中日新聞の「くらしの作文」に「鮑」というタイトルで、72歳の男性が投稿されていました。
伊豆の宿は、海辺にあった。
夕食の部屋に案内されると、海の幸の膳が並んでいる。
膳の傍には、鮑(あわび)が添えられていた。
どうやら残酷焼きとか地獄焼きとかいう料理のようだ。
ご婦人方は「キャーかわいそう」とか言っている。
係の人が、ライターを持ってやってきたが「もう少し後で」と着火を断った。
目の前の鮑の運命は、私にあった。
焼けばそれまでのことだが、膳の前に座った時から食べる選択肢はなく、何の迷いもない。
海へ帰そう。
鮑をお手拭きに包み、何食わぬ顔で部屋へ戻った。
窓を開けると、雨の海は漆黒だが、窓下から波音が聞こえた。
宿の明かりに照らされ、波立つ浅瀬が広がっている。
浴衣の袖をまくし上げ、鮑を思いっきり遠くへ投げると、放物線を描いて海へ落ちた。
席へ戻れば、隣のご婦人が「あちち」とか言いながら、鮑を小皿に移して食べ始めていた。
夜も更けて、波打ち際の露天風呂に入った。
海は荒れ、波しぶきが飛んでくる。
野趣満点の入浴となったのはいいが、荒れた海へ放した鮑が心配になってきた。
すっかり親心だ。
「きっと、鮑の恩返しがあるよ」と言われたが、今のところ何もない。
以上です。
かみさんが「くらしの作文読んだ」と訊いてきました。
「まだ読んでいない」と言ったら「このおじさん自己満足もいい加減にしなきゃ」と怒っていました。
「鮑を海へ放って、どうするの。死んでしまうじゃないの。鮑は岩に張り付いて生きているのに」と言いました。
「そうなんだ、鮑は岩に張り付いて生きているんだ。海に放ったら死んでしまうんだ、それも荒れた海に」。
鮑を助けようと思ったら、岩に置かなければいけなかったんだと思いました。
投稿者さんは「きっと、鮑の恩返しがあるよ」と言われたようですが、鮑の恩返しは期待できそうもないと思います。
本間千代子さんも可愛かったし、舟木さんの頭のカットも流行ったし。
君たちがいて僕がいた 本間千代子・舟木一夫 Honma Chiyoko・Funaki Kazuo