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天童荒太『巡礼の家』その15

2022-02-07 00:03:00 | ノンジャンル
 また昨日の続きです。

(磐戸屋に着くと、話は前向きに進んでいたが、実施する場所の許可をどうやってとるかで話は行き詰った。)
(すると女将さんは)「僭越ですけれど……一人の女の子のために。一人の女の子が元気に生きていくために。その理由ではだめでしょうか」(中略)
「雛歩、おまえは、何か言うことはないか」(雛歩は必死で自問自答した結果、)
「お願いします。大神輿の乗り手をやらせてください。絶対に大神輿から飛ばされたり落ちたりしないように努めます。迷惑をおかけしないようにします。いえ、きっともう迷惑をおかけしているはずで……わたしは、これからも迷惑をおかけするはずで……でも、そのぶんきっと、みなさんのために役に立てるよう、心を尽くします、ご恩をお返しします」(雛歩のこの発言で、ことは動き始めた。)

(それから雛歩の猛特訓が始まった。本番の場所は道後温泉本館の前の広場。時間は夜明け前に始めて、午前六時には終えることになった。相手には、)道後村大神輿が名乗り出てくれた。あとで聞くと、有り難いことに、ほかの六町も、やってもいい、と言ってくれたらしい。湯之町はもともと道後村から独立した経緯があることから、八町の話し合いで決まったという。(中略)
 練習を重ねるごとに、とても大神輿の乗り手になんてなれない、と思わざるをえなかった。(周りの人たちも心配していた。)
 雛歩は、飛朗さんに不安や愚痴を書きつらねていた便箋を破り捨てた。
 怖いけど、やってみます……と書き直した。(中略)大切な何かが見つかるかもしれないから……と書いた。(中略)

 来た。とうとうこの日が来た。(衣装は巫女の装束で、と決まった。雛歩が単身神社に現れると、もう神輿守りの人々は集まっていて)「いまから、ご神体の代わりに、さぎのやに長いあいだ保存されてきた、古い時代のお遍路さんや旅の者たちの遺品を、大神輿の内側に入れる行事をおこなう。(中略)一緒に見守りなさい」(中略)
 かき夫たちは、セイヤ、セイヤ、と威勢のよい声を上げ……それは無理です、無茶と言うものです……と雛歩が思うのに、垂直落下かと思う急な石段を、大神輿を担いだまま下りはじめた。(中略)
 そんな大変なことを、そんな危険なことを……雛歩は突然泣きたくなった。
「巫女様、どうなされた」(中略)
「わたしのために、みなさんが、こんなに危ないことをされているのが…申し訳なくて……」(中略)
「神輿守りのことを思いやってもろうて有り難いが、もうみんな、巫女様のためだけにやりよるわけじゃないんよ。自分のため、というのか、自分の証明のためにやりよるところがある」(中略)
「なんの、証明ですか……」
「縁もゆかりも無うても、困っとる人のために、汗をかける自分でおられるかどうかよ」(中略)
「ありがとうございます」(雛歩は、ありがとうございます、ありがとうございますと繰り返し大きな声でお礼を言いながら、石段を下りた。

 道後温泉本館の前に、二基の大神輿が並んだ。(中略)
 雛歩は、まひわさんに渡された紐で、装束の袖が邪魔にならないようにたすき掛けをし、気合を込めて紐を縛った。はきものを脱ぎ、足袋だけになって、大神輿の一番前に立つ。
 相手の大神輿の前にも、二人の乗り手が腕を組んでいる。その一人がスキンヘッドにしており……あっ、と雛歩は秋祭りでの彼の活躍を思い出した。(中略)
「巫女さん……わしら、手加減せんよ」
 スキンヘッドさんがしわがれた声で言った。(中略)
「望むところです」
 おー、と雛歩の後方から海鳴りのような声が湧いてくる。(中略)
(そこに)現われたのは……祭りの衣装に身を固めた、飛朗さんだ。(中略)
「勝利の女神を支えないとね。昨日、最終便で飛んできた。こまきが、雛歩ちゃんを動揺させるから、本番まで姿を見せるなって言うからさ」(中略)
「行くぞーっ」
 雛歩は、腹の底からありったけの声を出し、眼下の神輿守りたちを見つめる。(中略)
 雛歩は、宙に上げた左手を、勢いをつけて振り下ろし、大神輿の屋根をダンッと叩いた。
 引き絞られた矢が飛び出すように、喚声とともに大神輿が走り出す。(中略) 
 次の瞬間、生まれて初めての衝撃を受けた。鉄のつぶれる音がして、からだが空中に飛ばされる。(中略)
「おら、巫女さん、おだぶつかっ」
 耳もとで叫ばれ、雛歩は我に返り、スキンヘッドさんとからだをぶつけ合っているのに気がついた。力がよみがえる。相手を睨み返す。
「生きてるよっ」
 生きてる……わたしは生きてるっ。
「押してーっ、もっと押してーっ」
 雛歩は、スキンヘッドの背中を手で突き放し、大神輿に巻き付けた綱をぐいぐい引きながら、かき夫たちに叫んだ。
「双方、引けー、かき夫を下がらせー。湯之町―、道後村―、双方とも引けーっ」
 仁志岡さんの声が大きく響く。(中略)
「引き分けじゃあ。双方よう戦うた、引き分けじゃあ」(中略)

(また明日へ続きます……)

→サイト「Nature Life」(表紙が重いので、最初に開く際には表示されるまで少し時間がかかるかもしれません(^^;))(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto