出だな…と感じたものでした。
このミニロマンスカーとミニSLが走る路線は、公園内のみの運行ながらも往復総延長は1㎞超と、この手の鉄道にしては結構な長距離運行となっています。
路線内には鉄橋や併用軌道区間をはじめ、線路脇にはあじさいが植えられている箇所も存在。
この手の鉄道にしては珍しいスイッチバックが2箇所も存在するなど、かなり変化に富んでおり、単線で随所に急曲線が存在する線形の悪さは、小田急グループに属する中小私鉄・箱根登山鉄道や江ノ島電鉄などを連想したものでした。
2箇所のスイッチバックを経て到達する路線頂上付近はラケット状のループ線、ここにふるさと鉄道の車庫も存在しており、このループ線区間以外は往復共に同一経路運行となっています。
往復の所要時間は20分程度、運行距離が長めでスイッチバックを繰り返す事もあり乗車時間も長め、公園内の鉄道にしては意外と乗り応えがあると感じたものでした。
このふるさと鉄道の運賃はミニロマンスカーとミニSLのどちらも同額で300円、乗車券購入時には領収証と乗車券と記された列車指定券(ラミネート加工)の2枚が渡されますが、乗車券の方は列車発車前の改札時に回収となります。
MAKIKYUが乗車した列車は「15時35分発」でしたが、昼間のみの運行で16時頃には運行終了となりますので、この時刻で最終列車です。
MAKIKYUが西平畑公園に足を運んだ日は比較的空いていて空席もあったものの、観光シーズンなどは最終列車狙いで発車直前に乗車券売り場へ出向きふるさと鉄道に乗ろうと思っても売り切れ…という可能性もありますので要注意です。
(乗車当日の運行時間内であれば、午前中に午後の列車乗車券を発車時刻指定で購入する事も可能です)
またふるさと鉄道乗車後も公園内を散策、眼下に広がる足柄平野や相模湾を眺め一休みしてから退散。
数は多くないものの飲食関連の物販車両も何台か出店しており、公園内で一休みの際には、出店していた物販車両の一つ「小田原牧場アイス工房」のジェラートを試してみたものでした。
決して安くない価格設定に加え、訪問日は結構な暑さという事もあってか、季節限定の小田原さん甘夏ピール入りジェラートなどは絶品と感じたものでした。
西平畑公園は期間限定の臨時バス運行日などを除くと、遠方から公共交通機関利用だと駅か高速バス停から徒歩かタクシーでアクセスするしかなく、往路の上り坂なども考慮すると、散策に不適な暑い時期の訪問は少々厳しい印象。
ただ比較的近場でその気になれば割合容易に足を運べる所という事もあり、機会があれば散策に適した時期にまた足を運んでも…と感じたものでした。
昨日大分県中津市で大規模な山崩れが発生、死者や行方不明者の発生も報じられる大災害となり、この山崩れに関してはニュースなどでも大々的報じられていますので、ご存知の方も多いと思います。
不幸にもこの山崩れで亡くなられた方に対しては、この場からも冥福を申し上げると共に、避難勧告が発令され避難生活を余儀なくされている方も、早く日常生活に戻れる事を祈願するばかりです。
また中津市というと、JR中津駅やその周辺を連想する方が多いと思いますが、今回山崩れが発生した所は元々中津市域だった所ではなく、平成の大合併で中津市に編入された地域の一つで、中津~日田を結ぶ国道から少し脇道に入った一帯になります。
MAKIKYUは今回の山崩れ発生個所には足を運んだ事はないものの、以前中津~日田間を結ぶ特急バスが走っていた頃に、柿坂など山崩れが発生した箇所の近隣を通過した事があり、土休日は全便運休となるものの、平日は柿坂~豊後森間を結ぶ路線バスも数本運行しています。
(ちなみに大交北部バスが運行していた特急バス(一般路線用中型車充当)は廃止されたものの、現在は代わりに中津~耶馬渓(旬菜館)と耶馬渓(旬菜館)~日田の2系統を利用し、2都市間を移動する事ができます)
また柿坂~豊後森間を結ぶバスの起終点となっている豊後森は、昨冬に足を運ぶ機会があったばかりですが、まだブログ記事は公開していませんので、今日取り上げたいと思います。
豊後森はJR久大本線のほぼ中央付近に位置し、かつては隣の恵良駅から小国線も分岐、機関庫もある鉄道の要衝として知られていた所ですが、現在小国線は廃止、また久大本線も大分自動車道開通などでローカル線化しているのが現状です。
豊後森駅に近接して立地していた機関庫は、本来の用途を終えても今日まで姿を留めており、近年近代化産業遺産認定や国の登録有形文化財登録などの動きもあってか、かなり注目される存在になっています。
機関庫は古いガラスが多数割れており、この修復に関しても現在検討中との事で、庫内には割れたガラスの破片などが散乱している事もあり立入禁止、外観見学のみとなっていますが、当面現状のままで外観見学のみとするの否かも気になる所です。
また国の登録有形文化財登録などが行われた後、福岡県内で解体予定だった9600形蒸気機関車も譲受、屋外静態保存ながらも非常に綺麗な状態で公開されており、希少な存在の機関庫に花を添える存在になっていると感じたもので、これだけのモノを維持していく労力も並大抵ではないと感じたものでした。
2015年には機関庫近くに豊後森機関庫ミュージアム(入場料100円)も開設、ミュージアム内には機関庫や久大本線の歴史などを紹介する資料などをはじめ、JR九州の車両デザインで知られる某有名デザイナーが描いた車両イラストなども多数展示されています。
そしてこの豊後森機関庫は静岡県沼津市周辺を舞台にした某有名アニメに登場し、伊豆箱根鉄道が楽曲に関連したラッピング電車も運行している「HAPPY PARTY TRAIN」の舞台にもなった事もあってか、ミュージアム内にはこのアニメの関連グッズも多数並べられており、
ミュージアムの方から伺った話では、ファンが陳列をお願いして持ち寄っているとの事でした。
(「HAPPY PARTY TRAIN」ラッピング電車に関して興味のある方は、こちらをクリック(以前公開した記事へ移動)して下さい)
また豊後森機関庫や機関庫ミュージアムにも近接している豊後森駅は、駅舎内が近年リニューアルされて某有名デザイナーの個性が強く表れたものに改められています。
某有名デザイナーが関与した改装車両などに興味をお持ちの方であれば、駅舎内待合室なども一見の価値ありと感じたものでした。
そして駅前からは幾つかのローカルバスが出ており、一応玖珠町内と周辺一帯への交通結節点になっていますが、先述の柿坂~豊後森系統など土休日運休の系統も多い状況です。
訪問日は土休日でバス便の数も少なく、宮原線代替バスでも小型車で乗客の姿はまばらな状況でした。
駅ロータリーには入らず、駅前の通りを発着する九重町営バスに至ってはワゴン車での運行となっており、輸送力の小さい車両でも足りてしまう辺りは、路線維持自体が厳しい現状を実感させられたものでした。
ちなみに豊後森を走る久大本線も、昨夏の集中豪雨で橋脚流出などがあり、現在でも一部区間不通が続いています。
大分~福岡県境周辺の内陸部は最近、自然災害が頻発している感もありますが、MAKIKYUの訪問時も久大本線一部区間不通の影響で特急が軒並み運休となった事も災いし、平時に比べ観光訪問者もかなり少ないと伺ったものです。
MAKIKYUが豊後森へ足を運ぶ際は普通列車(写真)を利用したものの、こちらも今春のダイヤ見直しで減便され使い勝手が悪くなっていますので、久大本線不通区間の早期運転再開(現段階では今夏予定)、並びに同線観光特急列車の運行再開などを待ち望みたいものです。
先日50年以上に及ぶ永年の歴史に幕を下ろした大阪・弁天町の「交通科学博物館」、展示車両の数々だけでなく屋内展示も相当なものの、じっくり見学するのであれば丸1日費やしても…と感じるレベルで、先月の訪問時は開館から2時間強の滞在でしたが、それでも駆け足で回った程度と感じたものでした。
車両展示は屋外だけでなく、屋内でも新幹線0系数両をはじめ、車両の一部分のみを展示した「カットボディ」も幾つも存在しているのですが、展示車両は国鉄~JR系の車両だけに限らず、中には海外のケーブルカーという一風変わった車両も存在します。
交通科学博物館では単に鉄道車両を収蔵・展示するだけでなく、実際の運行に関わる仕組みなどを説明する展示なども多数存在し、中には自動改札機や列車の発車案内装置の展示などもあったのですが、この展示物も設置当初は時代の状況に即したものだったと思いますが、現代では自動改札機や発車案内装置自体も何世代も前の旧式、実用に供されているものはまず見かけない骨董品と化しています。
今後京都に移転・リニューアルした暁には、体験型の展示を充実させる旨も発表されていますが、この骨董品と化した自動改札機や列車発車案内装置なども、最新鋭のモノと並べる事で進化過程を示す1アイテムとして活用されるのか気になる所です。
交通科学博物館はJR系の施設ながらも、館内では在阪5大手私鉄(近鉄・京阪・南海・阪急・阪神)や大阪市交通局(市営地下鉄など)といった鉄道に関して取り上げたコーナーもあり、自社や系列だけにとらわれず地域の鉄道に関して幅広く取り扱うという観点でも、この手の展示は好感を感じたもので、京都に移転・リニューアルオープンした暁にも、この種の展示が継続され、出来ることなら更に発展した形で行われれば…と感じたものです。
また「交通科学博物館」と名乗っているだけに、鉄道が主体ながらもそれ以外の交通機関に関しても様々な展示物などが見受けられ、国鉄ハイウェイバスでかつて用いられていた車両の実車展示などは、バスファンの一人としても注目と感じたものでした。
このバスはタイヤを少しだけ浮かせた状態で展示されていたのも気になり、左側が壁に迫る形での展示であるが故に、俗に公式側とも言われる前面と車両左側全体を写した写真が綺麗に撮影できない状況だったのは少々惜しいと感じたものです。
館内で公開されている屋外保存鉄道車両の大半などと同様に、車内へ立ち入っての見学などはできない状況での展示でしたが、外部からも若干ながら車内の様子を伺う事ができ、現代のバスに比べれば大幅な見劣りは否めませんが、年代なども考慮すれば設備面ではそこそこのレベルを誇る車両と感じたものです。
車内に設置された幕式の運賃表示器などは、今や電光表示式の運賃表示器すらLCDモニターへの切り替えが進んでいる状況では、見かける機会も極めて少なくなっており、MAKIKYUも先月この運賃表示器とよく似た運賃表示器を用いている路線バスに乗車した際には、乗務員の方に断りを入れて運賃表示器を撮影した程でした。
(余談ながらこの路線バスでは、車内放送も音声合成装置ではなくテープによる放送となっており、この点も今ではかなり貴重な部類かと思います)
路線バス以外にクラシックカーの展示などもあり、今日では見かける機会も少ない車両が何台も・・・という状況でした。
(中にはMAKIKYUの勤務先でも似たような車が…という車両も目撃しているのですが…)
それ以外の車両でも、数年前に旅行先某所で比較的良く似た形状の車を多数目撃していますので、場所によっては特に珍しい存在ではなく、中には「これはウチの車と同じ…」などと感じ、わざわざ展示・収蔵対象にする程では…という方も居られるかもしれません。
かつて東京の神田にあった「交通科学博物館」がさいたまに移転し、「鉄道博物館」としてリニューアルした際には、鉄道系以外の展示物は倉庫保管の様な状態で陳列・収蔵され、あまり活用されていないと感じるものも多いのが現状ですが、「京都鉄道博物館」では大幅に充実させる事を謳っている鉄道系展示物だけでなく、鉄道系以外の展示物をどの様に取り扱うのかにも注目したいと感じたものでした。
先日も「MAKIKYUのページ」で取り上げた大阪・弁天町の「交通科学博物館」、遂に今日で永年の歴史に幕を下ろしましたが、西日本の鉄道系博物館としては代表格的存在であっただけに、手狭な空間の割には過去に活躍した様々な車両が展示され、同館最大の目玉になっていました。
展示車両の大半は屋外展示ながらも、屋根付きで展示車両の保全も考慮した格好となっている反面、展示位置によっては撮影などが著しく困難という難点がありましたが、この点は今後京都に移転・リニューアルオープンする際には、改善される事を願いたいものです。
展示車両に関しては、既にネット上だけでも様々な所で取り上げられていますので、簡単に取り上げるだけに留めますが、写真のキハ81形はその中でも代表的存在と感じています。
個人的には決して見栄えが良いと感じる車両ではないものの、非常に特徴的でインパクトが強く、気動車の発展を物語る車両という点でも価値ある車両ですので、京都での再会にも期待したいものです。
一部の展示車両では閉館に際して特別ヘッドマークを掲出しており、この展示車両を見ても「いよいよ閉館」という事を改めて実感させられましたが、屋外展示車両の大半は外部からの見学のみで、車内見学などは基本的に不可となっているのは、少々惜しい気もしますが、展示車両の保全も考えると致し方ないのかもしれません。
またこの保存車両群の中には、かつてブルートレインとして大活躍した20系寝台車の食堂車も含まれており、この車両は交通科学博物館でも実際に併食空間として営業、当然ながら車内への立入も可能な状況となっています。
JR系業者を動員した鉄道博物館レストランの様な大々的な食事こそ叶わないものの、博物館の規模などを考えるとこれは…というリニア・鉄道館などに比べれば、空間的制約なども考慮すればそこそこ健闘している部類と感じたものでした。
MAKIKYUの訪問時には、車内で関西各地の有名駅弁などを発売しており、閉館を記念した限定の弁当なども発売していましたが、最初見学した後昼前にもう一度…と思ったら、平日でも結構な数の見学者が押し寄せている状況だった事もあってか、再訪した際に弁当は「全て」売り切れとなっており、大繁盛しているのは良い事だと思いますが、多客をみこしてもう少し多めに発売個数を確保していれば…とも感じたものでした。
大阪環状線の駅前だけに、敷地外での食事自体は何もなくて困るという事がないのは救い(この点でも名古屋のリニア・鉄道館は周囲の飲食物調達はコンビニ程度しか期待できず、食料は事前調達した方が良い状況です)とはいえ、交通科学博物館では再入館制度もなく、一度退館してしまうと…という状況も考えると、この点ももう少し配慮があれば…と感じたもので、京都に移転・リニューアルオープンした際には、館内での食事に関しても最低限交通科学博物館以上のモノが用意されることに期待したいと感じたものでした。
交通科学博物館に関しては、屋内の展示に関しても追って近日中に別記事で取り上げたいと思います。
今月は永年親しまれ、西日本における鉄道系博物館の代表的存在だった大阪・弁天町の「交通科学博物館」が、来る6日をもって閉館となる事は、ニュースなどでも盛んに報じられていますので、ご存知の方も多いかと思います。
「MAKIKYUのページ」をご覧の皆様方の中でも、近畿地方各地にお住まいの方や、以前住んでいた事がある方などにとっては、馴染み深い場所と感じている方も少なくないかと思いますし、それ以外の方でも大阪へ足を運んだ際に、足を伸ばして見学した事があるという方も大勢居られるかと思います。
MAKIKYUも随分前に1度訪問し、またまもなく閉園と言う事で先月関西方面へ足を運んだ際にも、交通科学博物館を見学したのですが、先月の訪問時は平日にもかかわらず、10時の開館時には開館前から大勢の見学者が押し寄せて行列ができており、総入場者数1800万人突破という絶大な人気を誇る有名施設ならでは…と感じたものでした。
交通科学博物館の行列は、大半が入場券購入待ちとなっており、ICOCAなどの交通系ICカード利用に関しては、数人程度しか並んでいない状況でしたので、MAKIKYUは空いているICカード利用の列に並び、手持ちのKiPS ICOCAを利用して入場したものでした。
(KiPS ICOCAは意外と知名度が低く、各地の飲食・物販店舗などで代金支払いの際に差し出すと、デザイン故にクレジットカードと間違えられる事も多い上に、それどころか某大手私鉄の運賃精算時、有人通路の係員に精算代金の支払いを申し出た際にも、このカードを見たのは初めて、「何処のカード?」と言われた事もある程ですが、交通科学博物館では土地柄故に比較的知名度も高い様で、すんなりと入場できました)
ICカード利用に関しては、交通系ICカード普及に最も力を入れていると感じるJR某社系博物館の様なICカード入場システムはおろか、自動改札すらなく、単に物販用ICカードリーダーにタッチするのみです。
このリーダーは2台用意され、左側が大人用/右側が子供用となっており、それぞれのリーダーにタッチすると該当入場料金が引き落とされるだけで、入場券の発券もないなど、少々味気ない印象が否めないものでした。
そして館内に入ると「With a thankful Heart-52年の感謝をこめて」という掲出が至る所に目立ち、「こうはくへのメッセージ」として、多数の閉館を惜しむメッセージなどが掲げられた掲示を見ると、近畿地方一円をはじめとする大勢の人々に愛された博物館である事を、現地へ足を運ぶ事で改めて実感させられたものでした。
館内では閉館が迫ることもあり、開館から今日までの道程等に関する特別展示などもあり、その最後には「2016(平成28)年春、京都鉄道博物館が開館」を告知する事で締められていました。
現在の交通科学博物館は、弁天町駅のすぐそばと言う事で利便性は文句なしながら、環状線の高架下やその周辺で空間的制約も大きく、さいたまや名古屋に新しく大規模な鉄道系博物館が続々と開館した今日では、見劣りも否めないと感じますので、移転リニューアルも…と感じる所で、今後開館予定の京都鉄道博物館にも期待したいと感じたものでした。
空間的制約や設備の古さなどを差し引いても、大人400円という入場料の割には、展示内容などはかなり充実した部類とも感じたもので、2時間程度の見学も全く飽きる事はなく…という状況でした。
ただ鉄道系博物館における目玉の一つとも言える運転体験シミュレーターに関しては、JR西日本における代表的な近郊型車両の一つ・221系を模したものながら、写真の状況は…とも感じたものでした。
221系と共に、オレンジ色の201系も弁天町駅を発着する路線の一つ・大阪環状線では多数運行しており、最初次々と201系が映像に出現するのを見て、郊外を走る雰囲気から大和路線辺りかとも思ったのですが、よく見ると編成は8両編成ではなく10両編成で、窓下にはヘッドマーク掲出枠が見受けられるなど、おやおや…という有様でした。
(その後6両編成の黄色い電車が出発するシーンなども目撃したものでした)
221系が画像の区間で営業運行してくれれば、個人的には非常に嬉しいのですが、幾ら弁天町駅を発着するもう一つの路線が中央線で、MAKIKYUが同館へ足を運ぶ際にも同線を利用したとは言えども、これはあんまりと感じたものです。
実際に221系の当該区間運行実績がどれだけ存在するのかも気になる所ですが、京都鉄道博物館開館時に同じ光景を見る事だけは…と感じたのは、少々惜しいものでした。
展示車両や展示物に関しては、既に他でも様々な所で取り上げられていますが、近日中のその幾つかに関して取り上げた記事を追って公開したいと思います。
MAKIKYUは先月、10月にリニューアルオープンしたばかりの「京王れーるランド」を訪問し、京王れーるランド視察に関す記事も公開していますが、今日はその続編記事として、同館の車両展示に関して取り上げたいと思います。
京王れーるランドは多摩動物公園駅直結の立地で、規模的には中規模程度と言った印象ですが、保存車両展示は屋内とは別に設けられた車両展示場での展示(バス1台を除く)となっています。
車両展示場へ足を運ぶ際には、屋内展示場内から直接足を運ぶ事はできず、至近距離ながらも一旦屋内展示場を出場してから、車両展示場へ向かう事になります。
入館券は購入当日中であれば両者共に共通入館できるものの、東京の一部地下鉄駅における他線乗り換え時の如く、構造上一時出場しなくてはならない状況となっており、この事もあってか入館券購入当日は双方をフリー入館(入出上回数の制限なし)となっているのも大きな特徴です。
MAKIKYUは屋内展示を一通り見学した後に、車両展示場の見学に赴いたのですが、屋外展示場は一応白い屋根が設けられているものの、展示車両の撮影にも比較的配慮されていると感じ、この点は大規模な展示を行いながらも、展示車両の撮影には…と感じる某巨大博物館などももう少し…と感じるものです。
展示車両は京王線6000系・井の頭線3000系・京王線5000系・京王線2010系・京王線2400形の5両で、比較的近年まで活躍していた京王線車両2形式が井の頭線車両を挟む光景は、両者で線路幅が異なり、現役時代では物理的にまずありえない京王れーるランドならではの光景とも言えます。
(3000系と5000系(形式は変更となっていますが…)の並びや、5000系に挟まれた3000系という姿であれば、伊予の地において日常茶飯事の光景なのですが…)
最も古い2400系は如何にも古豪という印象、MAKIKYUはこの車両だけは古過ぎて馴染みがありませんが、比較的近年まで現役で活躍していた、銚子電気鉄道の古豪デハ801号などを連想させる雰囲気を受けたものでした。
(両者で軌道幅や車体長などは異なりますが、片開き3扉の客ドアや3枚窓の前面、板張りの床である事に加え、導入年代が近い事や製造メーカーなどに共通点があります)
他の車両は京王線における営業運行では全廃となったものの、事業用や地方私鉄譲渡車などで現役稼動車両も存在し、京王線におけるグリーン車の記憶こそMAKIKYUは…という状況ですが、どれも個人的にはそれなりに馴染みある存在と感じます。
2400系と共に2010系・5000系も車内見学可能になっている一方で、3000系と6000系の車内見学は基本的に不可能となっており、同行していた知人は少々残念がっていましたが、6000系は現役の営業車両が存在しない事も踏まえると、期日限定での車内見学などを今後検討しても…と感じたものでした。
2010系に関しては京王れーるランドの保存車両だけでなく、車齢半世紀程度に至る状況における、地方私鉄間でのまさかの再譲渡劇もあり、結構な古参車ながら今日でも現役稼動車両が存在し、それも京王れーるランドのある東京都と隣接し、京王線の現役車両も乗り入れる機会がある県で活躍しています。
首都圏に身を置くMAKIKYUとしては、その気になれば日帰りでの訪問・乗車も可能で、現に彼の地を訪問して乗車した事もありますが、こちらは冷房化やワンマン運転対応など数々の改造を経て活躍しています。
これに対し京王れーるランド保存車両は、京王線での引退が比較的早く、保存車両として君臨している年月の方が長い事もあってか、非冷房車のままで天井が比較的すっきりとしており、余り手を加えられていない点などが異なります。
5000系も地方私鉄譲渡車は大改装を経て移籍した車両が多く、中には座席配置まで改めた編成もあり、譲渡先が多岐に及ぶ事から、現役稼動車両のバリエーションも豊富で、MAKIKYUにとっては地方活躍車の方が御馴染み…という状況です。
しかしながら大規模なテコ入れをされていない姿で特殊な馬車軌の台車を装備、そしてアイボリーにエンジの細帯と言う往年の姿が見られるのは京王れーるランドの保存車だけ(塗装だけなら譲渡先でリバイバル塗装車も登場していますが…)で、5000系に馴染みのある京王ファンの方にとっては、格別の存在かと思います。
3000系は後年大規模なリニューアルが施行された車両で、近年伊予の地に活躍舞台を改めた車両と類似した雰囲気ですので、大規模リニューアルの施行対象から外れ、地方で第2の活躍をしている車両に比べると、登場当時の姿からは…という所ですが、比較的近年の活躍ぶりを知る方にとっては、こちらも親しみを感じる存在かと思います。
6000系は一世代前の主力車両だけあり、あっという間にその姿が…という印象がありますが、屋内展示でもカットボディが2両存在するだけに、どれか1両は一昔前のエンジ細帯の装いにしても…と感じたものでした。
車両展示場ではこれら5両の保存車両展示の他に、ミニSLならぬミニ電車が外周を運行しており、こちらは1乗車100円ながらも、1周するだけの僅かな乗車となっており、今後リニューアルオープン熱気が冷めて入場者数が位置付いてきたら、平日はもう1周…と言った
取り組みがあっても良いかもしれません。
京王電鉄は特別料金を要する優等列車用車両を持たず、それに近い花形的存在の特別仕様車(京急2100系や京阪8000系、西鉄8000系など)もなく、大手私鉄では唯一営業運行車の全てがオールロングシートの通勤型車両のみであるなど、やや華やかさには欠ける面と感じる面もありますが、それにも関わらず退役から結構な年月を経た車両を幾つも保存し、そして今日一般公開に漕ぎ着けた辺りは大したものだと思います。
首都圏大手私鉄では、既に幾つかの大手私鉄において博物館を運営していますが、博物館(ネット上のみに存在するバーチャル博物館を除く)を持たない大手私鉄の中には、通常非公開となっている保存車両を多数保有する事業者も存在しますので、京王れーるランドの運営が軌道に乗り、これに触発される事業者が現れる事にも期待したいと感じたものでした。
少し前の事になりますが、先月リニューアルオープンした「京王れーるランド」には、MAKIKYUも今月初めて足を運ぶ機会がありました。
この京王れーるランドは、京王動物園線の多摩動物公園駅に直結しており、多摩モノレールの同駅からもすぐですので、電車での訪問には至便の立地です。
ただ駅周辺は飲食店はおろかコンビニすら…という状況で、れーるランド内でも飲食物の販売はありません(飲み物程度なら調達可能です)ので、辛うじて営業していた多摩動物公園の売店で食料調達したもので、食事情が非常に芳しくないのは難点です。
(できれば弁当などを持参するか、食事を済ませて午後からの訪問が良いかと思います)
京王れーるランドに入場する際には、250円の入館券を購入して入場する事になりますが、入館券の券売機は鉄道駅に設置されている乗車券販売機とほぼ同形ながらも、PASMOなどのICカードを利用して入館券を購入する際には、脇にあるIC読取部にタッチする形態となっているのが大きな特徴です。
入館券(写真右側)は定期券サイズの磁気券、地紋は京王れーるランドオリジナルの柄が用いられているのが特徴で、左側のシミュレーター運転体験チケット(希望者多数の場合は抽選)は、抽選当選時に利用料を支払い(現金のみ)となります。
入口ゲートは鉄道駅で用いている自動改札機と同形の自動改札になっており、ICカード読取機も設置されていますが、(さいたまの)鉄道博物館の様なICカード入館システムは導入されておらず、ICカードからの直接減算による入場もできませんので、わざわざ新型自動改札機を導入せず、ICカード非対応の旧型機を充当しても充分な状況で、ICカード読取部は無用の長物と化しています。
またこの手の施設では、再入場不可となっている事も多いですが、京王れーるランドは屋内施設と車両展示場(屋外)の2箇所に分かれており、両者を移動する際には一旦館外に出場しなくてはいけない構造になっている事もあってか、入館当日であれば両者を何度でも行き来できるのも大きな特徴です。
(多摩モノレール利用で一日乗車券を利用して訪問する場合などは、食事時などに一旦出場して多摩センターや立川などに足を運び、また戻ってきて再度見学と言うのも悪くないと思います)
MAKIKYUはまず屋内施設の方に入場し、その後車両展示の方にも足を運びましたが、屋内施設は入場するとまず最初にバス展示が目立ち、この車両はいくら小型車ながらも、車両展示場ではなく屋内に展示したもの…と感じたものです。
年式的には大都市圏排ガス規制区域では車検が通らなくなった車両ながらも低床バリアフリー対応車(ワンステップ)で、同形車の大半が地方譲渡されて再活躍している事などを踏まえると、早々と殿堂入りというのは少々勿体無い感もあるものの、京王グループがメーカーに打診→大量導入となった車両だけあり、京王がこの施設で何とか展示したかった…という意気込みが現れている気がします。
そして館内を更に進むと、列車運転シミュレーター(CG)やジオラマ展示(鉄道模型運転)など、鉄道系博物館ではお馴染みのメニューが揃っていますが、資料展示の類などは少なめと感じる一方で、他の鉄道系博物館ではまず見かけない子供向けの遊び場などが設けられているのも大きな特徴で、見学系よりも体験系に重点を置いている印象があり、「博物館」ではなく「れーるランド」と名乗るのも…という感があります。
車両展示場にも実車1両が展示されている6000系電車は、屋内施設でも運転体験シミュレーターと車掌体験の2箇所でカットボディが用いられ、カットボディは少数派だった5扉車ですが、車両展示も含めて3両共に末期塗装(現行ラインカラー)ですので、1両位は一世代前の赤細帯にしても…と感じたものです。
車掌体験に用いられている6000系と、その近くに設置された7000系電車を模した記念撮影ブースでは、実際に用いられていた電動方向幕を操作し、任意の行先を表示する事も可能で、実際にはまずあり得ない行先も多数見る事ができます。
また鉄道系博物館では定番メニューとも言える車両部品の展示も、車輪が2つ展示されており、その一方が狭軌(1067mm)・もう一方が馬車軌(1372mm)となっている辺りは、如何にも京王の施設らしい展示と感じたものでした。
車両展示に関しては、近日中に続編記事として追って取り上げたいと思います。
近場ながらも開館以来、今まで足を運んだ事がなかった「原鉄道模型博物館」、今月から館内撮影が解禁された事(先月までは一部の例外を除き館内撮影禁止でした)と、昨日まで箱根登山鉄道に関する企画展実施→OPカード(小田急グループポイントカード)提示で入場料割引特典もあった事から、昨日初めて足を運んだものでした。
既に「原鉄道模型博物館」に足を運ばれた方はご存知かと思いますが、場所は横浜駅東口近くにある「横浜三井ビルディング」の2F、横浜駅東口地下街の最寄り出口(出口G)には案内標識もあり、この出口を出てからはまっすぐ進むだけですので、地下街の出口Gまで辿り着ければ、あとは横浜に足を運ぶ機会が余りない方でも、迷わずに辿り着けるかと思います。
そしてビル2Fの入口に辿り着き、入館券購入→入場となりますが、入場料は通常大人1000円(MAKIKYUはOPカード提示による割引適用で900円)ですので、至便な立地に起因する賃料の高さなども影響しているかと思いますが、少々割高な印象があります。
(鉄道系博物館では、かなりの両数の実車展示などをはじめ、膨大な数の資料展示などを行っている鉄道博物館(大宮)やリニア・鉄道館(金城ふ頭)でも1000円、それ以外は大抵3桁円ですので…)
入口は自動改札機となっており、博物館によっては鉄道乗車券を模した磁気券を、実際の鉄道駅で用いているモノと同じ自動改札機に投入という形態をとっている所もありますが、原鉄道模型博物館の入場券は磁気券ではなくバーコード印刷、このバーコードを読み取り部にかざして読み取らせるタイプとなっており、立山黒部アルペンルートの各交通機関(改札は有人の箱ですが、乗車券はバーコード印刷→入場時に読取)を連想したものでした。
館内に入ると、「鉄道模型博物館」というだけあって、膨大な数の模型が所蔵されており、この一部は開館前に横浜市内の百貨店でも展示(入場無料)が行われ、その際にMAKIKYUも姿を見ているのですが、所蔵されている模型は、海外の車両(特にヨーロッパ系)が多いのも特徴です。
中には今は無き朝鮮半島の「金剛山電鉄」の車両模型や、ドイツ・ウッパータールの懸垂式モノレール模型と言った珍しい模型も見受けられ、過去帳入りした車両や古参車の比率が高いのも特徴です。
「原鉄道模型博物館」の一番の目玉は、「いちばんテツモパーク」と称する一番ゲージの、世界最大と謳っている巨大レイアウトで、このレイアウトを走る模型車両の数々を見なければ、「原鉄道模型博物館」に足を運ぶ意義がないと言っても過言ではないかと思います。
このレイアウトはヨーロッパの情景を精密に造り込んでおり、軌道設備や駅設備などの汚れ具合までかなり実感的に再現されていると感じたものです。
レイアウトの情景だけでなく、軌道や車両の動力など至る所にこだわりがあり、決して割安とは言い難い入場料を徴収するのに恥じないだけのモノを…という意気込みが感じられたものですが、走行車両はヨーロッパ型古典車両が主流(時折日本型の古参車両も走るのですが…)を占めているだけあり、万人受けよりはコアなファンを対象にしている様に感じられたものです。
一応日本国内の博物館と言う事もあり、出口近くには「横浜ジオラマ」と称した横浜を模したHOゲージのレイアウトもあり、こちらは専ら日本型車両が走行しています。
メインとなる根岸線を模した複線には、故障頻発などで悪評名高い一世代前の京浜東北・根岸線車両が2編成走るだけで、現行車両や
横浜線車両の姿などは見られないなど、「いちばんテツモパーク」に比べると随分見劣りが…と感じてしまったものです。
(他の線路でSLや165系などが走っていましたが、メインの複線でも副数種の車両が行き交う光景を再現するのは難しくないと思います
ので、せめて1編成は別車両に代替して頂きたいものです)
また「原鉄道模型博物館」は一旦出場した後の再入館は、現段階では不可となっていますが、目玉の「いちばんテツモパーク」では、限られた時間のみ走行する車両なども存在しています。
横浜駅東口からすぐと言う好立地故に、一旦出場して食事や買物を堪能し、目当ての車両が走る時間帯に再び入館できれば…という向きもあるかと思いますので、撮影解禁に続き当日中の再入館制度も今後導入されれば…と感じたものでした。
MAKIKYUが2月初めに岡山県・美咲町の「柵原(Yanahara)ふれあい鉱山公園」へ足を運び、同公園内で月に1回運行される旧同和鉱業片上鉄道の動態保存運転列車に乗車してから早2ヶ月以上が経ちます。
「MAKIKYUのページ」をご覧の皆様方の中には、今度ゴールデンウィーク中の休みを利用して柵原へ…と考えているかもしれませんが、他記事公開や私用などが重なり、この保存運転列車に関してはなかなか取り上げる機会がない状況でしたので、今日取り上げたいと思います。
現在柵原ふれあい鉱山公園では、保存運行を担っている片上鉄道保存会が所有する車両と、美咲町が所有する車両などを合わせると、気動車・機関車・客車・貨車を合わせて10両以上の車両が保存されており、その内貨車の一部を除くと全て動態保存となっています。
片上鉄道が全廃となってから20年以上、また現役当時でも相当な古参車だった車両が含まれる事などを踏まえると、これだけの規模で古参車両の動態保存を行っているのは驚異的で、国内では加悦鉄道(京都府)を除くと、他に類がないのでは…と感じる程です。
(動態保存対象を古参車両に限定しないとすれば、他にも大規模な動態保存を行っている事例も存在するのですが…)
その中でも定例となっている毎月1度(第1日曜日)の保存運転では、大抵3両の気動車いずれかが単行運転で用いられ、午前中の運転ではキハ312号が運行されていました。
昭和28年(1953年)とかなりの古参車両という事もあり、外観や車内など至る所で草臥れた印象を受けたもので、1.5人がけの狭いボックス席なども、快適さとは程遠い世界です。
とはいえ板張り床の気動車自体というだけでも、一部を除くとなかなか乗れない今日、これだけの古参気動車が動態保存で稼動可能な状況にあり、一般人が乗車できる機会が存在する事自体が貴重です。
維持にかかる手間などを考えると、僅か200円の1日会員証で乗り放題というのは、柵原まで足を運ぶ手間や費用がかなり嵩むとはいえ、驚異的な破格と言っても過言ではなく、1乗車200円でもバチが当たらないと感じる程です。
そして午前中の運転が終わると、午後は別の車両を運行するとの事で入れ替え・車両交換があり、今度は流線型のキハ702号での運行でした。
こちらは近年大規模にリニューアルされ、久々の運行と案内されただけあり、午前中のキハ312号よりも更に古い戦前製、見るからに古そうな風貌の車両ながらも、内外共に非常に綺麗な状態となっていました。
同形車は以前門司港(北九州市)で静態保存されている車両を見学し、車内に足を踏み入れた事もあります。
その時には今日まで姿を留めているだけでも…と感じた程ですが、こちらは今も稼動する動態保存車(現役)で、この車両に乗れるだけでも、遠方からはるばる足を伸ばした甲斐は充分に…と感じる程です。
前面デザインや客室設備などは大きく異なりますが、製造年代などが近い事もあり、比較的近年の廃線まで鹿島鉄道(茨城県)で走り続けていた古参気動車(キハ600形)を連想させる雰囲気も感じたものでした。
午後の運行に供されたこの車両での運転も、午前中に購入した1日会員証だけで乗車でき、片上鉄道保存会の活動には頭が下がる思いで、午前と午後で車両を入れ換え、2種類の車両に乗車できる心配りも嬉しい限りです。
またMAKIKYUが柵原を訪問した日には、営業運転(?)には供されなかったもう1両の動態保存気動車で、保存気動車のキハ303号も昼頃の車両入れ替えの際にはキハ312号と共に稼動する姿を見る事ができました。
各車両共に昔ながらの非冷房車ですので、個人的にはできるだけ夏場の乗車は避けたいと感じるものの、機会があればまた柵原ふれあい鉱山公園を訪問したいと感じたもので、その時にはキハ303号に乗車できる機会が巡ってくれば…と感じたものです。
気動車以外の保存車両に関しても、追って取り上げたいと思います。
少し前の事になりますが、MAKIKYUは2ヶ月程前、岡山周辺へ足を運ぶ機会がありました。
その際に乗車した交通機関などに関しても、ボチボチと取り上げていますが、2ヶ月程前に岡山周辺へ足を運んだ最大の目的は、柵原(Yanahara)ふれあい鉱山公園で開催されている旧同和鉱業片上鉄道の展示運転に足を運ぶ事でした。
旧吉ヶ原駅とその周辺が、現在柵原ふれあい鉱山公園として整備されており、旧吉ヶ原駅構内と周辺の線路を用い、動態保存運転を行っています。
柵原ふれあい鉱山公園は山間部の美咲町に位置し、片上鉄道廃止後に代替運行されている路線バスは便数僅少、かつ休日全便運休となっています。
その他の公共交通機関も、高下~津山間を運行する中鉄北部バスの便のみ、このバスも休日運休便が多数存在するなど、自家用車などを利用するならともかく、公共交通機関の便は決して芳しいとは言い難いのが現状です。
おまけに片上鉄道の展示運転は、基本的に毎月1回・第1日曜日に開催されるだけですので、この開催日に都合が付かないと…という事で、首都圏に身を置く余所者、その上仕事柄土日休みとは限らないMAKIKYUにとっては、以前から足を運びたいと思っていても、なかなか予定が合わず…という状況でした。
そのため2月にようやく休みと展示運転の日程が合致し、足を運んだ次第ですが、さすがに近場ではなく、頻繁に足を運ぶ地でもないだけに、近隣の他地域訪問も兼ねた旅行となり、その道中で旧吉ヶ原駅に立ち寄ったものでした。
旧吉ヶ原駅は廃止から結構な年数(20年以上)が経過していながらも、特徴的な駅舎をはじめ、駅構内の設備などもかなり手入れされた状況で保全されており、現役の地方ローカル線などと比べても、見劣りしない印象を受けたものです。
駅構内には月に僅か1日だけの営業ながらも、今流行の「猫駅長」も勤務しており、たま駅長(貴志川線貴志駅)の様な立派過ぎる駅長室こそないものの、ばす駅長(会津鉄道芦ノ牧温泉駅)の様な巡回勤務(放し飼い)でもなく、両者の中間に当たる勤務形態となっています。
そして展示運転を行っている列車に乗車するには、実質的には一日フリー乗車券と言っても過言ではない「一日会員証」を購入する必要がありますが、この会員証が1枚あれば、昼時(12時台)を除く10時~15時までの間に運転(30分毎)されるどの列車にも乗車できます。
乗車回数制限などもありませんので、これだけの設備を維持するのに莫大な手間などを要する事などを考えると、随分割安な印象があり、午前・午後各1回ずつ展示運転列車に乗車する程度でも、個人的には支払った運賃(?)以上の価値ありと感じる程です。
展示運転される各列車は、基本的には旧吉ヶ原駅1番線~柵原口仮乗降場(柵原方向に少し進んだ所にあり、一般乗客の乗降不可)~
柵原鉱山資料館(旧吉ヶ原駅2番線)~柵原口仮乗降場~旧吉ヶ原駅1番線を運行し、実質的に旧吉ヶ原駅~柵原口仮乗降場間を2往復
運転していると言っても過言ではないのですが、1往復して柵原鉱山資料館(旧吉ヶ原駅2番線)に到着した際には、折り返し時間に降車する事も可能となっています。
(実際に1往復だけ乗車し、下車する旅客(?)の姿も結構見受けられたものでした)
展示運転列車の折り返し地点となる柵原口仮乗降場は、一般客の乗降こそ出来ないものの、旧柵原駅の駅名標+αの駅名標なども注目です。
折り返し時間には特製スープの販売も行われており、駅名標左下にある鍋の中身が特製スープですが、特製スープは若干スパイスの利いた味で100円、HPなどには告知が無く、実際に展示運転列車に乗車して、MAKIKYUは初めて存在を知ったものでした。
特製スープは売り切れ次第終了となり、午前中の列車に乗車した時には販売していたのですが、午後には販売終了となっていましたので、このスープを試されたいと言う方は、なるべく早い時間の展示運転列車に乗車された方が良いかと思います。
また月1回だけの展示運転ながらも、旧吉ヶ原駅周辺には何箇所かの踏切も設けられており、展示運転時には実際に踏切も稼動していますが、それ以外の時には遮断機を取り外すと共に、「使用中止」の札が掲げられ、展示運転終了後にこの姿を見ると、月1回だけ運行する鉄道である事を強く実感したものでした。
柵原ふれあい鉱山公園は、岡山県内やその周辺(関西各都府県や広島県など)からは、さほど足を運ぶのに労しない気もしますが、それ以外の地区から足を運ぶとなると、その道程だけでも…と感じる場所です。
しかしながら廃線から20年以上が経過した今日でも、有志によってこれだけの設備が維持されている事例は数少なく、展示運転に用いられる車両も相当な年代者であるなど、遠方からはるばる足を運んだ甲斐は充分あったと感じるものでした。
MAKIKYUにとっては、頻繁に足を運べる所ではありませんが、機会があれば再訪したいと感じたもので、「MAKIKYUのページ」をご覧の皆様方も機会がありましたら、是非柵原ふれあい鉱山公園へ足を運ばれ、片上鉄道の展示運転列車に乗車されてみては如何でしょうか?
なおこの記事を見て、片上鉄道の展示運転に興味を持たれた方で、展示運転の詳細などを知りたい方は、以下のサイトへアクセスして頂ければ…と思います。
片上鉄道保存会 http://www.ne.jp/asahi/katatetsu/hozonkai/
あとMAKIKYUが展示運転の際に乗車した車両に関しては、近日中に別記事で追って取り上げたいと思います。
新潟交通は新潟県内最大手、地方バス事業者としては大規模な事業者として有名な存在ですが、20世紀末の1999年春まで電車も運行しており、「MAKIKYUのページ」をご覧の皆様方の中には、実際にこの電車に乗車した事がある方も居られるかと思います。
新潟交通の電車線は新潟市中心部の県庁近くにある白山前を起点に、燕までの路線を運行していましたが、90年代に入ってから併用軌道区間の白山前~東関屋間と、月潟以遠の区間が廃線となり、末期は東関屋~月潟間で電車の運行を行っていました。
MAKIKYUは新潟交通の電車線廃止間際の99年春に、首都圏から秋田へ向かう途中に新潟に立ち寄った際、一度だけ新潟交通の電車線に乗車した事があるのですが、軌道状態などの設備面は凄まじい有様だった事を記憶しています。
当然ながら活躍する電車は全て非冷房車、運賃も決して安いとは言い難い状況で、おまけに沿線から新潟市中心部へ向かうには、東関屋で路線バスに乗継が必要であるなど、趣味で乗車するには非常に面白い路線であるものの、都市近郊の公共交通機関としての利便性や快適性という観点で見れば、時代遅れで非常に芳しくないと言わざるを得ない状況と感じたものでした。
そのため新潟交通グループ自らが電車に代わって路線バスを運行し、現在に至っているのは致し方ない面もあるのですが、電車線の廃線跡も運行拠点だった東関屋駅などは市街地に位置する事もあって、再開発で面影もない状況なのは残念な限りです。
しかしながら一部区間は廃線跡活用方法の定番とも言える自転車専用道路などとして整備されている他、末期の電車線終着駅だった月潟駅は、今でも駅舎やホームが残存し、最末期の全線廃止まで活躍した車両が3両保存されています。
一月程前にMAKIKYUが新潟を訪問した際にも、電車線末期の時以来13年ぶりに月潟を訪問し、旧月潟駅も視察したものでした。
駅周辺の線路は大半が撤去されて自転車専用道路になると共に、月潟駅周辺の軌道跡の一部は駐車場として再整備されているものの、旧月潟駅舎や保存車両は現役時代さながらといった雰囲気で、今でも一部が残存している架線が弛んでいるのが少々惜しい限りです。
保存されている車両は東関屋方から順に、モハ11・モワ51・キ116の3両となっており、この3両が少しずつ間隔を空けて東関屋方面行きホームに縦列で停車する格好となっています。
モハ11はMAKIKYUが電車線最末期、新潟交通電車線を一度だけ利用した時にも乗車し、ワンマン運転にも対応した単行運転可能な両運転台の電動車ですが、1両だけでの運転や同形式の2両併結、そして異なるタイプの付随車との2両編成など様々な姿で活躍し、新潟交通電車線で最もポピュラーな存在と言える車両でした。
白山前まで乗り入れていた時には、短い距離ながらも現在の福井鉄道福井市内区間の様に、併用軌道区間を走行していた事もあって、ドア部分にはステップが設けられているのも特徴です。
製造が1960年代で、日本車両製のすっきりとした雰囲気の車体は、戦前製の元小田急車などに比べるとはるかに近代的で、今日の地方私鉄で活躍していても不思議でない雰囲気がありますが、下回りは地方私鉄らしく旧型車両の転用品を用いた吊り掛け式駆動で、最後まで冷房化やカルダン駆動化などは行われなかった為に、最末期は凄まじい走行音を奏でて走り、とても21世紀を目前にした時期に走る電車では…という雰囲気でした。
この電車は行先表示器などを設けておらず、車内運転席側から行先札を掲出する形態となっている辺りは、如何にも一路線だけの小規模私鉄らしい感がありますが、現在保存されているモハ11号は東関屋方が「東関屋 行」、月潟方が「月 潟 行」と異なる表示を掲出している
のも注目です。
モハ11号の後ろにはモヤ51・キ116号と続き、こちらは電動貨車と除雪用車両ですので、新潟交通の電車線は最末期に一度乗車しただけのMAKIKYUとしては、旅客用車両の主力として活躍したモハ11号と異なり、個人的には余り染みのない車両です。
とはいえ現役時代もさほど規模が大きい鉄道ではなかったにも関わらず、廃線から13年も経過した今日において、裏方的存在の事業用車両も含めて3両もの車両が、現役時代さながらの雰囲気で残存しているだけでも凄い事です。
小田急ファンでもあるMAKIKYUが欲を言えば、最末期まで活躍したクハ46号(小田急の旧型車体を載せた制御車で、最末期に新潟交通電車線に乗車した時には、この車両にも乗車したものでした)が保存されていれば…と感じたものですが、美しい姿のモハ11号を見物できただけでも、月潟まで足を伸ばした甲斐は充分にあったと感じた程です。
また駅舎と共に東関屋方面行きホームは現役時代さながらに残存しており、最末期は使われていなかった中之口川方の燕方面行きホームこそ姿を消しているものの、この区画を拡張して新設したホームは保存車両と適度に間隔が開いており、保存車両の撮影も考慮した配置になっているのも評価できる事です。
土地柄冬場は保存車両にビニールシートが掛けられて保全されるのは致し方ない所で、月潟駅舎や保存車両のモハ11号車内は、イベント開催時以外は施錠されて立入不可となっているのは残念な限りです。
しかし特に入場料金などを徴収する施設ではないにも関わらず、下手な博物館やローカル私鉄以上の手入れが行われ、見た目だけなら新潟交通電車線の現役時代末期や、今日の地方私鉄老朽車などよりも美しい姿なのでは…と感じた程です。
現在有志で保存活動を行っている方々が、装いなどからかぼちゃ電車とも呼ばれた新潟交通電車線に相当な思い入れがあり、地道な活動を続けている事を実感させられたものですが、機会があればイベント開催時などに月潟を再訪出来れば…と感じたものでした。
もう一月程前の事になるのですが、先月MAKIKYUは青春18きっぷの有効期限(9月10日)が迫る頃に2回分使い残していた事もあり、この2回分を使って北陸へ出向いていました。
北陸へ出向いた際はムーンライトながら号車中泊+富山県内1泊の日程ながら、石川県内で数箇所途中下車しており、小松市内でも途中下車しているのですが、その際にはいしかわ子ども交流センター小松館(旧石川県立小松児童会館)を走る「なかよし鉄道」にも乗車する機会がありましたので、今日取り上げたいと思います。
いしかわ子ども交流センター小松館は北陸本線・小松駅の隣に位置する粟津駅(普通列車が昼間毎時1本程度停車するだけの小駅ですが、一応有人駅で駅前にはコンビニもあります)から、徒歩で10分弱程度の所に石川県の公共施設です。
この施設に隣接する粟津公園には、なかよし鉄道と呼ばれる子供向けのお伽鉄道の線路が400m以上(円周ではなく棒線で、行き止まりまで進行した後、来た道を返す運行形態です)に渡って敷設されており、当然非電化ながらも線路幅762mmの軌道が公園外周の半分弱を取り巻く様は、子供向けのお伽鉄道にしてはかなり本格的と言えます。
しかもなかよし鉄道で用いている車両は、最初から遊具として製造された車両ではなく、過去に現役で営業用として活躍していた車両で、それも小松の地で30年以上前の1977年(MAKIKYUもまだ生まれる前です)に廃線となり、日本最後の非電化軽便鉄道として知られた尾小屋鉄道の車両(廃線当時でも決して新しい車両とは言えず、ましてこの頃に製造された鉄道車両も近年各地で引退が相次いでいる状況ですので、今日では相当な古参車両になります)が今もなお活躍している点は驚きです。
またなかよし鉄道は希少な尾小屋鉄道の車両を用いており、維持にも相当な経費を要していると思われますが、石川県の施設で車両も県の公有物という事もあって、誰でも運賃無料で乗車できるのも嬉しい限りです。
運転日は冬季を除く水曜日と土・日・祝日のみ、運転時刻も水・土曜日は11時30分発の1本、日・祝日はこれに15時30分発が加わるだけ(年2回の特別運行日のみ大幅増発されます)に限られており、その上公共交通機関ではなく遊具扱いという事もあって、悪天候時などは運休になる事もありますので、はるばる遠方から尾小屋鉄道の車両を求めて訪問しても…という事もあるのは難点です。
ちなみに現在なかよし鉄道で活躍する尾小屋鉄道の車両は、キハ1号と呼ばれる気動車と、DC121号と呼ばれるディーゼル機関車、ホハフ3・8号の客車2両(計4両)で、運行時以外は始発駅に隣接する屋根付きの車庫に格納されている事や、運行頻度・走行距離の関係などもあって、車両状態も素人目に見て一部の地方私鉄などより良いかも?と感じた程です。
MAKIKYUが訪れた日はキハ1号の気動車単行で運行されており、年2回の特別運行日以外は基本的にこの車両で運行している模様ですので、機関車牽引の客車列車に比べれば、遥かに乗車機会のある車両です。
それでも軽便気動車自体、少なくとも日本国内での乗車機会は…という状況で、キハ1号はその上戦前(昭和12年)製の古参車ですので、運行距離は僅かで物足りない感もあったものの、わざわざ粟津まで足を運んだ甲斐があったと感じたものでした。
地方にしては比較的公共交通機関でのアクセスが容易な立地とはいえ、北陸地方以外の人間には決して行き易いとは言い難く、その上運転日や運行本数も考えると尚更乗り難い存在のなかよし鉄道ですが、「MAKIKYUのページ」をご覧の皆様方も小松周辺を訪問する機会がありましたら、是非乗車を検討してみては如何でしょうか?
先日「MAKIKYUのページ」では青函トンネル記念館の屋外に展示されている工事用車両群などに関して取り上げましたが、今日はその続編として記念館内の様子に関して取り上げたいと思います。
記念館の建物内は入場が有料(400円)となっていますが、ここには青函トンネルの構造や建設の経緯などを示した資料などが展示され、映像での説明などもありますので、館内では現在世界最長の鉄道トンネルとなっている青函トンネルの概略などを知る事が出来ます。
とはいえトンネル工事に用いられた工事用車両群ですら、入場が有料となっている記念館内ではなく、屋外に野晒し状況で展示されている程ですので、記念館内を見学するだけでは、壮大な規模を誇る青函トンネルの現状を知るには余りに物足りないと感じるものです。
ただ青函トンネル記念館は館内の展示資料見学だけでなく、別料金で1300円と少々割高ながらも、体験坑道と呼ばれるトンネル内見学とセットになったスペシャルメニュー(名目上はケーブルカー乗車料が往復1000円:体験坑道見学料が300円)が別途用意されている事が大きな特徴となっており、はるばる龍飛の地を訪れ、青函トンネル記念館へ足を運んだ際には、是非こちらを堪能したいものです。
(こんな事を言っているMAKIKYUも、当然体験坑道へ出向いていました)
体験坑道と聞いても余りピンとこない方も居られるかと思いますが、これは青函トンネルが建設時に本坑(列車が通るトンネル)以外にも、建設作業やメンテナンスの為に掘られたトンネルが幾つも存在しており、その一部を実際に探索体験できるものです。
ちなみに青函トンネルは海底トンネルだけあり、最深部で海面下240mの地点を列車が走行し、記念館や龍飛岬の近くに設けられた龍飛海底駅でも海面下140m程の地点に位置していますので、これを人間の足で移動するには少々厳しいものがあります。
しかしながらトンネル記念館~竜飛海底駅近くの青函トンネル内の間にトンネル建設時に掘られた斜坑と呼ばれるトンネルには、階段と並行してケーブルカーの線路が敷設されています。
このケーブルカーはトンネル保守関係者の移動や、緊急時のトンネル→地上への避難用手段として用いられる役割も果たしているのですが、青函トンネル龍飛斜坑線と呼ばれています。
この路線は体験坑道の見学者が記念館~トンネル内を移動する際にも乗車する事ができ、記念館とトンネル内に設けられた乗降場はそれぞれ「記念館駅」「体験坑道駅」という名称が付けられて駅名標まで設けられています。
記念館駅は記念館に隣接した場所に駅舎も設けられ、東北の駅100選にも選ばれている程で、列車の運行ダイヤ(不定期列車の比率が高いのですが…)も定められているなど、極めて特殊な性質の路線ながらも遊具の類ではなく、れっきとした鉄道の一種と言えますので、このケーブルカーに乗車する為に、敢えて体験坑道見学へ出向く価値有りと言っても過言ではありません。
使用車両は「もぐら号」と呼ばれる愛称が付けられてヘッドマークも掲出しており、「セイカン-1」という形式も持つオレンジ色一色のケーブルカー1両が斜坑内を往復しています。
そのためケーブルカーで一般的な「中間地点で対抗列車とのすれ違い」という姿は見られませんが、体験坑道駅近くに分岐する線路があり、記念館駅では作業員用と思われる別車両の姿も見られましたので、工事関係者などはセイカン-1以外の車両での斜坑内移動や、体験坑道駅手前で分岐する線路を用いる事があるかもしれません。
ちなみに「セイカン-1」は元々が工事関係者用の移動用だけあり、華やかなイメージが強い観光地などで一般的なケーブルカーとは趣が異なりますが、サイレンを鳴らしながら斜坑内を走る独特な雰囲気は、一度乗車するだけの価値有りと言えます。
ただケーブルカーは1列車当たり定員40名という制限こそあるものの、ライナー列車の如く定員制(40名)で座席は指定されておらず、記念館駅から乗車する場合は発車5分前に開始される改札時に、前に並んでいる方から順に乗車するスタイルとなっていますので、最前部などの席を確保したい場合は、改札開始より少し早めに出向いた方が得策です。
またケーブルカー(青函トンネル龍飛斜坑線)で赴くトンネル内の探索体験(体験坑道)は、青函トンネル内の一部という特殊性もあって個人で気の向くがままに見学する事は出来ず、決められた時間内(見学時間は記念館からのケーブルカー往復と合わせて概ね1時間弱、坑道内見学は正味30分程度です)で係員の誘導に従っての見学となります。
そのため壮大な青函トンネルの作業用トンネルなどをじっくりと見学…とは行かないのは残念ですが、日頃なかなか見る事が出来ない貴重な空間を見学できると共に、坑道内の一部ではトンネル工事の様子などを再現した展示も行われており、トンネル工事で実際に用いられた機材などの展示が幾つも見られた程です。
ケーブルカー乗車料とは別名目で、300円の「体験坑道見学料」を徴収しているだけの事はあると感じたものですが、幾つもの展示物を地上にある記念館内ではなく、敢えてこんな行き難い場所に幾つも展示するのは、記念館訪問者に館内見学だけではなく、体験坑道の見学へ駆り立てる策略なのでは?とも感じてしまい、展示物の類は時間の制約なしにじっくりと見学できる地上の記念館内にあった方が良いのでは…と感じたものです。
また体験坑道は青函トンネル内の一部施設を一般に開放しているだけあって、JR海峡線の龍飛海底駅ともつながっており、記念館方からの見学者は龍飛海底駅ホームまで出向く事は出来ないのですが、JR北海道の龍飛海峡駅見学とセットで青函トンネル記念館や龍飛岬を見学するコースも別個に設定されています。
この集団が見学を終えて龍飛海底駅へ向かう際に、通常は柵に鍵がかけられて通行できない龍飛海底駅へ向かう通路(案内員の話によると、体験坑道~龍飛海底駅ホームは約400m程の道程との事です)を歩いていく集団の姿もMAKIKYUは目撃していますが、こちらのコースは青函トンネル龍飛斜坑線(ケーブルカー)には当然ながら体験坑道駅から乗車し、トンネル記念館や龍飛岬を見学した後にトンネル内へ戻り、龍飛海底駅から再び列車に乗車する形態となっています。
そのため現在青函トンネル龍飛斜坑線に乗車する際は、必ず往復で乗車して始発駅に戻る形態となっており、片道のみの乗車はトンネル内で非常事態が生じた際の避難などの特殊なケース(これは実際に用いられた話を聞いたことが無く、こんな目的で使われる事はない事を願いたいものですが…)に限られます。
ただ龍飛岬一帯や津軽線末端部(中小国~三厩間)に関しては、公共交通の便が極めて悪く、その上MAKIKYUは青函トンネル記念館を訪問した後にバスで三厩駅へ移動し、その後蟹田→函館と列車を乗り継いだ際には再び記念館のすぐそば(龍飛海底駅)を通過しただけに、随分大回りして余計な時間を要して…と感じたものです。
龍飛岬などの見学を終え、体験坑道内で龍飛海底駅へ向かう海底駅見学の集団を目撃した際には、龍飛海底駅の一般利用、或いは津軽線末端部+外ヶ浜町営バスとのセットプランも実現しないものだろうか?とも感じたものです。
(さすがに龍飛海底駅・青函トンネル記念館見学コースの途中放棄は、海峡駅の特殊性故に列車乗降時に人数を計数している状況ではまず不可能でしょうし…)
とはいえ現在もう一つの海峡駅である吉岡海底駅(こちらはMAKIKYUも過去に一度だけ見学した事があるのですが…)は、北海道新幹線建設に伴って工事用施設として用いられる為に、現在一般客の乗降・見学は不可能な状況になっていますので、壮大な青函トンネルの裏側を見学できる希少な機会といえる龍飛海峡駅の見学自体が今後どの様になるのかも気になる所です。
MAKIKYUが今月はじめに青森県を走る津軽線に終点の三厩まで乗車した際には、その後外ヶ浜町営バスに乗り換えて津軽半島の突端にある龍飛岬まで足を伸ばしたのですが、龍飛といえば青函トンネル建設時に本州側の工事拠点となった事でも知られています。
その工事拠点となった場所は竜飛岬の少し南に位置しており、竜飛岬からも徒歩で10分程度の所に位置しているのですが、ここには現在青函トンネル記念館が建設されています。
場所柄冬季は道路が封鎖されて閉館となるものの、春~秋にかけては有料(400円)ながらも館内見学が可能となっており、記念館の外にはトンネル工事の際に用いられたトロッコなどの工事用車両群が展示された姿を見る事も出来ます。
ただ記念館の外に展示されたトロッコなどの工事用車両は、屋外に野ざらしで展示され、野晒しと言っても良い状況である上に、気象条件も非常に厳しい事で知られる龍飛の地であるだけに、かなり痛みも見受けられる状況でした。
この状況を見ると青函トンネル開通から、既に20年以上もの月日が経過した事を感じさせられると共に、記念館内で展示するなど保存方法に関しても再考した方が…と感じた程です。
また記念館の外に展示された工事用車両群や、その説明プレートなどがある一帯には、天皇陛下の訪問を記念する石碑も建てられ、この石碑のデザインには青函トンネルから出てくる列車がデザインされています。
この列車のデザインはED79形電気機関車が、50系客車のグレードアップ改造車を牽引したものとなっており、これはどう見ても青函トンネル開業当初から数年前まで海峡線旅客列車の過半数を占めていた快速海峡号にしか見えないものです。
現在この列車は廃止され、青函トンネルを通過する旅客列車は優等列車のみ(そのため青函トンネルを挟む蟹田~木古内間のみの乗車では特急料金不要の特例が設けられている事は有名で、青春18きっぷなどで同区間のみで特急に乗車された事がある方も多いかと思います)となっていますので、石碑のデザインも既に過去のものになっていますが、MAKIKYUは過去に快速海峡号で青函トンネルを通った事もあるだけに、随分懐かしいと感じたものです。
また近日中に続編として、青函トンネル記念館の館内に関しても取り上げたいと思います。
写真は青函トンネル記念館の外観と天皇陛下訪問記念の石碑、記念館の外に展示されているトンネル工事で使用された工事用車両群です。
先日梅小路蒸気機関車館(以下蒸気機関車館と記します)内を走るSL列車「スチーム号」に関して取り上げましたが、蒸気機関車館一帯を占める梅小路公園内では、JRの営業線とも繋がっている蒸気機関車館内の線路以外に、公園内に独立した軌道も設けられています。
蒸気機関車館へ足を運ばれた方は、同館の目の前までこの軌道が延びていますので、その姿を目にしているかと思いますし、同館へ足を運んだ事がない方の中でも、蒸気機関車館の周囲に敷設された軌道の存在をご存知の方もいるかと思いますが、この軌道は総延長が約300m程あり、軌道幅こそ専らSLが活躍する蒸気機関車館内の線路と同じ1067mmながら、同館内の線路とは異なり、電化されているのが特徴です。
この軌道は300m程度の延長があり、蒸気機関車館とは反対側が起点となっているのですが、ここには車庫も設けられ、乗車券(往復)の券売機も設けられ、土休日や祝日などの昼間に限られるものの、かつて京都市内で活躍した市電の旧型電車(N電)27号車の運転が行われています。
この電車は車庫のある建物脇にある券売機で発売している乗車券こそ往復(大人300円)でしか発売していないものの、係員の方に伺うと、車内で運賃を直接支払うのであれば、片道のみの乗車(大人150円:乗車券発券はなし)も可能との事でしたので、MAKIKYUも先月梅小路を訪問した際は、丁度この電車の運転日・時間帯だった事もあり、蒸気機関車館訪問と併せ、この電車にも片道だけ乗車してみました。
この電車は出入口を兼ねた運転台部分が吹きさらし、屋根が2重屋根(ダブルルーフ)で内装には木材がふんだんに用いられ、そして先頭には人命救助用の網を装備しているなど、如何にも昔の路面電車という形態をしており、動態保存車として丁寧に取り扱われている事もあってか、この様な車両が非常に綺麗な状態で活躍している事には好感を感じたものです。
とはいえ軌道延長が300m程度、MAKIKYUの足では軌道脇を歩いても5分もあれば…という状況ですので、非常にゆっくりと走るこの電車でもあっという間、運賃を支払ってまで移動手段として使用するものではありませんが、なかなか乗車機会がない希少な車両へ乗車でき、その運行維持に協力するためと考えれば、片道150円の運賃を支払う価値は充分にあると感じたものです。
また運行区間が極めて短く、乗車時間も僅かですので、MAKIKYUとしては乗り心地を堪能するには物足りないと感じましたが、かなりの古参車両で台車の構造なども現代の車両とは大きく異なり、低速でも意外と揺れると感じたもの(この電車などに比べれば、国内各地の路面電車で走っている釣り掛け駆動の単車でも、快適に感じてしまう程です)ですので、一般向けには余り長時間乗車するのに適した電車でないのは事実で、広く一般に古参電車の雰囲気を手頃に楽しんで…という事を考えると、この程度の運行規模が妥当なのかもしれません。
この電車は運転日や運行時刻が限られますので、梅小路を訪問しても常に乗車できるとは限らないのが難点ですが、「MAKIKYUのページ」をご覧の皆様方も有名な蒸気機関車館を訪問する機会があり、その際にチンチン電車が稼動している姿を目撃する事がありましたら、是非この電車にも乗車してみては如何でしょうか?