ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

ガーシュインとオーディションとお別れと

2011年03月05日 | 音楽とわたし
パートナーのアルベルトをずっとずっと待たせていた、ガーシュインのピアノコンチェルト(2台ピアノ)の合わせ練習が、ついに始まってしまった。
今日のACMAの月例演奏会の前に、少し早めに会場に行って、そこでとにかく合わせてみることにした。
彼がこの曲をしたいと申し出てきた人なので、彼がソロパート、わたしがオーケストラパートを担当する。
アルベルトはガーシュインオタクで、ガーシュインの曲ならなんでも大好き。
もちろんそれだけではなくてバリバリ弾ける。
で、そのガーシュインオタクの相手になってから今回で三曲目なのだけど、「他のピアニストにも相手をしてって頼んでるんだけど、まうみしかウンと言ってくれないんだよね」とアルベルトは愚痴る。
ほんとはわたしだって、あんまり引き受けたくないんだよ~アルベルト。
曲に興味があるからついつい引き受けてしまうのだけど、彼はどちらかというとアンサンブルに適していないピアニスト。
音を聞くより弾く。相手に合わせるより合わせさせる。音が圧倒的に大きい。テンポがどんどん加速する。
なので、練習をするとヘトヘトに疲れてしまう。

特に今回は、指の故障もあるし、二週間後に控えているオーディションの練習もあるしで、合わせるけれども、テンポは遅め、音も弱めで弾かせて欲しいと、何回も何回も伝えてあった。
……のだけど……、

「まうみぃ~!遅いよぉ~!そんなのだめだよぉ~!ほらほらほらぁ~!もっともっと!
あかん……盛り上がりまくってしもてる……

次回は来週の日曜日。
「今度までにはテンポ上げといてね、ね、ね!練習練習っ!
やっぱオーディションが終わってから始めたらよかった……


今日のACMAの月例演奏会では、オーディションの日にどうしても都合がつかないので、代わりに今夜の舞台で演奏させて欲しい、と言ってきたグループがふたつあった。
そのひとつはヴァイオリンとピアノ。ブラームスのソナタで、二人ともとてもうまい演奏者だった。
あとのグループはピアノの連弾。このふたりもすごくうまいんだけど、なんというか、弾いているふたりの雰囲気が……こんなこと言うといけないのだけど、ナルシストの権化のようなおじさんに、舐めるように愛されている年下の愛人……みたいな感じで、これがなかなかに見ていて気持ちが悪いのだった。
演奏はほんとにうまいんだけど……。
でも、四人とも、強力なライバルになりそう。特にヴァイオリンとピアノで、フランクのソナタを演奏するわたしとサラにとっては……。
ヤバいなあ……。


演奏会の直前に、初めて会場にやって来た、昔はきっと大輪の花を咲かせていたであろう歌手の女性がやって来て、
「あなた、ピアノ弾けるわよね。ちょっとわたしの伴奏をしてみてくれないかしら」といきなりプロポーズされた。
で、ホールの上階にあるレッスン室の空いている所を見つけて、そこで数曲、いきなり伴奏させられた。
「まあ、初見がすごくできるのね。あなた、オーディションと5月の月例演奏会で、わたしの伴奏してくれないかしら?」
めちゃくちゃ積極的?!
「いや、あの、オーディションって……あと2週間しかありませんよ」と、たじたじとなって答えると、それがどうしたのかしら?という表情。
なので、こちらも少しはっきりとした態度を見せた方がいいと思い、「どんな場所のどんなサイズの舞台であれ、人に自分の演奏を聞いてもらおうと思うのなら、少なくとも三回以上はきちんと合わせた方がいいと思います。なので、今年のオーディションは見送って、来年のそれを目指された方がいいですよ」とはっきり言った。
結局、彼女が手当たり次第に都合を聞いたピアニストにすべて、今は忙しいので、という理由で断られ、またわたしの所に戻ってきた。
「もし6月まで待ってもらえるなら、月例演奏会の伴奏はできます」と答えると、少しは気持ちがおさまったようでこちらもホッとした。
ACMAは誰でももちろんウェルカムなのだけど、やっぱいろんな人がいるもんなあ。
本拠地が新しいビルディングに移ったら、いったいそれからどんな風になっていくんだろう。


会の後、超久しぶりにみんなと一緒に食事をして、それからあさこのアパートメントに寄った。
彼女が日本に送りたい楽譜の箱を受け取りに行くのと、帰ってしまうあさことちょっとでも一緒に時間を過ごしたいのと、その両方の理由で。
美味しいペパーミントティを飲みながら、帰郷前の最後の大プロジェクト、ピラテスのインストラクターの資格を取るべく、ただ今必死で人体解剖学を学んでいる(もちろん英語で)彼女に、六年前に同じことを学んだ旦那が、ふざけていろいろ質問をしたりしていじめる。
ピラテスは、呼吸法を活用しながら、主に体幹の深層筋(インナーマッスル)をゆるやかに鍛えるので、姿勢が良くなるし、動作の無駄が無くなる。
それが、体自体が楽器となる歌手の、体づくりに役立つのではないかと、あさこは考えたのだった。
すごいなああさこ!頑張れあさこ!

さて、その一方で、あさこが帰ってしまうのがとても寂しい旦那。
大丈夫、彼女はまた来るよ。きっと来る。それまでわたしで我慢しなさい。

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bとd

2011年03月05日 | 音楽とわたし
この冬、わたしのところに4人の新しい、まったくピアノを習ったことのない子供達が加わりました。
年令は5才から8才。男の子が2人と女の子が2人。
みんな違ってみんないい、のごとく、それぞれみんな、両親のお国柄(ペルー、イギリス、韓国)、本人自身の性格や癖、それから覚える能力も違います。

小さな子供が、いよいよ巨大なピアノの前に座り、鍵盤を見ずに楽譜上の音符を目で追いながらピアノを弾くことになった時の、その緊張たるや、大きな体ですっかり弾き慣れてしまったわたしなどには、想像もつかないほどに大変なものだろうと思います。
なので、できるだけ子供達の心に寄り添って、一週間に一音ずつでもいいから、音読みをして、音符を覚えていってくれるよう、祈るような気持ちで教えるのだけど、
たまに、どうしても、いくら本人が頑張っても、一旦は覚えた音が、スルスルと耳の穴から抜け出して、すっかり忘れてしまう子が出てきます。

アメリカの子供達は、音符をアルファベットで読みます。
なので、ラ=A,シ=B,ド=C,レ=D,ミ=E,ファ=F,ソ=G,になります。
どうしてラがAになるのか……それは多分、ピアノの鍵盤の最低音(左側)の音がラで、それから8音ごとに同じ音がくるので、読むのにキリがいいからだと思います。
ともかく、こちらでピアノを教え始める時、わたしはまずこの、アルファベットの音読みに苦労しました。
アルファベット音名はとりあえずドイツ音名とかなり近いのだけど、もちろん音が違います。
なので余計にこんがらがってしまい、最初のうちは頭の中で変換するのに間が空いて、それがけっこう恥ずかしかったりしました。
今ではドレミやアーベーツェーが出てこなくて、ついついアルファベットで言ってしまうのですが……。

さて、アメリカでの教師経験11年の中で、音符を覚えるのに最も長くかかった子がいます。
彼女は6才から始めました。
彼女のお兄ちゃんとお姉ちゃんがわたしの生徒で、レッスンの様子を赤ちゃんだった頃から見ていた子です。
なので、彼女の両親もわたしも、彼女は多分大丈夫だろう、と思っていました。
ところが、どうしたことか、いくら音符を覚えようとしても、たとえ一度は覚えられたとしても、なぜだか次の週には丸っきり忘れてしまうのです。
そういうことがけっこう長く続き、本人はもちろんのこと、周りの家族も、そしてわたしも、これは記憶力以外のところに問題があるのかもしれない、などと思い始めていました。
いろんな方法を試したり、レッスンの仕方を変えたり、一旦はピアノを弾くことを止め、ピアノ以外のことで音楽を教えたり、あれやこれやと話し合いながら、それでもとにかく、どんな形であれ、あきらめずに続けられるよう頑張っていたある日、
「まうみ、聞いて!わたし、音符が読めるよ!」
そう叫ぶように言いながら、わたしを彼女のピアノの所まで引っ張って行って、本のページをバンッと開き、スラスラと音符を読み始めた彼女。
「え?え?え?」
びっくりしながら、それでも嬉しくてたまらなくなり、彼女をギュッと抱きしめながら、「すごいすごい!」と叫んだわたし。
いったい何が起こったのか、さっぱりわからないわたしに、彼女の母親が見せてくれたのはなんと、コンピューターの教育用ゲームソフトなのでした。
その名も『MUSIC ACE』
その子にとってこのゲームソフトは救世主。
二年半もの暗いトンネルから、彼女をグイッと救い出してくれたのでした。


彼女の最長記録を破るような子供が、この先出てこないことを祈るばかり。
けれども、小さな子供にとって、音符の名前を覚えるということが、どれほど大変で特別なことか、それを体で教えてくれた彼女。
なので、初心者の子供がやって来ると、わたしはいつも気持ちを引き締めるのです。


4人の新人さんの中のひとり、韓国人のデイビッドくん、6才。
ピアノを習わせてもらえるようになったのが嬉しくて仕方がない、とても可愛らしい男の子です。
今彼は、初心者用のピアノ教本を使い、真ん中のドとレ、ドとシを習っています。
真ん中のドは覚えやすいのだけど、右手のレと左手のシが曲者です。
このふたつの音は見た目もよく似ていて、それをアルファベット読みした場合、DとB、小文字にするとdとbになり、もっとややこしくなってしまいます。
「デイビッド、このdとb、覚えるのに難しいよねえ。大丈夫かなあ」とわたしが言った時、
彼はちっちゃな拳をふたつ作り、アメリカンが「よくやった!」と言う時にする親指を突き出した形にして、にこにこしながら見せてくれました。

わたしの拳では全然可愛くないけれど、こんな感じ。


「え?なに?」と聞くと、
「ふふふ、こっちがbで、こっちがd。だから左手で弾くのがbで、右手で弾くのがd、でしょ?」とデイビッド。
「すごいすごい!これ、デイビッドのアイディア?」
「ううん、学校の音楽の先生が教えてくれたんだよ」
「すごいなあ~、その先生、天才だね~」
「ふふふ」
「わたしもこれからそう言って教えてもいいか、今度学校に行った時聞いてくれる」
「ふふふ、いいよ」

教師生活35年にして、まだまだ教えてもらっているわたしです



コメント (6)
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