gooブログはじめました!

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

石川英輔『大江戸リサイクル事情』その1

2011-09-16 07:19:00 | ノンジャンル
 深作欣二監督・共同脚本の'81年作品『魔界転生』をWOWOWで見ました。徳川への復讐で生き返った天草四郎が、やはり世に未練を残して死んだ細川ガラシャ、宮本武蔵らを生き返らせて、徳川側の柳生十兵衛と戦うというストーリーで、主演沢田研二で当時話題になった映画でしたが、安っぽい音楽にもかかわらず、緒方拳、千葉真一、若山富三郎、丹波哲郎、真田広之といった充実した助演陣と、ひたすらおどろおどろしさを追求した画面によって、結構楽しく見ることができました。

 さて、朝日新聞で紹介されていた、石川英輔さんの'97年刊行の文庫本『大江戸リサイクル事情』を読みました。江戸時代の生活スタイルについて述べられたノンフィクションです。
 現代の社会が、何千万年、何億年もの時間をかけて太陽エネルギーを蓄積した石油、石炭などの化石燃料を数年のうちに使って成り立っているのに対し、江戸時代の日本社会は直前の数年の太陽エネルギーを蓄積した植物をうまく利用して成り立っていたこと、つまり持続可能な生活スタイルであったことが、本書全編にわたって語られています。それは徹底した植物の利用により可能となったのであって、衣食住に必要な製品の大部分が植物でできていて、例外である鉱物製品も、石以外の金属や陶磁器は大量の植物性燃料、つまり炭や薪によって作られていたのでした。
 あるアメリカの学者の試算によると、地球環境を変えずに現在のアメリカ人の平均的生活を維持しようとすれば、地球人口の限度は2億人であるそうです。アメリカ人の平均エネルギー使用量は、一人当たり日本人のそれ約4000万kcalのざっと2.5倍だといいますから、日本人に換算すればその数は5億人になります。現在の地球全体の人口は約50億人ですから、全世界がアメリカ型資本主義に追随して富の追求を続けている限り、今後自然とジェノサイド、あるいはホロコースト、あるいは大規模な飢饉による人口減は避けられないと考えるのが自然でしょう。そこで著者は、かつてその地域ごとに長い時間を生き抜いてきた民族の伝統的な生活スタイルに今こそ学ぶべきことがあるのではないか、と問いを投げかけます。
 江戸においては、前述の通り、ほぼ100パーセントのエネルギーを過去数年の太陽エネルギーから得ていました。照明については、明治時代後半における石炭を燃料とする蒸気機関による発電が始まるまでは、植物から採れる燃料に頼っていました。稲の稲穂は食生活を支え、残った稲藁は草鞋などに使われ、その草鞋も使い古されて街道に捨てられたものは子供たちに拾われ堆肥となりました。(そしてそのように加工しやすい稲の品種が選ばれて栽培されていました。)竹は加工品の材料や包み紙として使われました。(現在、それに変わるものとしてプラスチックが使われていますが、プラスチックを分解する微生物が開発されたとしても、プラスチックに溜められた何億年分もの二酸化炭素を空中に解き放つことになってしまうという事実があります。)衣類も手間はかかりましたが、絹や木綿という純植物性の原料で作られ、人々の糞尿はすべて肥料として業者に買い上げられていました。食事の準備をするためだけでも大量の木が燃やされていましたが、その灰も肥料や酒造、製紙、製糸、染色、陶器の釉薬、洗剤などに使われ、捨てられることはありませんでした。(大都会で灰を専門業者が買い集めていたのは、世界広しと言えども、当時の江戸だけです。)(明日へ続きます‥‥)

→Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto/