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ダイヤ改正で消滅した「直行」列車~西鉄独自の種別は見納めに

2010-03-31 | 鉄道[九州・私鉄等]

 

日本一のバス事業者であると共に、本州以外で鉄道を運行する唯一の大手私鉄としても知られる西日本鉄道(西鉄)は、今月に入ってからICカード(nimoca)の他カード(SUGOCAなど3種)との相互利用開始や、新駅(紫駅)開業とこれに伴うダイヤ改正、割引率の高さが魅力的な磁気SFカード(よかネットカード)の発売終了など、大きな動きが目白押しとなっている事は、ご存知の方も多いかと思います。

この様な大イベントは日を同じくするのが通例ですが、西鉄では今月に入ってからのこれらの大イベントは全て異なる日(前者から順に13日・27日・31日)となっている点は、様々な事情が存在しているとは思いますが、極めて異色と言えます。

その中でも先日紫駅開業と共に行われたダイヤ改正では、天神大牟田線で平日朝ラッシュ時間帯にだけ運行していた2種別が消滅し、列車種別は全日各時間帯において運行する特急・急行・普通の3種に整理されましたので、西鉄電車を使い慣れない人間にも単純で分かりやすい運行体系になったと言えます。

ちなみに先日のダイヤ改正で消滅した2種別は「快速急行」「直行」の2種別で、快速急行の方はMAKIKYUが乗車する機会はないまま終焉を迎えてしまいましたが、直行の方は先月MAKIKYUが九州へ出向いた際にも、始発の福岡(天神)から1駅だけながら乗車する機会がありました。

「直行」と聞くと、MAKIKYUは西鉄電車の走る福岡から高速船で北上し、所要3時間程の半島各地を走る市外バス(主に観光タイプの車両を用いる都市間バスですが、座席は先着順の自由席である事が殆どで、彼の地では高速バスとは別種のバスとして運行しています)を連想してしまいますが、日本の鉄道(ケーブルカーを除く)における列車種別では、近年では西鉄が唯一の存在でした。

西鉄電車の「直行」は英訳が「NON-STOP」ではなく「STRAIGHT」を用いていたのも特徴的で、かつては福岡を出ると途中停車駅がなく、終点まで直行していたのですが、近年は薬院駅にも停車しており、「直行」という種別名にも関わらず途中停車駅が存在していた事も異色でした。

また「直行」は平日の朝ラッシュ終わり頃に、福岡(天神)へ到着した列車を折り返して車庫(筑紫)に戻す際、実質回送と言っても過言ではない下り方面の車両を、何本かだけ「直行」として二日市まで営業で走らせていた状況でしたので、日頃西鉄電車を利用している方でも馴染みは…という方が多いかと思いますし、九州外の人間であるMAKIKYUなどは尚更です。

その上二日市までの停車駅は「特急」と全く変わらず、朝ラッシュ終わり頃の下り数本のために、わざわざ別種別を設定していた事は異例と言えます。

今までこんな列車が走り続けていた事自体が不思議なもので、「直行」廃止→急行格下げで途中駅の利便性向上を図る事は、MAKIKYUは妥当な施策と感じ、同感と思われる方も多いかと思います。

停車駅増加は勘弁と感じる方も、二日市行きの特急として走らせれば…と思われる方が大勢かと思いますので、実効性のない種別を増やす事で不慣れな利用者を混乱させる事を考えると、「直行」廃止は妥当な施策と言えます。

とはいえ西鉄電車にしか存在しない異色の種別が消滅した事は、他の大手私鉄には見られないサービスが幾つも存在する西鉄の独自色が薄れ、趣味的には寂しいと感じてしまう一面もあります。

「直行」は他鉄道では見られない種別として知られていただけに、定期列車で姿をみる機会は無くなっても、イベントや臨時列車での登板に期待すると共に、西鉄電車で異色の種別が用いられていた事を、記憶の片隅に留めておきたいものです。


幕張新都心を走り始めた新型連接バス・シーガル幕張

2010-03-28 | バス[首都圏]

   

「MAKIKYUのページ」では最近千葉県関連の話題が続いていますが、千葉県では最近幕張新都心を走る京成バスの連接バスが代替の時期を迎え、車両入れ替えが進んでいる事をご存知の方も多いかと思います。

京成バスの連接バスで従来使用していた車両は、VOLVO製の下回りに国産(富士重工製)車体を載せたもので、幕張新都心でしか見られない希少車種だけに、MAKIKYUも幕張を訪れて京成バスを利用する機会があれば、極力この車両を選んで乗車していた程で、バリアフリー対応でないなど時代の流れを考えると止むを得ないとはいえ、この車両の退役は少々残念に感じる面もあります。

この希少車種の代替には、ベンツ製の「CITARO」と呼ばれる車種が導入され、従来の連接バスにはなかった「シーガル幕張」という愛称も付けられていますが、CITARO自体は既に神奈川中央交通(神奈中)の厚木市内を走る一部路線に「Twin Liner」として導入されているだけに、幕張にも「CITARO」を導入する話を初めて聞いた時には、「Twin Liner」の2番煎じ?と連想してしまったものでした。

この「幕張シーガル」は今年に入ってから幕張新都心を走り始めたばかりで、既にMAKIKYUも2回程乗車する機会があったのですが、車両形状自体は神奈中のTwin Linerと同形だけに大差ないものの、神奈中の赤系に対抗するかの様な青系単色の装いに加え、窓上に1台づつ異なる色の帯が巻かれています。

これは導入車両各車の装いが同一のTwin Linerには見られない大きな特徴で、非常に特徴的な車両をより見応えあるものとしている様に感じられたものでした。

また車内に足を踏み入れると、ヨーロッパ生まれのバスだけに、日本製の一般路線バスとは大きく異なる雰囲気の座席や内装などが目を引きますが、これに加えて最近の路線バスらしくLCDモニターによる案内表示装置を装備しているのも特徴です。

LCDモニターでは次停留所表示は4ヶ国語(日本語・English・中文・한국어)で行う他、鉄道への乗り換え情報を系列の京成電鉄だけに留まらず、JR線に関しても案内するなど、最近路線バスでの採用が増えているLCDモニターによる運賃表示器の一般的機能を上回る案内が行われており、案内充実度の高さも大きな特色と言えます。

そして「シーガル幕張」ならではの大きな特色として、運賃前払い時の乗車口(前扉)での運賃収受の際に、日本国内の路線バスでは一般的な運賃箱による収受の他に、扉幅が広い事を生かしてPASMOなどのICカード専用の通路を設ける事で、運賃収受の迅速化を図っているのも大きな特徴となっています。

これは連接バスならではの収容力の大きさに加え、乗車時間を短縮する事で、短時間に多数の旅客を輸送可能となり、連接バスの特性を最大限に発揮するのにも威力を発揮しますので、京成バスも良く考えたもので、Twin Linerも「前乗り前降り」はそろそろ再検討した方が良いかもしれません。

この様に「シーガル幕張」は「Twin Liner」と同車種ながらも、運行事業者と路線を変えただけの2番煎じではなく、ドイツ製の連接バスというハードを導入するだけに留まらない新サービスを取り入れている事が大きな特徴です。

「シーガル幕張」は今後、幕張新都心でVOLVO製連接バスに代わって京成バスの主役として活躍する事が期待されますが、「MAKIKYUのページ」をご覧の皆様も幕張新都心を訪問する機会がありましたら、是非一度乗車してみては如何でしょうか?

あとこの記事中でも触れている厚木市内を走る神奈中の「Twin Liner」に関しては、「MAKIKYUのページ」でも以前取り上げた記事がありますので、興味のある方はこちらをクリックして下さい。


JR東日本 209系2000番台~見るからに貧相な転用改造車

2010-03-26 | 鉄道[首都圏・JR]

先日MAKIKYUが房総半島へ出向いた際には、昨年から千葉地区のJR線で活躍を開始し、今月のダイヤ改正以降に運用が大幅に増大した209系2000番台車に、初めて乗車する機会がありました。

この車両は千葉地区では昨年から運用開始したとはいえ、「某社レンズ付きフィルムに良く似た名称」で呼ばれる事が多く、粗製乱造車の代名詞と言っても過言ではない209系という形式を名乗っているだけあり、当然ながら新造車ではなく、相次ぐ故障の発生などで運用離脱となった京浜東北線車両(209系0番台)の一部を、4両と6両の短編成に組み替えて千葉地区向けに転用したものです。

千葉地区向けの転用改造に伴い、車両番号が2000番台という大きな番号に改められていますが、車体に標記された形式番号は、車両によっては元の番号を剥がした後が見受けられるなど、如何にも転用改造車という雰囲気を漂わせています。

 
外観はラインカラーを、房総地区で活躍中の211系電車と同じ黄色と青のラインに取り替えた事や、スカート(排障器)が大型のモノに取り替えられた事が目立ち、中間車を見てもトイレ取り付け改造で窓を塞がれた姿は、見るからに改造車を意識させられるものです。

連結器も4・6両の編成を組み合わせて8・10両を構成する事も多い事から、自動開放装置を取り付けている事も特徴で、行先表示器も既に209系の一部番台で用いられているLED式に取り替えられています。

しかしながら行先表示器をLED式に改めながらも、今流行のフルカラーではなく3色表示となっており、路線毎に色分けを行う為に211系を転用した際には、前面種別表示をわざわざLED→字幕に改めた程の千葉地区にしては…と感じてしまいますが、その案内も「路線名」と「路線名・行先」を交互表示(例:「内 房 線」→「内房線 木更津」)する形態となっており、やたらとしつこく路線名を強調する案内が非常に特徴的です。

また千葉地区への転用に際しては、下回りの制御機器などを横須賀・総武快速線で活躍するE217系(現在改造進行中で、改造車と未改造車の混成編成もよく見かけます)などと同様に、最新型と同レベルのモノに取り替えているのも大きな特徴です。

その一方で貧相で薄暗い印象が否めない化粧板などは相変わらずで、車内設備へのテコ入れは最小限に留められていると感じたもので、車両更新に対する考え方は、関西の有名球団を抱える某大手グループ私鉄の車両などとは対照的なものです。

千葉地区への転用に際して変わった点としては、先頭車両だけボックス席を配置したセミクロスシートに改められ、辛うじて近郊型と言い訳出来る設備に改められたほか、先述の通り一部中間車に車椅子対応型のトイレ設備が設置されている事が挙げられます。

 

先頭車は座席配置を改めると共に、そのモケットも山手線車両を連想させる緑色系となっているのが特徴的ですが、ボックス席は最近のJR東日本車両では一般的な形態の座席ながらも、片持ち式ではなく通路側足元に脚が設置されているのが特徴的です。

車内設備の目玉とも言えるボックス席も、窓割は京浜東北線時代の突貫工事で一部開閉可能とした窓柱とは一致していませんが、これに加えて中間車は座席モケットすら既存のまま存置しているため、編成内での釣り合いが取れていません。

その上車両番号標記は車外に限らず、車内側も後から改番された番号のステッカーを上から貼り付けているだけであるなど、如何にも最低限の転用改造だけを施したと主張している様に感じられ、その醜態は余りに貧相と言わざるを得ないのが現状です。


それでも車両自体は平成に入ってからのステンレス製車両で、国鉄時代から使い続け、潮風に吹かれて長年酷使している車両に比べれば…という見方もあるかと思いますし、既に東京方面直通の快速列車で4ドア車が活躍している区間ではさほどの違和感がないかと思います。

混雑時に威力を発揮する事も考えると、千葉駅を基点に片道1時間程度の運行列車(君津・上総一ノ宮・成東・成田辺り)であれば、まあ許容範囲と言えなくもない気がしますし、MAKIKYUが先日房総半島で乗車した209系はどれも短時間乗車でしたので、ほぼ通勤型の設備もさほど苦にはならなかったものです。

ラッシュ時間帯には6+4両の10両編成で、京葉線東京直通列車に使っても悪くないかと感じたもので、少なくとも乗務員室がやたらと広く、客室空間が狭いJR東日本の最新鋭標準型を6+4両編成で走らせ、デッドスペースが大きくなるよりはずっと良いかと思いますし、踏切事故対策の衝撃吸収構造も、京葉線の路線特性を考えると必然性は乏しいかと思います。

しかしながら元が短時間乗車を前提とした通勤型電車で、その中でも「某社レンズ付きフィルムに良く似た名称」で呼ばれる事が多く、粗製乱造車の代名詞と言っても過言ではない安物車両の中でも最もタチの悪い車両であるだけに、とりあえず改造で最低限近郊型としての体裁を整えているとはいえ、千葉駅から銚子や安房鴨川まで乗り通すのはとても…と感じたのが実情です。

それでも割増料金を払う事で、特急列車やグリーン車といった異なる選択肢を選べる路線・区間ならまだしも、千葉地区では昼間時間帯に特急列車が全く走らず、普通列車の普通車以外に選択肢が存在しない路線・区間が幾つも存在しています。

そうなると割安な青春18きっぷなどで乗車するのであればまだしも、普通乗車券を購入して長距離移動に利用したいと思える車両ではなく、こんな車両ばかりになってしまった暁には、2時間以上も乗り続ける事を考えると、場合によっては高速バスなど他の交通手段の利用も…と感じてしまったものでした。


都自動車の路線バス~路線・使用車両共に特徴的な小規模事業者

2010-03-23 | バス[首都圏]

  

先日MAKIKYUが房総半島を訪問した際には、大多喜→茂原間で路線バスを利用する機会がありました。

この区間の路線バスは昼間でも1時間に1本あるか否かという程度ですので、土地柄を考えれば相応とはいえ、決して至便とは言い難いと感じる方も多いかと思います。

しかも決して本数が多くないにも関わらず、この地域一帯で路線バスを運行している小湊鐵道に加え、都(みやこ)自動車という事業者の便もあり、この両者は極少数が運行される端沢経由(小湊のみ)を除くと、運行区間の殆どが重なる状況になっています。
(厳密に言うと大多喜方の起終点が異なり、都自動車は大多喜駅前を発着しますが、小湊は大多喜車庫発着となっており、小湊の便を利用して大多喜駅へ向かう際には、徒歩で5分程度の停留所を利用する事になります)

この内MAKIKYUが先日大多喜→茂原間で乗車したのは都自動車の方で、都自動車自体は観光バスで比較的有名で、同社のバスを見かけた事がある方も多いかと思いますが、路線バスは非常に小規模な事もあり、MAKIKYUが都自動車の路線バスに乗車したのは初めてで、その存在すら地元の方を除くと…という状況かと思います。

ちなみに都自動車の一般路線は、茂原~大多喜間以外では茂原~長南間を結ぶ路線が存在するのみで、こちらは大多喜へ向かう路線程ではないにしろ、小湊鐵道との並行区間がかなりの比率を占めています。

小湊鐵道バスですら茂原周辺は芳しいとは言い難い中で、よく小規模な路線運営を続けていると感心してしまう程ですが、これに加えて大半の区間で小湊鐵道バスと並行するにも関わらず、乗降方法は対キロ運賃制の整理券方式で一般的で、小湊鐵道バスでも取り入れられている「中乗り前降り」ではなく、「前乗り前降り」(途中停留所では中扉締切)としているのも大きな特色と言えます。

また路線の大半が小湊鐵道と重複し、路線バスの運行規模が極めて小さいだけでなく、使用車両も少し前の路線バスとしては一般的ないすゞキュービック(U-LV324K)ながら、首都圏の路線バスとしては比較的古参の部類に入る車両を使用している点も特徴です。

MAKIKYUが乗車したキュービックは平成3年式でしたので、首都圏の路線バスにしては古参の部類に入るものの、地方に行けばこれよりもっと古い車両も多数という状況ですが、房総半島を走る小湊鐵道や日東交通グループの同年式車両などと同様に床が板張りとなっており、年式以上に古さを感じさせるもので、案内放送は今でも音声合成を導入しておらず、テープを用いていたのも特徴的でした。

こんな車両でもシフトレバーはACT装備だったのは意外(小湊や日東をはじめ、この年代の千葉県のバスは京成辺りでもシフトレバーは長い棒が主流です)でしたが、LCD採用の運賃表示器すら出回っている今日において、未だに字幕のロールが回転する方式を用いている点も非常に印象的で、今時東京都心から1時間圏内でこんな運賃表示器を使っているバスは他にどれだけあるのかと感じたものでした。

小規模な上に路線や車両などに非常に大きな特徴が見られる都自動車、拠点が茂原だけに首都圏に居れば比較的容易に訪問できる場所とはいえ、バス運行本数も比較的少なく乗り難いのが現状です。

ただ茂原~大多喜間では現在並行する小湊鐵道バスも含め、運賃は片道500円と距離や土地柄の割には割安に乗車できますので、両都市間の移動をはじめ、東京都心や千葉市内からの交通手段としても有用かと思います。

また都自動車で用いている路線車は、今日の首都圏他社では余り見られない点が幾つも見受けられるなど、なかなか興味深い存在ですので、「MAKIKYUのページ」をご覧の皆様方も機会がありましたら、是非一度乗車してみては如何でしょうか?


静岡鉄道・1007号編成撮影会に参加~装いだけでなく行先方向幕も…

2010-03-21 | 鉄道[東海]

  

昨日MAKIKYUは青春18きっぷを利用し、日帰りで静岡に出向いていたのですが、昨日は静岡鉄道(静鉄)が1007号編成の撮影会を実施していましたので、MAKIKYUもせっかくの機会という事でこの撮影会に参加していました。

静鉄の電車は現在新静岡~新清水間の1路線のみ、使用車両も1000型と呼ばれるステンレス製車両で統一されていますので、趣味的な面白みという観点ではやや難ありと感じる方も居られるかと思います。

しかしながら電車はワンマン運転ながらも全線複線で、運転本数も現在は各駅停車のみながら、昼間6分間隔という高頻度を誇る事で知られ、運賃も地方私鉄の中では比較的割安な部類(中部地方の大手私鉄より割安です)に入ります。

全駅に自動改札機を設置してSFシステムも導入しており、更に近年ではICカード乗車にも対応し、日頃MAKIKYUが利用しているJRのICカード・ICOCAでも乗車可能(ただTOICA・PASMO・Suicaは使えませんので要注意です)であるなどサービスレベルは非常に高く、小規模ながらも大手私鉄に匹敵するサービスを実現しているのは大いに評価できるものです。

MAKIKYUも静鉄電車は新静岡~新清水間全線を乗り通した事がある他、JR線との乗継が至便な草薙駅を利用した事もあり、静岡を訪問した際には何度か利用する機会があったのですが、今まで草薙以外の静鉄途中駅を利用した事はありませんでした。

しかしながら今回1007号車の撮影会が開催されたのは、長沼駅に隣接する静鉄の鉄道線車庫でしたので、初めて長沼駅を利用したものでした。
(長沼駅というと新宿から出ている某大手私鉄のイメージが強いですが、MAKIKYUはこちらは何度も通っているものの、この駅も未だに利用した事がない有様です)

随分前置きが長くなってしまいましたが、昨日はこの長沼駅に隣接する車庫が撮影会会場となっており、10~16時までの開場時間に簡単な受付を済ませるだけで車庫内での撮影が可能となっており、MAKIKYUも昼食を済ませた後の昼下がりに長沼へ出向いたものでした。

土地柄もあってか、落ち着いた雰囲気で気の向くがままに車両の様子を眺めたり、撮影する事が出来たのは好感を感じたもので、JRや大手私鉄で開催されるイベントなどとは異なる魅力を感じたものでした。

そして今回の撮影会のメインとなる「1007号車」は、現在静鉄唯一の旅客用車両として活躍する1000型車両の中でも、今年に入ってから前面のラインなどを剥がし、登場当時のステンレス無塗装という装いが復元された期間限定のリバイバル塗装(?)編成です。

MAKIKYUがこの装いの静鉄電車を見るのは今回が初めてでしたが、ただでさえ製造メーカーが東急車輛製、車両規格の関係もあって東急線の電車によく似た雰囲気を放つ1000型が、尚更東急線の電車に良く似た雰囲気に感じたものでした。

また元々ステンレス無塗装で登場した電車は、日本国内では東急や静鉄以外にも幾つか存在したものの、現状では何らかのカラーテープなどが貼られ、銀色1色のシンプルな装いの車両は…というのが現状ですので、味気ないといわれた銀色1色の姿も久々に見ると、コルゲート板が張られた比較的初期のステンレス車では、この装いも悪くないのではと感じたものでした。

それに静鉄1000型は登場から今日まで比較的変化が少ない車両ながらも、最近になって排障器(スカート)の取り付けが順次進み、スカート取り付け車は若干趣が異なっています。

来年には1000型全編成へのスカート取り付けが完了するとの事で、今回の撮影会は「1000型登場当時の姿が見られる最後の機会」と宣伝していた程(1007編成は後に冷房化改造されていますので、厳密には登場当時と言うよりは往年の姿とでも言った方が良いのですが…)でしたが、これに加えて行先方向幕は「急行 新静岡-新清水」という現在は運転していない急行の幕が表示されたのも大きなポイントで、この表示を見たのもMAKIKYUは初めてでした。

そのためステンレス無塗装+急行幕の1000型だけでもなかなかのモノを見た気分でしたが、これに加えて旅客用車両ではないものの、デワ1号と呼ばれる大正生まれの小柄な古豪電動貨車も撮影会に登場しています。

こんな車両は各地の鉄道を探してもなかなかなく、博物館入りしてもおかしくない車両ですが、連結器が日本の鉄道で一般的な自動連結器や密着連結器ではなく、両端にバッファーを配したスタイルは見慣れないもので、一応日本車両製ですが、日本語の各種標記や標識がなければ、外国の古典車両と錯覚してしまいそうな雰囲気も感じたものでした。

静鉄では他にも比較的近年まで、車庫内の入換用に古参電車を保有していた事でも知られ、こちらは残念ながらMAKIKYUはその姿を見るがなかったのですが、老朽化の進行に伴って止む無く解体する際には、事前にその告知と共に一般公開を行なった実績もあります。

静鉄は地方私鉄ながらも近代化が進み、都会的な印象もあって趣味的には余り注目される鉄道ではないですが、ファン向けの企画は注目すべきものがあり、今回の撮影会に足を運んだ甲斐は充分にあったと感じたものでしたが、今後の企画にも注目したいと感じたものでした。


JR東日本・千葉地区の113系湘南色編成

2010-03-19 | 鉄道[首都圏・JR]

 

先日MAKIKYUが房総半島を訪問した際には、東京方面からの快速列車で千葉駅に到着した後は乗車機会こそ無かったものの、最近千葉地区で装いを湘南色に改めた113系電車にも遭遇したものでした。

113系は千葉地区の各線区で幅広く運用され、211系や209系といったステンレス車導入で数を減らしつつも、今もなお多数が活躍している中で、湘南色は4・6両各1編成ずつですので、どちらか1編成だけでも遭遇出来れば…というのが現状ですが、MAKIKYUが訪問した際は4・6両の両者共に千葉駅に姿を現し、両編成を一気に見られたのは予想外でした。

湘南色の113系はJR東日本では一旦消滅しており、一応リバイバルカラーという事になるのですが、見た目やサービスレベルが大差ない湘南色115系は高崎周辺などで今もなお活躍しています。

また以前千葉地区に湘南色115系(7両編成から中間1両を抜いた6両)が貸し出された事があり、その時にはMAMIKYUが成田線でこの編成に遭遇し、ラッシュ時の収容力強化の為に改造された長いロングシートがズラリと並ぶ有様を記憶しています。

113系に限っても、JR西日本では今もなお湘南色で活躍する編成が存在しますので、湘南色の113系が千葉地区で走っていても、それ自体はさほど違和感を感じず、新鮮味も乏しいと感じてしまったものです。

しかしながら千葉地区の113系は、4+4の8両や4+6の10両で運行する列車も多く、これらの複数編成を併結する列車に湘南色113系が充当された場合は、殆どの場合千葉地区で一般的なスカ色113系との組み合わせになり、MAKIKYUが千葉駅で目撃した湘南色113系も、6両編成は単独での運行でしたが、4両編成の方はスカ色6両を従えた10両編成で運行していました。

旧国鉄の113系を代表する2色混成編成は、鉄道模型のネタで走らせる様な雰囲気で興味深く、また両者が併結している連結面を見ると、湘南色とスカ色の塗り分けラインの相違がきちんと分かるのも注目点と感じたものでした。


日東交通・姉ヶ崎線~乗車した車両はワンロマにも関わらず…

2010-03-16 | バス[首都圏]

 

先日MAKIKYUは房総半島へ出向き、その際に乗車した久留里線のキハ30形気動車に関する記事を公開しましたが、この記事中では久留里線にも「馬来田→木更津の片道だけ乗車する機会が…」と記しており、果たして馬来田へはどの様にアクセスしたのか?と気になった方も居られるかと思います。

先日MAKIKYUが馬来田へ向かう際には、姉ヶ崎駅から出発する日東交通の姉ヶ崎線と呼ばれる路線に乗車したのですが、同線は実質的に姉ヶ崎駅~馬来田駅を結ぶ路線とはいえ、馬来田方の終点は馬来田駅前の一つ先にある茅野(Kayano)と呼ばれるバス停になっており、前面の行先は「茅野」と表示していますが、馬来田駅前の表示がありませんので、地理不案内な人間にはやや利用し難く、案内方法は再考の余地ありと言えます。

姉ヶ崎線は途中の桜台団地を経由する便と、桜台団地に入らない便の双方を合わせると、概ね毎時1本程度運行しており、久留里線でも運転間隔が1時間以上開く時間帯が存在する土地柄を考えると、そこそこ至便と言えます。

所要時間はMAKIKYUが乗車した姉ヶ崎駅~馬来田駅前間で約30分程度ですので、運賃が片道600円とやや割高な印象が否めないのは難点とはいえ、東京都心や千葉市内から馬来田へ向かうには、時間帯によっては木更津経由で久留里線を利用するより早い場合もあり、路線の存在を知っていると便利かもしれません。

姉ヶ崎線でMAKIKYUが乗車した便では、俗にワンマン・ロマンス車(ワンロマ)と呼ばれ、通路を挟んで2人掛けのハイバックシートがズラリと並ぶ貸切兼用のやや豪華な仕様のバスが充当され、この車両は外観も窓形状が黒塗りの引違い窓になっているなど、一目で一般路線車より上等な車両である事が識別可能です。

ちなみにMAKIKYUが先日乗車した車両は、ワンロマ車である事を除くと、日東交通の大型路線車では一般的な富士重工製の車体を載せた車両で、それも名物の三菱ふそう車ではなく一般的な日産ディーゼル車ですが、年式も平成4年製でしたので、首都圏近郊を走るバスにしては古参の部類に入ります。

1都3県、それも都心からも直通の電車に乗って1時間程度でアクセスできるエリアで、今日平成4年製の大型ワンロマ路線車に乗車できるともなれば、それだけでも個人的には「大当り」なのですが、このワンロマ車はやや豪華なだけでなく、ワンロマ車なのに床が板張りというのも大きな特徴です。

平成4年製のバスとなれば、一般路線車でも床はリノリウム張りの方が一般的で、ましてワンロマ車ともなれば一般路線車よりも豪華な仕様になる事が多いですので、こんなバスは他では余りないのでは…と感じたものでしたが、MAKIKYUはこのタイプの車両には初めて乗車したものの、日東交通では姉ヶ崎線に限らず、この仕様のバスを複数台走らせています。

日東交通の運行エリアを考えると、姉ヶ崎や木更津などは一応東京の通勤圏に含まれるものの、高頻度で運行しているにも関わらず、非常に混雑して乗降が激しい都市型路線は稀有で、逆に観光路線なども存在します。

そのためワンロマ車の使い勝手も決して悪くないとは思いますが、首都圏を走る路線バスの中では古参車である事などを踏まえると、いつ代替されても不思議ではないのが現状ですが、興味のある方はこの車両に一度乗車してみては如何でしょうか?


JR東日本・久留里線を走るキハ30形気動車~今では全車リバイバル塗装に…

2010-03-14 | 鉄道[首都圏・JR]

 
JR全線の普通列車が 乗り放題となる格安乗車券・青春18きっぷが今月末まで発売され、来月10日まで利用できますので、「MAKIKYUのページ」をご覧の皆様方の中にも、青春18きっぷを利用した旅行を計画・実行されている方も居られるかと思います。

MAKIKYUも今月に入ってから、有効回数(5回分)を一人で使いきれるかどうかは微妙な状況ながらも1枚購入しているのですが、今日はその1回目を使用し、日帰りで房総半島へ出向いていました。
(青春18きっぷは乗り放題だけあって、遠くへ行く程割安感がありますが、さほど遠くない所へ行く場合でも結構重宝するものです)

房総半島では千葉地区のJR線で唯一の非電化線区として知られる久留里線にも、馬来田→木更津の片道だけ乗車する機会があったのですが、その際に乗車した列車はキハ37形という異端形式と共に、キハ30形と呼ばれる古参気動車が連結された2両の編成でやって来ました。

キハ30系列は国鉄の通勤型気動車として知られ、外釣式の客ドアが非常に特徴的で独特の雰囲気を放っている車両ですが、今やJR線で活躍する車両は久留里線の3両のみ、それ以外を探しても茨城県の関東鉄道に譲渡された車両が活躍するだけですので、今や非常に希少な存在となっています。

その上昨年になって久留里線塗装から、国鉄時代のクリーム/朱色のリバイバル塗装に改められましたので、希少な古参気動車の存在感を更に強めていますが、MAKIKYUは最近久留里線を利用する機会がなかった事もあり、リバイバル塗装に改められたキハ30形には初めて遭遇したものでした。

キハ30形はJR線唯一の活躍舞台である久留里線でも、他形式に紛れて3両が活躍するだけですので、その姿を見る事が出来るだけでも…と思っていた程ですので、特に車両運用なども下調べせず、それも稼動車両数が少ない昼間時間帯にたまたま乗車した列車に連結されていたのは予想外の収穫でした。

このキハ30形リバイバル塗装車は、種別or行先表示部分に「久留里線」と表示しており、この部分が黄色字の派手な雰囲気となっている点はややリバイバル塗装の雰囲気を損ねている気がしますが、リバイバル塗装の雰囲気自体は結構良いのでは…と感じたものでした。

ただ久留里線ではキハ30形のみで編成を構成する事はまずなく、現代的な装いの他形式2車種(キハ38形orキハ37形)のいずれかとの混結編成となりますので、そうなると必然的にリバイバル塗装と久留里線塗装の混成となります。

久留里線塗装との混成も面白いのですが、元々現代的な雰囲気の塗装で登場したキハ38形は無理にしろ、国鉄末期に登場したキハ37形を1両だけでも朱色1色の登場当時の装いに戻し、これと併結した姿も…と感じたもので、またキハ30形も3両全車をクリーム/朱色のツートンに塗り替えるのではなく、1~2両は朱色1色の装いにしても良かったのでは…と感じたものでした。
(ただ朱色1色のキハ30形は関東鉄道で活躍中で、「MAKIKYUのページ」でも過去に記事として取り上げた事(該当記事はこちらをクリック)がありますので、敢えてこちらと差別化を図る狙いがあるのかもしれません)

またキハ30形は古参車両であるだけでなく、今時の関東地方では珍しい非冷房車としても知られていますので、稼働率は余り芳しくないと想定していましたが、MAKIKYUが乗車した列車と途中の横田駅で行き違いとなった列車にもキハ30形が連結されている姿を目撃しています。

3両しか活躍していない古参車両が、車両稼動数の少ない昼間に2両も稼動していたのは意外で、まだ冷房の必要な時期でないだけに万遍なく運用しているのか、それともキハ30形の人気を見込み、青春18きっぷに加えてツーデーパスなどの企画乗車券での遠方からの利用客を想定し、敢えて稼働率を上げているのかも気になったものでした。

写真は馬来田駅に到着したキハ30形連結列車と、横田駅を発車するキハ30形連結列車です。


旧国鉄志布志線代替バス~運行開始当初の車両が今日でも活躍

2010-03-13 | バス[九州本土]

 

「MAKIKYUのページ」では、先月MAKIKYUが乗車した日南線を走る観光特急「海幸山幸」号や、快速「日南マリーン」号に関する記事を取り上げましたが、MAKIKYUがこれらの列車を乗り継いで日南線の終点・志布志に到達した後は、来た道をそのまま戻るのも…という事で、鹿児島交通グループの路線バスを利用したものでした。

志布志はかつて日南線の他に鹿屋・垂水を経て国分に至る大隅線と、都城へ抜ける志布志線との3線が発着する要衝だった事でも知られていますが、この両線は共に国鉄末期の分割民営化直前に廃止され、第3セクター鉄道への転換も実現せずに路線バス代替となっています。

この大隅・志布志両線の代替バスは、鹿児島交通グループ(近年のグループ再編で、大隅半島内を運行するバスは、大隅交通ネットワークなどの子会社が運行を担っています)が運行しており、大隅では代替バス以外の既存路線バスと合わせ、現在では同グループがその大半を占める状況になっています。

その中でも志布志~鹿屋~垂水間の大隅線代替バスと、垂水~鴨池(鹿児島市内)のフェリーを乗り継ぐルートは、志布志~鹿児島市内間を公共交通機関で移動する際には最も一般的で、運行本数も土地柄の割には至便(志布志~鹿屋間で毎時1本程度、鹿屋~垂水間と垂水~鴨池間は毎時2本程度かそれ以上)ですので、MAKIKYUも過去に利用した事がありますので、先月の訪問時にはそれ以外のルートを使ってみようと思っていたものでした。

MAKIKYUが志布志を訪れた際には、比較的至便な大隅線代替バスは勿論、丁度良い時間に運行する便があったのですが、それ以外に国分を経て鹿児島空港へ至るバスと、県境を跨いで都城へ至る志布志線代替バスの2路線も丁度良い時間にありましたので、比較的便数が少なく乗り難い志布志線代替バスに乗車したものでした。

志布志線代替バスは高校生の通学が主な任務となっている様で、運行ダイヤも主に通学時間帯に合わせた運行となっている様に見受けられ、MAKIKYUが乗車した際には一部区間で高校生が多数乗車した他は乗客の姿もまばら、都城手前で県境を越える時には車内も閑散とした状況でしたので、旅行者にとって利用し難いダイヤも止む無しといった感があり、よくこんな所に国鉄分割民営化直前まで鉄道が走っていたと感心してしまう程でした。

そのため比較的開けた印象がある鹿屋などを通り、その気になれば鉄道存続も可能だったのでは…と感じてしまう大隅線代替バス沿線に比べると、沿線は随分長閑な印象を受けたものでしたが、起伏のある台地を走る志布志線代替バスは車窓の変化に富み、一部で大型バスが通行するには比較的道幅が狭い所を走り、サイクリングロードに転用された旧志布志線跡と並行する区間を走るなど、片道1時間半程度の乗車時間も飽きる事無いものでした。

しかも鹿児島交通グループの賃率が低く抑えられている事もあって、運賃表には初乗り運賃の「130」が幾つも並ぶ姿が見られ、旧志布志線に相当する志布志~西都城間を乗車して980円、終点の都城まで乗り通しても1030円と、MAKIKYUが利用したRapicaなどのICカード乗車券を利用すれば、全線を乗り通しても実質1000円以下(Rapicaなどを利用する場合、1000円入金した場合に1100円分チャージされます)という、乗車時間や距離の割に割安な運賃設定も評価できるものです。

また使用車両も、MAKIKYUが乗車したバスは鹿児島交通グループでは数少ない宮崎ナンバーの車両で、見た目は他の鹿児島交通グループで活躍する車両と大差ないものの、写真のAEROSTAR Mは専ら志布志線代替バスに充当されている様です。

AEROSTAR Mは製造年月が長く、最後期の平成8年(1996年)製ともなれば排ガス規制によって古参車両が使用できない大都市圏でも走っていた車両である上に、写真の志布志線代替バス充当車両に限らず、鹿児島では一般的な仕様ともいえる黒い引き違い窓に4枚折戸の中扉、エアサスにハイバックシートという装備も、一般路線バスの中ではハイグレードな部類に入ります。

これに加え鹿児島交通グループの椰子の木を散りばめた装いも、車両をより近代的な印象に見せる雰囲気があり、見た目はさほど古さを感じさせず、むしろ首都圏で最近まで走っていたAEROSTAR Mよりも上等に見える程です。

しかしながらMAKIKYUが志布志線代替バスで乗車した車両の製造は昭和62年(1987年)と、製造から既に20年以上を経過した古参車で、鉄道廃止→志布志線代替バス運行当初から今日までずっと走り続けている事になり、鹿児島交通グループでも鹿児島市内を中心に大量に導入している大都市圏からの中古車導入などで、いつ代替されても不思議ではないのが現状です。

大隅半島ではこの車両に限らず、同レベルの車両がゴロゴロしており、大型路線車の古参車両が好きなMAKIKYUとしては、この様な車両に当たるのは大歓迎ですので、志布志線代替バスへの乗車は路線・車両の両面で非常に満足感を感じるものでした。

大隅半島内を走る鹿児島交通グループの路線バスは、志布志線代替バスに限らずとも趣味的に興味深く、珍車の部類に入る車両の活躍なども見られますので、志布志周辺を訪問する機会がありましたら、日南線乗車と共に、鹿児島交通グループの路線バス乗車も検討してみては如何でしょうか?


JR九州・日南線塗装の快速「日南マリーン」号~快速の表示は一体何処に…

2010-03-08 | 鉄道[九州・JR]

  

先日「MAKIKYUのページ」では宮崎県のJR日南線を走る特急「海幸山幸」号に関する記事を取り上げましたが、MAKIKYUが先月「海幸山幸」号を南郷駅で下車した後は、1時間後の下り列車でもある快速「日南マリーン」号に乗車し、県境を越えて鹿児島県に入った終点の志布志(Shibushi)を目指したものでした。

快速「日南マリーン」号は、不定期運転の観光特急「海幸山幸」号と、宮崎空港アクセス関連の列車を除くと、日南線で唯一愛称名が付いた列車にもなっており、日南線定期列車の中では花形的存在と言えます。

運転区間がMAKIKYUが先月乗車した下り列車は宮崎→志布志で、日南線全区間を走破するものの、上り列車は南郷→宮崎(南郷以遠からの接続なし)と、現行ダイヤでは上下列車で運転区間が異なります。

下り列車のみが走る南郷以遠でも幾つかの通過駅が設定されており、上下列車が走る宮崎~南郷間でも、上下列車の停車パターンが異なると共に、下り列車のみ停車する駅が幾つもあるのも特徴と言えます。

時刻表を見るだけでは、日南線の花形的存在とはいえ、使用車両は他の普通列車と同じキハ40系列の一般型気動車が使用され、ワンマン運転を行っており、それどころかMAKIKYUが乗車した列車は1両での運行でしたので、実態は1ローカル列車と言っても過言ではありません。

MAKIKYUが乗車した際には、日南線を走るキハ40系列の中でも、ロゴや英文字が散りばめられ、黄色1色の派手な装いとなった日南線塗装の車両に当たり、見た目は如何にもJR九州らしい雰囲気を放っていますが、両運転台形のキハ40形で数両だけ存在するこの車両への遭遇頻度はさほど高くないですので、少々幸運に感じたものです。

しかしながら車内は趣向を凝らした日南線観光特急「海幸山幸」号や、同じキハ40系列ながらも内装を大きく変えた「はやとの風」「いさぶろう・しんぺい」などとは異なり、他の九州内を走る一般型キハ40形と変わりません。
(車内の写真は日南線用の車両ではありませんが、JR九州で使用している同形態のキハ40形です)

JR九州らしい市松模様となった座席モケットを除くと、冷房装置取り付けとエンジン換装以外は典型的な国鉄型車両の雰囲気を保っていますので、汽車旅ムードを楽しむには絶好と捉える向きもあるかと思いますが、グレードは決して高いとは言えず、宮崎~志布志間乗り通しともなれば…と感じてしまう方も少なくないと思います。
(一時期日南線にはもう少しグレードの高い一般型気動車も走っており、MAKIKYUも乗車した事があるのですが、現在非電化区間の定期列車はキハ40系列に統一されています)

また乗車した際に気になったのが、列車の行先・種別案内で、塗装以外はさほど手が入れられていない車両だけあり、前面貫通路上部の種別幕に種別を表示し、側面に行先を示すサボが掲げられる国鉄型気動車の典型的形態で、快速「日南マリーン」号ではヘッドマークの掲出などもありませんので、見た目は普通列車と代わり映えしない典型的なローカル列車になっています。
(以前は専用のヘッドマーク掲出なども行われていた様ですが…)

それだけならまだ良いのですが、前面種別幕を白幕(無表示)としており、側面サボも「宮崎→志布志→油津」と書かれたサボが差し込まれているだけですので、MAKIKYUが乗車したのは通過駅が存在する快速列車であるにも関わらず、「日南マリーン」号の列車愛称名はおろか、快速の種別表示すら何処にも見当たらない状況でした。

まして列車はワンマン運転で、停車駅の大半も無人駅という状況ですので、駅での案内にも期待できず、日南線は列車本数自体が少なく誤乗の恐れは少ないとはいえ、乗り込んだ車内のワンマン放送で初めて快速列車である事に気付く乗客もいるのでは…と感じたものです。

「日南マリーン」号は通過駅も少なく(特に下り列車)、所要時間も普通列車と大差ないだけに、いっそのこと列車設定を取り止めて普通列車に格下げする事で、多くの利用は見込めないとはいえ通過駅の利便性確保に努めるのも一つの方法かと思います。

ただ快速としての運転を続けるのであれば、JRでは北海道などに小駅を通過する普通列車もありますので、「日南マリーン」号もそれと同じ考えで運行しているのかもしれませんが、せめて前面種別幕か側面サボのどちらかに「快速」種別位は表示して欲しいと感じたものでした。


JR九州・特急「海幸山幸」号(乗車編)

2010-03-06 | 鉄道[九州・JR]

「MAKIKYUのページ」では、先月MAKIKYUが乗車したJR九州・日南線の特急「海幸山幸」号で用いられているキハ125形400番台の様子を、2回に分けて取り上げましたが、今日はその続編として「海幸山幸」号に乗車した際の、車両以外の写真などを「乗車編」として取り上げたいと思います。

特急「海幸山幸」号は起点こそ宮崎駅で、南宮崎までの1駅間は日豊本線を走りますが、その後終点の南郷までは日南線を走り、南宮崎~田吉の1駅間のみ宮崎空港アクセスの関係もあって電化されていますが、以遠は終点志布志までずっと非電化区間が続き、全線が単線区間という典型的なローカル線です。

非電化区間は宮崎近郊の青島辺りでも、列車本数は毎時1本もない状況で、青島や折生迫(Oryuzako)などと南宮崎・宮崎駅間の移動は、運賃や所要時間を別として、運行頻度だけなら併走する宮崎交通の路線バスに軍配が上がる程です。

非電化区間の運行列車も不定期列車の特急「海幸山幸」号を除くと、1往復の快速「日南マリーン」号以外は普通列車のみ、快速や普通列車も1~2両でのワンマン列車が大半を占めています。

 
こんな路線ですので、特急列車が走る路線らしくないといっても過言ではなく、当然ながら沿線も鄙びた雰囲気が漂っていますが、幾つもの駅構内などで見かける椰子の木などは、如何にも南国の鉄路に乗車している事を実感するものです。

また日南線は比較的海に近い所を走る区間が多いにも関わらず、車窓からオーシャンビューが楽しめる区間は限られ、特急「海幸山幸」号の運転区間では青島を過ぎた内海周辺と、油津を過ぎて南郷へ向かう区間で見られる程度(それ以外でも志布志手前で見られる位です)です。

「海幸山幸」号はこの区間で徐行や一時停止を行い、観光列車らしい配慮と言えますが、「鬼の洗濯岩」とも呼ばれる内海周辺での一時停車は、春のダイヤ改正で下り列車だけでなく、上り列車にも拡大される程です。


MAKIKYUが乗車した日には天候にも恵まれ、「鬼の洗濯岩」の絶景が楽しめると共に、ここで客室乗務員による案内と共に「海幸山幸」号のBGM(CDを車内でも販売)まで入るなど、演出が良く出来ていると感心したものでした。


それとMAKIKYUが乗車した「海幸山幸」号では、記念撮影タイムも兼ねた青島駅での長めの停車(お陰で反対ホームから列車の撮影が出来た程です)や北郷駅でのマスコットキャラクターによる出迎えをはじめ、野球球団のキャンプ開催にあわせ、車内で運玉による抽選を行い、当たり玉を引くと野球グッズを配る期間限定イベント(MAKIKYUは残念ながらハズレでした)もあり、JR九州の観光列車に対する意気込みの一端を感じたものでした。


過半数の乗客が下車する途中の飫肥(Obi)駅では、下り列車は10分程の停車時間が確保され、飫肥以遠まで乗車する乗客も、駅構内での物産販売に立ち寄る事が出来るように配慮されているのも、観光列車らしいといえます。

ただ相次ぐ一時停車や徐行運転、長い停車時間のお陰で宮崎~南郷間の約55kmを1時間半以上要しており、「海幸山幸」号は車両だけでなく、運行ダイヤも特急らしかなる有様で、運転距離の割には長時間乗車となります。

とはいえ趣向を凝らした車両に様々なイベントを盛り込むなど、特に列車好きでなくても乗り飽きない列車といえ、南郷まででなく日南線終点の志布志まで延長運転する(現行設備・ダイヤでは難ありです)など、MAKIKYUとしてはもっと乗っていても…と感じる程でした。

 
そして終点の南郷駅に到着すると、南郷駅は委託駅員が在勤しているものの、交換設備すらない特急発着駅らしかなる小規模な駅だけあり、車両留置の関係で下り列車は南郷到着後、2つ宮崎寄りの油津に引き上げ(上り列車も留置場所の油津から回送)ます。

日南線はただでさえ運転本数が少ない上に、下り「海幸山幸」号は南郷駅一つ手前の大堂津(運転停車のみでドア扱いなし)で反対方向の列車と行き違いとなり、「海幸山幸」号の南郷到着後上り列車の到着までは2時間程間隔が空きます。

日南・飫肥観光と共に「海幸山幸」号の全区間乗車を楽しみたいと考える乗客も決して少なくないと思いますので、この回送も営業扱いにすれば…と感じてしまったものです。
(ただ南郷~油津・飫肥方面へは毎時1本程度ですが、宮崎交通のバス便もありますので、列車の運転間隔が開く時はバス利用も検討価値があると思います)


また「海幸山幸」号を終点の南郷駅を降りると、駅前では地元観光バス会社による南郷周回観光のマイクロバスが待ち受けており、観光で駅を拠点に短時間で動き回るのは困難な南郷の街中に点在する名所や飲食店などを、容易に廻れるようになっています。

地方での列車旅の難点ともいえる目的地到着後の手段を、「海幸山幸」号運転日の列車到着にあわせ、乗り放題500円という比較的安価な運賃で確保しているのは評価すべき点で、時間があればこのバスで南郷観光も…と感じたものでしたが、MAKIKYUが「海幸山幸」号に乗車した際はその後の予定などもあり、1時間後の下り快速列車に乗車する必要があり、南郷観光を堪能できなかったのは少々残念なものでした。

それと南郷周回観光バスと共に、駅前には丁度宮崎~南郷間を、「海幸山幸」号運転日に運行している宮崎交通の観光路線バス「にちなん号」も姿を現し、レトロ調の外観に「海幸山幸」号の兄弟分といった雰囲気の装いは、見ているだけでも大いに観光気分を盛り上げるものです。


「にちなん号」の運賃は1乗車2000円と決して割安ではありません(ただ宮崎~日南間の宮崎交通路線バスも、区間によって運賃が若干異なるものの、宮崎駅~油津駅間で1800円以上になりますので、路線バスの運賃相場を考えると決して割高な運賃設定ではありません)が、JR九州が設定している「海幸山幸観光きっぷ」(指定席用の宮崎~南郷間往復で2800円)では、片道分を「海幸山幸」号や日南線普通列車の代わりに、「にちなん号」を利用する事も可能です。

また「にちなん号」は日南線が北郷経由の山沿いルートを走る区間で、海沿いのルートを取り、鵜都神宮などでの下車観光も設定されていますので、宮崎を拠点に日南・南郷観光を楽しむ場合に、往復で趣向の異なる経路や手段を選択できますので、MAKIKYUはこのバスにも乗車していませんが、「海幸山幸観光きっぷ」を使う機会があるならば、是非片道は「にちなん号」を利用したいものです。

あと南郷は「観光で駅を拠点に短時間で動き回るのは困難」だけあって、列車待ち時間が1時間程度という場合、街中に出向いて食事するのも難しく、駅周辺は飲食店の数なども限られてしまうのは残念ですが、駅から徒歩で5分もかからない所(駅前から油津方向に道なり)にはコンビニがあり、最低限の食料調達は可能です。


その途中には弁当屋(観光案内を兼ねた委託駅員の方から情報を頂きました)もあり、一応宮崎らしい食物といえるチキン南蛮弁当などが比較的安価(写真のミニ弁当は350円)で入手できますので、南郷駅で「海幸山幸」号を下車した後、1時間後の快速で志布志方面へ向かう際の列車待ち時間で食料を調達する場合には利用価値は大です。

「海幸山幸」号に乗車した感想としては、趣向を凝らした車両だけでなく、様々なイベントや接続バスの運行など、列車を走らせるだけに終わらない辺りは、様々な観光列車を走らせ、高い評価を得ているJR九州ならではと感じた反面、南郷駅で下り快速列車に乗り継ぐ際に発生する1時間程の中途半端な待ち時間は、「海幸山幸」号本来の列車設定目的である日南・南郷観光から見れば想定外の利用方法とはいえ、何とかならないかと感じたものでした。
(下り快速を見送り、その次の下り列車を利用すれば南郷観光も堪能できますが、本数が少なく南郷発16時台になりますので、日南線完乗の後に志布志からバスに乗り換える場合などは、行先次第では困難です)


JR九州・特急「海幸山幸」号車内の様子~座れれば快適なものの座席数は…

2010-03-04 | 鉄道[九州・JR]

先月「MAKIKYUのページ」でも取り上げたJR九州の特急「海幸山幸」号ですが、今日は同列車で用いられているキハ125形400番台の車内の様子を取り上げたいと思います。

MAKIKYUは残念ながら高千穂鉄道で「トロッコ神楽」号として活躍していた時代に乗車した事はありませんので、「海幸山幸」号用への改造前と現在の様子を比較する事は叶いませんが、外観に劣らず車内も随分手が入れられている様です。

運転席周りを見ると、最近のローカル気動車の典型と言える半室運転台などは、運転席脇にワンマン列車でお馴染みの運賃箱が設置されていないのが不思議に感じてしまう雰囲気すらありますが、JRで現在優等列車用として活躍する車両では他に類がなく、元が第3セクター鉄道の車両ならではと言えます。
(過去の事例であれば、急行ながら北海道の「礼文」号で用いられたキハ54形などがありますが…)

 
「山幸」の南郷方と「海幸」の宮崎方(各方面行きで先頭になる部分)には、次停車駅表示装置も取り付けられており、逆側は某デザイナーが手がけた列車では御馴染みともいえる暖簾が設置されています。

次停車駅表示装置は各停車駅が並べられている中で該当1駅部分が点灯するだけの単純なモノで、これならLEDによる文字表示装置かLCDモニターでも設置した方が良いのでは…と感じてしまったものです。

客室は木材を多用した内装や随所に見られるロゴ・英文字、フリースペースや物品陳列棚の設定など、最近JR九州をはじめ、幾つかの鉄道会社で某デザイナーが最近改装した車両で良く見られる特徴の典型で、「海幸山幸」では「山幸」「海幸」の2両それぞれで車内座席モケットなどの色彩を異なるもの(赤系/青系)としているのも特徴です。

  
キハ125形400番台は車体幅が狭い事もあって、普通車にも関わらず座席を横2+1列の配置(日南線では2人掛けが海側)としているのも特徴で、座席自体は特急普通車の標準レベルとはいえ、座れればかなり快適なものです。

しかしながらこの座席配置に加え、車内随所にフリースペースなどを設け、その上「山幸」には車椅子対応型トイレまで設置したお陰で、2両合わせても座席は51席しかなく、運行当初の指定席1両・自由席1両では指定席がなかなか取れない状況となった程です。

そのため急遽指定席を増やした結果、今度は自由席が僅か9席しかない異例の事態になると共に、同一号車内に指定/自由席が混在する事になったため、背もたれのカバーは「指定席」「自由席」と印刷されたものを用いる状況です。

それでも指定席は相変わらず確保し難い状況が続いており、宮崎地区の駅では1ヶ月先までの「海幸山幸」運行日の空席状況を記したボードを見かけた程ですが、これもMAKIKYUが見た際には殆どが残席数0か1桁という状況でした。

MAKIKYUも乗車希望日が当初満席だったものの、後にキャンセル(或いは乗車変更)が発生して僅かに空席が発生し、急遽手配に動いて宮崎へ出向く事が確定した程でした。

また車内は「海幸」「山幸」の2両共に南郷方にフリースペースを確保しており、山側はロングシート形態の座席(定員外)を設置し、座席の形態が2両それぞれで異なる辺りはデザイナーの遊び心も感じられます。

  
しかしながら実態は僅か9席しかない自由席に座れなかった自由席利用者(大半は敢えて自由席を利用しているのではなく、指定席が確保できずに止む無く自由席を利用しているかと思います)の着席場所になっているのは皮肉なものです。

「海幸山幸」号の自由席特急料金は比較的割安とはいえ、特別料金を払って乗車する優等列車の座席にしては…と感じるもので、これなら車両をもう1両増やせれば最も理想的ですが、種車の経緯などを踏まえると、同種車両を増やすのは叶わない話です。

「海幸山幸」号の盛況振りが今後も続くのであれば、座席の横4列化によるグレードダウンは論外として、物理的に併結可能なキハ125形などの一般型気動車改造によってもう1両増結するのも1つの方法として考えられます。

とはいえこれも列車のネーミングや雰囲気の面では課題が残りますので、サービスカウンターを設置している「山幸」の方は厳しいにしろ、「海幸」の南郷方にあるフリースペース(陳列棚&ロングシート)をリクライニングシートに変更し、若干ながらも座席定員数を増やしても…と感じたものです。

「海幸山幸」は様々な面で異色ずくめの特急列車になっており、座席数が少ない難点はあるものの、わざわざ遠く日南線まで出向いて乗車するだけの甲斐があったと感じたもので、日南線の活性化にも大きく貢献するものと思います。

MAKIKYUも宮崎を訪問する機会があれば再び乗車しても…と思いますが、今後もほぼ現状維持で推移するのか、大きな動きが生じてくるのかも気になる所です。


ひたちなか海浜鉄道・「222」記念列車となったキハ222号

2010-03-02 | 鉄道[北関東]

  

MAKIKYUが先月下旬に大洗へ出向いた際には、大洗町に隣接するひたちなか市内を走る単線非電化のローカル私鉄・ひたちなか海浜鉄道にも乗車する機会がありました。

ひたちなか海浜鉄道は近年茨城交通の鉄道部門が分離して発足した鉄道で、新旧様々な車両が活躍する事でも知られており、ラッシュ時などは他ではなかなか見られない新旧気動車の併結運転が行われている事でも知られています。

また近年になって旧型車両を昔の国鉄で用いていた装いに塗り替えたり、三木鉄道で使用していたレールバスの導入を行うなどの動きも見られ、趣味的には平凡な印象が否めなかった新型車両(導入からもう10年程度は経過していますが…)も最近になって茨城交通塗装→公募で決定した独自の新塗装に塗り替えるなど、車両の彩りは更に豊かなものとなっています。

設備面でも金上駅で交換設備の増設工事が行われるなど、今後の展開が楽しみで、体制発足後の動きが大きく、小規模ながらも目が離せない鉄道の一つですが、先日乗車した際にはひたちなか海浜鉄道でも目玉的存在と言え、旧型気動車の1両であるキハ222号に当たったものでした。

MAKIKYUは昔の国鉄塗装になってからは初めての乗車とはいえ、以前茨城交通塗装だった頃の同形には乗車した事があり、数年前まで県内の鹿島鉄道が走っていた頃はこちらの旧型(営業車両で日本一古い気動車も含まれていました)に比べれば…と感じた程でしたが、それでも車内の製造プレートには昭和37年(1962年)製とあり、もうすぐ車齢50年に達しますので、相当な古豪車両と言えます。

今時の関東地方では珍しい非冷房車で床は板張り、非力なエンジン音を奏でて走る様は独特で、非冷房車という事が災いして夏場は運用頻度が極端に低下し、それ以外の時期でも稼働率は余り高くない様ですので、乗り難い車両の一つにもなっています。

またキハ222号は元々北海道の羽幌炭礦鉄道が、国鉄キハ22形とほぼ同等の車両を導入したものが、路線廃止と共に茨城交通へ転入→ひたちなか海浜鉄道へ引継という経歴を持っていますが、酷寒地用旧型気動車の代表格も言えるキハ22形自体も、今や現役で稼動している車両は存在しませんので、この点でも非常に貴重な存在と言えます。

ちなみに先日ひたちなか海浜鉄道に乗車した際は、その後フェリーで北海道へ帰る知人を案内していたのですが、平日でHPでの運用情報の公開もなく、どの車両に当たるかは運次第と思っていただけに、かつて北海道で活躍した車両に巡り遭えたという点でも、ひたちなか海浜鉄道に乗車して良かったと感じたものでした。

ところでこのキハ222号ですが、比較的最近までやはり羽幌から移籍した同形車両がひたちなか海浜鉄道で活躍していたのですが、さすがにかなりの老朽車である上に、今時関東地方では珍しい非冷房車という事もあって、現在は221号と223号は代替車両導入などによって引退しており、222号1両のみの存在となっています。

現在222号だけが残存しているのは、車両の状態や検査期限などが関係して
いると思いますが、先日乗車した際には2が並ぶ「平成22年2月22日」を記念した記念列車として運転されており、この車号が様々なイベントなどに抜擢するのにも好都合なので敢えて1両だけ残しているのでは…とも感じてしまったものです。

222号の車号を生かして、この古参気動車を記念列車として仕立てる辺りは良く考えたと感心したものですが、MAKIKYUはもう一つの北海道からの移籍車両である元留萠鉄道のキハ2000形は、何度かの茨城交通~ひたちなか海浜鉄道訪問時にいつも那珂湊駅構内に留置されており、まだ乗車した事がないだけに、次回以降の訪問時には是非こちらも…と感じたものでした。