ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

エンプティネスト

2008年11月28日 | 家族とわたし
ついさっき、同じ町に住む友人A子ちゃんにメールをして、エンプティネストのことを話しました。

エンプティネスト=空っぽになった巣

子供がひとりふたりと、進学や就職などで家から出て行き、親だけになった家のことを言います。

Tが大学の寮に入るのを手伝い、遠くヴァージニアまで荷物と一緒に送り届けた日の帰り道、
悲しくはない、安心しているのでもない、嬉しくもない、空しいのでもない、なんの色も無い風が胸の中をスウスウ素通りしているような気がしました。
家に戻り、Tの部屋に入ると、もう二度と昨日までの彼が戻って来ない、空っぽの巣がはっきり見えて、急に寂しくなりました。
翌日から3日間、まるでロボットのように彼の部屋を片付けまくりました(彼は焦って行ったので、部屋は滅茶苦茶でした)。
悲しくはないので泣いたりはしなかったけれど、なんとも言えない寂しさが消えるのに2週間かかりました。
事故や事件、そして病などが原因で、子供を亡くした親御さんのことを思いました。
性格や考え方がどうしても合わなくて、疎遠になったり絶縁になったりしている子供を持つ親御さんのことも考えました。

いつかはこんな日がやって来る。ずうっとそれを覚悟しながら育てました。
でも、実際にそれを経験するまで、それが本当にどんなものなのか知ったり感じたりはできません。
いつかは死ぬ日がやって来る。ずうっとそれを覚悟しながら生きていても、
実際にその日がやって来て、その瞬間までの1分1秒を過ごしながらでないと、死はどんなものなのか何も分かりません。
そうか、こんなもんか、と分かっても、それを人に伝えたりできないまま、自分なりに納得して逝くしかありません。

でも、できたらその瞬間を、なかなか楽しかったなあ、と思いながら迎えたいものです。
幸運にも、あんなに楽しかったことはない、などと懐かしみながらTの部屋を眺めることができたように。


今日の旦那の混乱は、もしかしたら男親版エンプティネスト症候群だったのかもしれないなあ……と、ふと思えてきました

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相方の悩みを聞きたくなくなった日

2008年11月28日 | 家族とわたし
ひとそれぞれ、いろいろあります。
分かっているつもりでも、ずっと一緒に暮らしている者だと、ちっちゃな事や言葉の積み重ねが重なり過ぎちゃって、
積み木のように、ある日突然、バチャン!と崩れてしまう時があります。

今日はそのバチャン!が起こった日でした。
あ~あ、また1段目から積んでいかないと……。
でも、1段目だけは、どんなふうにバチャンと崩れても、必ずそこに、いつものように、とても落ち着いた顔して残ってくれています。
だからまた積んでいけるし、積もうという気になれるんでしょうね。

男と女、または男同士、女同士、どんな組み合わせにせよ、他人と同じ家の中で何年も暮らすというのは冒険です。


息子達が大学に戻り、部屋の模様替え(戻し)をしました。
戻ってすぐに、とんでもない量のプロジェクトや試験があると言っていたので、勉強のお友にと思い、おかきやちょいと高価なチョコ菓子やバナナを買いました。
それを入れた大きな袋が、息子が寝ていた部屋の隅っこにドスンと残っていました。
やっぱり忘れたか……。
バナナとクロワッサンの大袋(巨大クロワッサン12個入り)はお二階にもらっていただきました。

大人が6人居ると、それなりにいろいろ不便だったりするけれど、にぎやかで楽しかったので、今日はガランとして寂しいです。
TとK、そしてJ子ちゃんとS君がキッチンで盛り上がっているところに、そぉっと混ぜてもらったら、
「あれ?なんでかあさんがここに居るん?」と、T&Kに思いっきり?マークをつけて聞かれてしまいました。
「え?あかんの?わたしがここに居たらあかんの?」と言うと、友人組が慌てて、「いえいえおかあさん、そんなことあるわけないじゃないですか~」と言ってくれました。
なので無理矢理混ぜてもらって、夜更かし&夜食&酒盛りなんかを、もう何年ぶりかも分からないくらい久しぶりにしました。
おでこにブツブツがいっぱいです

コメント (4)
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