5月13日、イスタンブール八日目朝一番でアヤソフィア博物館に行きました。
久し振りに朝食の写真を撮りました。
ホテルからゆっくり歩き、8時45分頃着くと30人ほどが入場を待っていました。25TL。
アヤソフィア博物館
アヤソフィア博物館の南にあるアフメット3世の泉 アヤソフィアの壁 入り口の前の堀
さて、珠玉としか言いようのない美しいモザイクの数々をご紹介しましょう。
「聖母マリアの手形」と言われ、親指を穴に入れて回すと幸福になると言われています。全く待つことなく撮影できました。
アジア系の父子のシャッターを押してあげたので、私のも撮ってやると言われ、この旅で、唯一私の写真を撮りました。
でも、これは私のでありません。
アヤソフィアはいわばトルコの歴史を体現しているような建物と言えそうです。
元々は、ギリシャ正教の大本山でした。
その後、1453年オスマントルコ軍がコンスタンティノープルを陥落させ、イスラム寺院となりました。
イスラームは破壊するより、再利用の方が安上がりだし、有効だと考えたのでしょう。
イスラームは偶像崇拝を禁止します。
元々、ユダヤ教もキリスト教も偶像崇拝を禁止していたのですが、
キリスト教は、その大衆普及のためにキリスト像やマリア像、様々なエピソードの絵解絵画をどんどん作りました。
イスラームは、キリスト教のそうした偶像を破壊しないで、漆喰で塗りつぶしただけでした。
そのイスラームの偉大さの一つの現れが今こうして私たちの前に現れています。
20世紀になって、壁の中に当初の色鮮やかさを奇跡的に残してるたくさんのモザイク画が発見されました。
現代トルコの建国の父・初代大統領アタチュルクさんは偉い人で、ここを博物館として一般公開することにしたのです。
しかも、写真撮影だってOKです。
さて、入り口を入って左に二階に行く階段があります。これまでが序盤に過ぎないかのようなモザイクがあります。
これは、上の写真の右下にある、予想画です。 こうすると絵の大きさがわかります。
おそらく壁にもっとたくさんの絵があったのでしょう。
これは、破壊されて新たに描かれたものでしょう。
これは、売り物です。 廊下にあるものです。
これは、出口の上にあります。
出口にある水飲み場 泉・手足を洗う所
アヤソフィアの中で、イスラムの書道=カリグラフィ展が行われていました。
書道と言うより、絵画・アートという感じです。
たっぷり1時間半見学しました。外に出ると、混み始めていました。
その後、地下宮殿に行きました。10TL。
元々は、地下の巨大な貯水池で、縦140m、横70m、高さ8mの広大なものです。
この施設は、入り口(左)と出口(右)が全く別の所にあるのもおもしろいです。
宮殿の奥にメデューサの首が二体あります。
この出口には、巧みな日本語で話しかける人がいますが、無視した方が良いようです。
その後、ブルーモスクに行きました。ブルーモスク、アヤソフィアは300メートルほど離れているのですが、どちらも美しいです。
一階の部分は、体を清める所です。
しかし、モスク内に入る人が長蛇の列を作っていたので、この見学は明日にしようと思いました。こちらはアヤソフィア
ぶらぶらホテルまで歩いて戻ることにしました。
イラン総領事館 イスタンブール高校
ホジャ・カスム・ギュナニ・ジャーミィ リュステム・パシャ進学校
ジャーミィ イスタンブール県庁
途中でサバサンドを買って、ホテルで食べ、しばらく休憩しました。
さてどうしようとガイドブックを紐解くと、音楽隊のコンサートが3時からあるとのことなので軍事博物館に行くことにしました。
軍事博物館
トラムヴァイT1号線の始発駅・カバタシュへ、そこからタクスィムまではフィニクラで一駅、
タクシィムから地下鉄2号線で一つ目・オスマンベイ駅から歩いて5分の所にあります。
フィニクラとは、イタリアの歌でも有名な「フニクラ、フィニクラ」、ケーブルカーです。
博物館の展示もとても豊富ですが、音楽隊コンサートは素敵を通り越して素晴らしいの一言です。
モーツアルトのトルコ行進曲は、軽快なメロディですが、
独特な笛と太鼓のトルコ軍行進曲はどこか哀愁を帯びていて、勇猛です。
皆さんもお耳にしたことがあると思いますが、お聞きになりたい時は、次のピンクのトルコ軍行進をクリックするとYouTubeで聞くことができます。
トルコ軍行進曲
入場料は4TL、カメラ持ち込み代が8TLですが、60TLを出してもいいのではないでしょうか。
イスタンブールの観光名所はたくさんありますが、この音楽隊コンサートはその一、二にあげてもいいと私は思います。
10万を超えるオスマントルコ軍は、難攻不落・鉄壁のコンスタンチノープルを攻め落とすとき、
この楽隊の独特のメロディに導かれて進軍したと言います。
守る側は、絨毯のようなトルコ軍の映像と、耳には勇猛な音楽に、戦慄を覚えたに違いありません。
私も、鳥肌が立つほどの鮮烈さでした。
キリスト教徒側は、コンスタンチノープルは海側からの攻撃には難攻不落で、金角湾を鎖で封鎖し、船が入れないようにしていました。
何と、オスマントルコ軍は、オイルを塗った丸太をトロッコにして船の山越えをして、
金角湾の鎖の背後に侵入し、そこから艦砲射撃をしたそうです。
カルタゴ・ハンニバルのアルプス越え、マケドニアのアレキサンダー大王、ローマのカエサルと軍事的天才は、
我々が想像を絶する思わぬことをするものです。
私は、この軍事博物館に行こうとは全く思っていませんでした。
ブルーモスクが日曜で混んでいてキャンセルして、どうしようかなと、ふと思い立ったのでした。
どうしてガイドブックなどで大きく取り上げないのかなぁ、と不思議です。
午後3時からという限られた時間ですが、カメラなしなら4TL(200円)でこの感激が味わえるのに、です。
来た道順を逆に戻り、エミノニュのバスターミナルでイスタンブール・カルト(日本のスイカ)を解約(デポジットを払い戻し)し、
エジプシャン・バザールを覗いた後、歩いてホテルに戻りました。香辛料とスイーツの市場です。
イスタンブールも残すところ後一日、明日は一日グランドバザールをうろちょろする予定です。 【5月13日終わり】
久し振りに朝食の写真を撮りました。
ホテルからゆっくり歩き、8時45分頃着くと30人ほどが入場を待っていました。25TL。
アヤソフィア博物館
アヤソフィア博物館の南にあるアフメット3世の泉 アヤソフィアの壁 入り口の前の堀
さて、珠玉としか言いようのない美しいモザイクの数々をご紹介しましょう。
「聖母マリアの手形」と言われ、親指を穴に入れて回すと幸福になると言われています。全く待つことなく撮影できました。
アジア系の父子のシャッターを押してあげたので、私のも撮ってやると言われ、この旅で、唯一私の写真を撮りました。
でも、これは私のでありません。
アヤソフィアはいわばトルコの歴史を体現しているような建物と言えそうです。
元々は、ギリシャ正教の大本山でした。
その後、1453年オスマントルコ軍がコンスタンティノープルを陥落させ、イスラム寺院となりました。
イスラームは破壊するより、再利用の方が安上がりだし、有効だと考えたのでしょう。
イスラームは偶像崇拝を禁止します。
元々、ユダヤ教もキリスト教も偶像崇拝を禁止していたのですが、
キリスト教は、その大衆普及のためにキリスト像やマリア像、様々なエピソードの絵解絵画をどんどん作りました。
イスラームは、キリスト教のそうした偶像を破壊しないで、漆喰で塗りつぶしただけでした。
そのイスラームの偉大さの一つの現れが今こうして私たちの前に現れています。
20世紀になって、壁の中に当初の色鮮やかさを奇跡的に残してるたくさんのモザイク画が発見されました。
現代トルコの建国の父・初代大統領アタチュルクさんは偉い人で、ここを博物館として一般公開することにしたのです。
しかも、写真撮影だってOKです。
さて、入り口を入って左に二階に行く階段があります。これまでが序盤に過ぎないかのようなモザイクがあります。
これは、上の写真の右下にある、予想画です。 こうすると絵の大きさがわかります。
おそらく壁にもっとたくさんの絵があったのでしょう。
これは、破壊されて新たに描かれたものでしょう。
これは、売り物です。 廊下にあるものです。
これは、出口の上にあります。
出口にある水飲み場 泉・手足を洗う所
アヤソフィアの中で、イスラムの書道=カリグラフィ展が行われていました。
書道と言うより、絵画・アートという感じです。
たっぷり1時間半見学しました。外に出ると、混み始めていました。
その後、地下宮殿に行きました。10TL。
元々は、地下の巨大な貯水池で、縦140m、横70m、高さ8mの広大なものです。
この施設は、入り口(左)と出口(右)が全く別の所にあるのもおもしろいです。
宮殿の奥にメデューサの首が二体あります。
この出口には、巧みな日本語で話しかける人がいますが、無視した方が良いようです。
その後、ブルーモスクに行きました。ブルーモスク、アヤソフィアは300メートルほど離れているのですが、どちらも美しいです。
一階の部分は、体を清める所です。
しかし、モスク内に入る人が長蛇の列を作っていたので、この見学は明日にしようと思いました。こちらはアヤソフィア
ぶらぶらホテルまで歩いて戻ることにしました。
イラン総領事館 イスタンブール高校
ホジャ・カスム・ギュナニ・ジャーミィ リュステム・パシャ進学校
ジャーミィ イスタンブール県庁
途中でサバサンドを買って、ホテルで食べ、しばらく休憩しました。
さてどうしようとガイドブックを紐解くと、音楽隊のコンサートが3時からあるとのことなので軍事博物館に行くことにしました。
軍事博物館
トラムヴァイT1号線の始発駅・カバタシュへ、そこからタクスィムまではフィニクラで一駅、
タクシィムから地下鉄2号線で一つ目・オスマンベイ駅から歩いて5分の所にあります。
フィニクラとは、イタリアの歌でも有名な「フニクラ、フィニクラ」、ケーブルカーです。
博物館の展示もとても豊富ですが、音楽隊コンサートは素敵を通り越して素晴らしいの一言です。
モーツアルトのトルコ行進曲は、軽快なメロディですが、
独特な笛と太鼓のトルコ軍行進曲はどこか哀愁を帯びていて、勇猛です。
皆さんもお耳にしたことがあると思いますが、お聞きになりたい時は、次のピンクのトルコ軍行進をクリックするとYouTubeで聞くことができます。
トルコ軍行進曲
入場料は4TL、カメラ持ち込み代が8TLですが、60TLを出してもいいのではないでしょうか。
イスタンブールの観光名所はたくさんありますが、この音楽隊コンサートはその一、二にあげてもいいと私は思います。
10万を超えるオスマントルコ軍は、難攻不落・鉄壁のコンスタンチノープルを攻め落とすとき、
この楽隊の独特のメロディに導かれて進軍したと言います。
守る側は、絨毯のようなトルコ軍の映像と、耳には勇猛な音楽に、戦慄を覚えたに違いありません。
私も、鳥肌が立つほどの鮮烈さでした。
キリスト教徒側は、コンスタンチノープルは海側からの攻撃には難攻不落で、金角湾を鎖で封鎖し、船が入れないようにしていました。
何と、オスマントルコ軍は、オイルを塗った丸太をトロッコにして船の山越えをして、
金角湾の鎖の背後に侵入し、そこから艦砲射撃をしたそうです。
カルタゴ・ハンニバルのアルプス越え、マケドニアのアレキサンダー大王、ローマのカエサルと軍事的天才は、
我々が想像を絶する思わぬことをするものです。
私は、この軍事博物館に行こうとは全く思っていませんでした。
ブルーモスクが日曜で混んでいてキャンセルして、どうしようかなと、ふと思い立ったのでした。
どうしてガイドブックなどで大きく取り上げないのかなぁ、と不思議です。
午後3時からという限られた時間ですが、カメラなしなら4TL(200円)でこの感激が味わえるのに、です。
来た道順を逆に戻り、エミノニュのバスターミナルでイスタンブール・カルト(日本のスイカ)を解約(デポジットを払い戻し)し、
エジプシャン・バザールを覗いた後、歩いてホテルに戻りました。香辛料とスイーツの市場です。
イスタンブールも残すところ後一日、明日は一日グランドバザールをうろちょろする予定です。 【5月13日終わり】