また昨日の続きです。
雛歩は、バスターミナルまで鹿雄を送っていくよう、女将さんに促され、鹿雄につづいて外に出たところで、道の両側を確かめた。プレゼントを渡したかった。わざわざ自分のためにここまで来てくれた兄に、もう一つ、とびきりのプレゼントを渡したい……雛歩は、いったんさぎのやに戻り、近くにいたイノさんにことづけを頼んだ。(中略)
(バスが今にも発車しようとしていたとき)
「ヒナちゃーん」
よっしゃー、間に合った……雛歩が振り返ると、こまきさんが小走りにやってくる。
(兄にこまきさんを紹介すると)予想以上の反応……鹿雄は、女将さんと会ったときと同じか、それ以上に口を半開きにして、ほとんど意識が飛んでいるのか、ぼうっとこまきさんを見ている。(中略)
「こまきさん、兄と握手してやってくれませんか」
雛歩は、こまきさんを振り返って頼んだ。
「うん、いいけど」(中略)
こまきさんが、鹿雄に手を差しのべる。(中略)鹿雄は、(中略)
「ありがとうございますっ」
と、こまきさんの手をまず右手で握り、すぐに左手を添えた。(中略)
(バスが出発すると)雛歩が手を振り、こまきさんも隣に立って、手を振ってくれる。(中略)
「ヒナちゃん。お兄さんにプレゼントを渡したいから、できるだけ早くわたしに来てほしいって……イノさんからことづけを聞いたけど、渡せたの、そのプレゼント?」(中略)
「渡せました。とびきりのプレゼント、渡してあげられました。ありがとうございます」
「わたし、関係あった? お兄さんに会えたのは、よかったけど」
「関係あります。大ありです」(中略)
めまいがしそう……雛歩は何度も思った。
彼女の生活は、信じられないくらい急激に変化した。転校の手続きは、さがいのやの信用と、伯父たちの協力もあって、簡単に進み、さぎのやから歩いて十五分ほどの、地元の中学校へ通えることになった。同じクラスには、(さぎのやに縁のある)子どもが三人いた。(中略)雛歩はすぐに新しい学校に溶け込んで、友だちの輪も広がった。
雛歩は、九九もまともにできない、アルファベットは一字も書けないなど、勉強がかなり遅れていたから、放課後には公民館で学ぶ自主学習に通った。(中略)
雛歩の新しい生活スケジュールは、朝六時に起きることから始まる。顔を洗い、トイレを済ませ、トレーナーに着替えて、こまきさんと道後公園までジョギングをする。(中略)朝の公園は気持ちがよく、園内のお堀には(中略)美しい野鳥もいて、自然を間近に感じられる。(中略)
公園から、さぎのやに戻ったら、着替えて調理場に入り、朝食をとりつつ、盛り付けや片付けの手伝いをする。そのあと、由茉が迎えにきて、一緒に登校する。まだまだ勉強は遅れているが、心を開いてクラスメートと接するせいか、からかわれたり笑われたりすることはない。
転校して六日目、学活の時間に、将来の夢を述べる課題があった。
そのおり雛歩は、転校の際の簡単な自己紹介では語らずにいたこと……災害に遭って、祖父母と家を失い、両親も行方不明になったこと、親戚の家でしばらく生活し、いまはさぎのやにいること、先日兄が松山に来てくれて、道後温泉に入ったことを述べ、将来の夢としては……、
「仕事に慣れて、できるだけさぎのやのみなさんの役に立ちたいです。あと、両親が早く帰って来てくれて、あらためて家族四人で道後温泉に入ることが、一番の夢です」
と述べた。クラスメートが、スピーチを拍手で讃えてくれて、雛歩はありのままの自分が受け入れられた喜びを感じた。
学校から帰ったら、雛歩は、まひわさんの指導で白鷺神社のおやしろを清め、参道を掃く。(中略)
白鷺神社での仕事を終えたら、自主学習教室で、由茉と勇麒とともに、奏磨から勉強を教わる。勉強が終われば、さぎのやで夕食だが、ほかの三人もさぎのやで食べることが増えた。(中略)
食後は、三人を送り出し、調理場で食器を洗う。ポットに温かいあめ湯とウーロン茶を注ぎ、鶏太郎さんのテントに持っていくことも、雛歩の仕事となった。(中略)
用事をすべて終えたら、雛歩は、こまきさんとカリンさんと一緒に椿の湯へ行き、温泉に入る。ガールズトークもできて、リラックスした楽しい時間だ。(中略)
ごたごたと慌ただしいながらも、心地よい生活のリズムがあ、雛歩の心とからだに添ってきた頃、秋祭りの当日を迎えた。
ななな何これ……目の前の情景に、雛歩は驚くというか、戸惑うというか、動転するというか……ともかく、あわあわしてしまって、ついには恐怖すら感じた。
時間はまだ朝の五時半、まだ夜は明けていない。
(また明日へ続きます……)
雛歩は、バスターミナルまで鹿雄を送っていくよう、女将さんに促され、鹿雄につづいて外に出たところで、道の両側を確かめた。プレゼントを渡したかった。わざわざ自分のためにここまで来てくれた兄に、もう一つ、とびきりのプレゼントを渡したい……雛歩は、いったんさぎのやに戻り、近くにいたイノさんにことづけを頼んだ。(中略)
(バスが今にも発車しようとしていたとき)
「ヒナちゃーん」
よっしゃー、間に合った……雛歩が振り返ると、こまきさんが小走りにやってくる。
(兄にこまきさんを紹介すると)予想以上の反応……鹿雄は、女将さんと会ったときと同じか、それ以上に口を半開きにして、ほとんど意識が飛んでいるのか、ぼうっとこまきさんを見ている。(中略)
「こまきさん、兄と握手してやってくれませんか」
雛歩は、こまきさんを振り返って頼んだ。
「うん、いいけど」(中略)
こまきさんが、鹿雄に手を差しのべる。(中略)鹿雄は、(中略)
「ありがとうございますっ」
と、こまきさんの手をまず右手で握り、すぐに左手を添えた。(中略)
(バスが出発すると)雛歩が手を振り、こまきさんも隣に立って、手を振ってくれる。(中略)
「ヒナちゃん。お兄さんにプレゼントを渡したいから、できるだけ早くわたしに来てほしいって……イノさんからことづけを聞いたけど、渡せたの、そのプレゼント?」(中略)
「渡せました。とびきりのプレゼント、渡してあげられました。ありがとうございます」
「わたし、関係あった? お兄さんに会えたのは、よかったけど」
「関係あります。大ありです」(中略)
めまいがしそう……雛歩は何度も思った。
彼女の生活は、信じられないくらい急激に変化した。転校の手続きは、さがいのやの信用と、伯父たちの協力もあって、簡単に進み、さぎのやから歩いて十五分ほどの、地元の中学校へ通えることになった。同じクラスには、(さぎのやに縁のある)子どもが三人いた。(中略)雛歩はすぐに新しい学校に溶け込んで、友だちの輪も広がった。
雛歩は、九九もまともにできない、アルファベットは一字も書けないなど、勉強がかなり遅れていたから、放課後には公民館で学ぶ自主学習に通った。(中略)
雛歩の新しい生活スケジュールは、朝六時に起きることから始まる。顔を洗い、トイレを済ませ、トレーナーに着替えて、こまきさんと道後公園までジョギングをする。(中略)朝の公園は気持ちがよく、園内のお堀には(中略)美しい野鳥もいて、自然を間近に感じられる。(中略)
公園から、さぎのやに戻ったら、着替えて調理場に入り、朝食をとりつつ、盛り付けや片付けの手伝いをする。そのあと、由茉が迎えにきて、一緒に登校する。まだまだ勉強は遅れているが、心を開いてクラスメートと接するせいか、からかわれたり笑われたりすることはない。
転校して六日目、学活の時間に、将来の夢を述べる課題があった。
そのおり雛歩は、転校の際の簡単な自己紹介では語らずにいたこと……災害に遭って、祖父母と家を失い、両親も行方不明になったこと、親戚の家でしばらく生活し、いまはさぎのやにいること、先日兄が松山に来てくれて、道後温泉に入ったことを述べ、将来の夢としては……、
「仕事に慣れて、できるだけさぎのやのみなさんの役に立ちたいです。あと、両親が早く帰って来てくれて、あらためて家族四人で道後温泉に入ることが、一番の夢です」
と述べた。クラスメートが、スピーチを拍手で讃えてくれて、雛歩はありのままの自分が受け入れられた喜びを感じた。
学校から帰ったら、雛歩は、まひわさんの指導で白鷺神社のおやしろを清め、参道を掃く。(中略)
白鷺神社での仕事を終えたら、自主学習教室で、由茉と勇麒とともに、奏磨から勉強を教わる。勉強が終われば、さぎのやで夕食だが、ほかの三人もさぎのやで食べることが増えた。(中略)
食後は、三人を送り出し、調理場で食器を洗う。ポットに温かいあめ湯とウーロン茶を注ぎ、鶏太郎さんのテントに持っていくことも、雛歩の仕事となった。(中略)
用事をすべて終えたら、雛歩は、こまきさんとカリンさんと一緒に椿の湯へ行き、温泉に入る。ガールズトークもできて、リラックスした楽しい時間だ。(中略)
ごたごたと慌ただしいながらも、心地よい生活のリズムがあ、雛歩の心とからだに添ってきた頃、秋祭りの当日を迎えた。
ななな何これ……目の前の情景に、雛歩は驚くというか、戸惑うというか、動転するというか……ともかく、あわあわしてしまって、ついには恐怖すら感じた。
時間はまだ朝の五時半、まだ夜は明けていない。
(また明日へ続きます……)