また昨日の続きです。
「雛歩ちゃん、わたしの部屋で、お布団を並べて、一緒に寝ない?」(中略)
おやすみなさい、と電気が消され、部屋が暗くなる。(中略)
「……そっちへ、行ってもいいですか?」
雛歩は尋ねた。
「ええ」
と返事があり、(中略)雛歩が寄っていくと、すぐに人肌のぬくもりに包まれるのを感じた。さらに雛歩はすり寄り、女将さんの胸に顔をうずめた。
からだを軽く揺すられる。
「雛歩ちゃん……雛歩ちゃん……起きて」
目を開いた。部屋の電灯がついている。
「雛歩ちゃん、これに着替えて」
女将さんは、厚手のシャツとズボンを身に着けていた。なんとなく登山でもしそうな格好だ。(中略)
「じゃあ、ついてきて」(中略)
外には、さぎのやのワゴン車が止まっていた。車内灯がついて、運転席にこまきさん、助手席にまひわさんが座っている。(女将さんと雛歩が乗り込んで車は出発した。)(中略)
人里離れた山の奥へ入っていくことが、周囲の景色から見て取れる。(中略)
「まあ、よう走ったほうじゃろ。美燈」
まひわさんに呼びかけられた女将さんが、車を降り、こまきさんと運転を代わった。(中略)
(女将さんと雛歩は車を降り、そこから山道を進んで行った。)
「ここです。ここにあなたを連れてきたかったの」(中略)こじんまりとしたお堂のような建物が、森の一角を切り開いた中に建っている。(中略)
(中に入ると、岩に囲まれた小さな泉があった。)
「これは、初代の女将が見つけて、傷を癒した、温泉の源泉だと言われているの」(中略)
「真実かどうか、わたしにもわからない。ただ先代、および先々代の女将から、これは初代から伝わる大切な温泉の源泉だから、当代の女将は大切に保管して、次の女将に引き渡しなさい、と言われているの。(中略)」
「ここに来られるのは、歴代の女将と、次の女将になる可能性のある人……こまきちゃんがそうね。あと、いつまでもさぎのやにいてほしい、と女将が思っている人」(中略)
「(中略)わたしはね……大切な人を死なせてしまったの」
はい? 雛歩は思わず顔を上げた。
「子どもを、亡くしたの……」(中略)
(女将さんは結婚する前にスウェーデンの医師との間に子供をさずかっていたが、爆撃に会い、その子を流産したことを話した。そして、結婚した隼一は
深い鬱状態になっていた女将をさぎのやに連れてきたとも。)
「あなたは、さぎのやにとって、もうかけがえのない人なの。だから、さぎのやにずっといて、訪れる人たちを迎えてほしい。これからも、一緒にさぎのやを守ってほしいの」(中略)
温泉のあった場所から、山道を下っていくとき、雛歩は女将さんの後ろから、ずっと心にかかっていたことを尋ねた。
「お兄ちゃんと、庭で何を話していたんですか。もしかして、お兄ちゃん……女将さんに、わたしのこと……というか、両親のことを、話していたんですか」(中略)
「鹿雄さんは、鹿雄さんの知っている事実を話してくれたの。そして、鹿雄さんの知っている事実を、雛歩ちゃんはまだ受け入れていないから、機会があったら雛歩ちゃんに言い聞かせてほしい、と頼まれたの。わたしは、それはできません、と首を横に振った……わたしは、雛歩ちゃんが話してくれたことを尊重します、と鹿雄さんには答えたの」(中略)
「雛歩ちゃん……無理に何かを認めようとしたり、逆に否定をしようとしたりして、自分を追いつめないで。自分にも、他人にも、大事なことを判断するには、時間がかかることを許してあげてほしい。(中略)」(中略)
「雛歩は、新しい自分に生まれ変わりたいて、本当に言うたんかな」
と、助手席に座ったまひわさんに尋ねられた。(中略)
「磐戸屋の会長の前で言うたんやろ。鉢合わせの乗り手になってみたいて」(中略)
「……乗りたいです。乗ってみたいです」(中略)
まひわさんは、しばらく考えていたのち、美燈、と女将さんを呼んだ。
「八町会総代のところへ相談しに行っておみ。わしも比口宮司や鴻野君、掛河君らに話してみよ。磐戸屋の会長は、面白がっとったから、力を貸してくれるじゃろ」
「わかりました」
女将さんが答えたことに、雛歩はもちろん、こまきさんも驚いた様子で、
「まひわおばあちゃん……女の子が、大神輿の乗り手になるなんて、前例があるの?」
「あるわけない、あり得ん話よ」
まひわさんは即答し、「けど、あり得んからと言うて、何もせんままあきらめるのは、さぎのやの流儀に反する。(中略)」(中略)
三日後、雛歩は学校から戻ると、女将さんに呼ばれた。
部屋で着替えてくるようにと、巫女の装束を渡された。(中略)
「じゃあ、いきましょう」(中略)
「あの、どこへ、ですか」
「磐戸屋さんへ。大女将が、その恰好で来るようにと、おっしゃったの」(中略)
(また明日へ続きます……)
→サイト「Nature Life」(表紙が重いので、最初に開く際には表示されるまで少し時間がかかるかもしれません(^^;))(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto)
「雛歩ちゃん、わたしの部屋で、お布団を並べて、一緒に寝ない?」(中略)
おやすみなさい、と電気が消され、部屋が暗くなる。(中略)
「……そっちへ、行ってもいいですか?」
雛歩は尋ねた。
「ええ」
と返事があり、(中略)雛歩が寄っていくと、すぐに人肌のぬくもりに包まれるのを感じた。さらに雛歩はすり寄り、女将さんの胸に顔をうずめた。
からだを軽く揺すられる。
「雛歩ちゃん……雛歩ちゃん……起きて」
目を開いた。部屋の電灯がついている。
「雛歩ちゃん、これに着替えて」
女将さんは、厚手のシャツとズボンを身に着けていた。なんとなく登山でもしそうな格好だ。(中略)
「じゃあ、ついてきて」(中略)
外には、さぎのやのワゴン車が止まっていた。車内灯がついて、運転席にこまきさん、助手席にまひわさんが座っている。(女将さんと雛歩が乗り込んで車は出発した。)(中略)
人里離れた山の奥へ入っていくことが、周囲の景色から見て取れる。(中略)
「まあ、よう走ったほうじゃろ。美燈」
まひわさんに呼びかけられた女将さんが、車を降り、こまきさんと運転を代わった。(中略)
(女将さんと雛歩は車を降り、そこから山道を進んで行った。)
「ここです。ここにあなたを連れてきたかったの」(中略)こじんまりとしたお堂のような建物が、森の一角を切り開いた中に建っている。(中略)
(中に入ると、岩に囲まれた小さな泉があった。)
「これは、初代の女将が見つけて、傷を癒した、温泉の源泉だと言われているの」(中略)
「真実かどうか、わたしにもわからない。ただ先代、および先々代の女将から、これは初代から伝わる大切な温泉の源泉だから、当代の女将は大切に保管して、次の女将に引き渡しなさい、と言われているの。(中略)」
「ここに来られるのは、歴代の女将と、次の女将になる可能性のある人……こまきちゃんがそうね。あと、いつまでもさぎのやにいてほしい、と女将が思っている人」(中略)
「(中略)わたしはね……大切な人を死なせてしまったの」
はい? 雛歩は思わず顔を上げた。
「子どもを、亡くしたの……」(中略)
(女将さんは結婚する前にスウェーデンの医師との間に子供をさずかっていたが、爆撃に会い、その子を流産したことを話した。そして、結婚した隼一は
深い鬱状態になっていた女将をさぎのやに連れてきたとも。)
「あなたは、さぎのやにとって、もうかけがえのない人なの。だから、さぎのやにずっといて、訪れる人たちを迎えてほしい。これからも、一緒にさぎのやを守ってほしいの」(中略)
温泉のあった場所から、山道を下っていくとき、雛歩は女将さんの後ろから、ずっと心にかかっていたことを尋ねた。
「お兄ちゃんと、庭で何を話していたんですか。もしかして、お兄ちゃん……女将さんに、わたしのこと……というか、両親のことを、話していたんですか」(中略)
「鹿雄さんは、鹿雄さんの知っている事実を話してくれたの。そして、鹿雄さんの知っている事実を、雛歩ちゃんはまだ受け入れていないから、機会があったら雛歩ちゃんに言い聞かせてほしい、と頼まれたの。わたしは、それはできません、と首を横に振った……わたしは、雛歩ちゃんが話してくれたことを尊重します、と鹿雄さんには答えたの」(中略)
「雛歩ちゃん……無理に何かを認めようとしたり、逆に否定をしようとしたりして、自分を追いつめないで。自分にも、他人にも、大事なことを判断するには、時間がかかることを許してあげてほしい。(中略)」(中略)
「雛歩は、新しい自分に生まれ変わりたいて、本当に言うたんかな」
と、助手席に座ったまひわさんに尋ねられた。(中略)
「磐戸屋の会長の前で言うたんやろ。鉢合わせの乗り手になってみたいて」(中略)
「……乗りたいです。乗ってみたいです」(中略)
まひわさんは、しばらく考えていたのち、美燈、と女将さんを呼んだ。
「八町会総代のところへ相談しに行っておみ。わしも比口宮司や鴻野君、掛河君らに話してみよ。磐戸屋の会長は、面白がっとったから、力を貸してくれるじゃろ」
「わかりました」
女将さんが答えたことに、雛歩はもちろん、こまきさんも驚いた様子で、
「まひわおばあちゃん……女の子が、大神輿の乗り手になるなんて、前例があるの?」
「あるわけない、あり得ん話よ」
まひわさんは即答し、「けど、あり得んからと言うて、何もせんままあきらめるのは、さぎのやの流儀に反する。(中略)」(中略)
三日後、雛歩は学校から戻ると、女将さんに呼ばれた。
部屋で着替えてくるようにと、巫女の装束を渡された。(中略)
「じゃあ、いきましょう」(中略)
「あの、どこへ、ですか」
「磐戸屋さんへ。大女将が、その恰好で来るようにと、おっしゃったの」(中略)
(また明日へ続きます……)
→サイト「Nature Life」(表紙が重いので、最初に開く際には表示されるまで少し時間がかかるかもしれません(^^;))(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto)