また昨日の続きです。
三十分ほど前、ライトが灯された道後温泉駅前の広場を見下ろせる場所に、鉄パイプなどを組んで設けられた臨時の桟敷席に着いたとき、確かにもう多くの人が駅前に集まっていた。(中略)
けれど、あくびを二つか三つするあいだに、人があっちから、こっちから、そっちから、どっちから? ともかく天と地以外のあらゆる方向から集まってきた。(中略)
「八町八体のお神輿は、伊佐爾神社、湯神社において御霊を入れ、宮出しに向けた最終の準備をしております」と(アナウンスされると)集まった人々のあいだでどよめきが起きた。
秋祭りは三日にわたっておこなわれる(中略)。
初日は宵宮と呼ばれ、八つの町で八体ある大神輿が神社から出て、それぞれ地元の町を練り歩いたあと、夜の七時半頃に道後温泉駅前に集まり、リハーサル的に軽く鉢合わせをする。そのあと伊佐爾神社と湯神社に分かれて宮入りし、二日目に各大神輿にご神体を入れるという大切な神事がおこなわれる。
三日目が本宮、つまり本番で、夜明け前に八体の大神輿が二つの神社から出て、道後温泉駅前の広場で、午前六時頃から八時頃にかけ、鉢合わせをおこなう。いま駅前周辺に集まっている人々は、その鉢合わせを見物することが目的だった。(中略)
八町の大神輿は、ごく一般的な神殿造りの四角形をしている。祭りの本番前、商店街の入口に湯之町大神輿が安置されているのを、雛歩も目にしたが、ふるさとの神輿よりもふた回りは大きかった。飾りもきらびやかで、とりわけ彫金の模様が美しい。
「鉢合わせは、二体の大神輿が、五から二十メートルくらいの距離を置いて左右に分かれ、本体が向かい合うように平行に並んだあと、せーの、で走って、思い切りぶつけ合う……簡単に言やぁ、それだけのことだよ」
勇麒が説明してくれたとき、なるほど簡単だけど……無茶でしょ、と雛歩は思った。
「大神輿の担ぎ手のことは、かき夫って呼ばれてる。彼らが大神輿をぶつけ合ったあと、後ろから大勢が一斉に大神輿を押す……この人たちは押し手と呼ばれる。神輿の上に乗って、鉢合わせのタイミングをはじめ全体の指揮を執るのが乗り手。神輿に携わっている人たち、全員をひっくるめて神輿守りって呼ぶんだ」(中略)
「ぶつけ合う前に、双方の神輿守りたちが、互いに睨み合って、持ってこーい、とか、来い来いって、挑発的な声を発するのね、そこがわたしは好きなんよ」(中略)
「ぶつけ合ったら、押し手がぐいぐい押して、自分たちの大神輿の下に、相手の大神輿を沈み込ませるとか、どんどん後退させるとかしたら、こっちの勝ちになるわけ。これが八町八体の組み合わせで、前半四回、後半あ四回、おこなわれるんだ」(中略)
「道後、八町八体の宮出しの始まりでーす」(中略)人々のあいだから歓声と拍手が湧き起こった。(中略)
「一番神輿、本年は、湯之町大神輿です」
と、アナウンスされ、つづいて視界にはっきりと大神輿が入ってきた。(中略)
「飛朗さんじゃないね、乗り手だって聞いてたのに」
由茉が言う。すると雛歩の隣から、
「飛朗は、鉢合わせのときの乗り手じゃ。(中略)」(中略)
八体の大神輿が入場を終え、馬場にずらりと並ぶ。かき夫たちが大神輿を一斉に揺すり上げ、景気をつける。すごい迫力で、雛歩が気がついたときには夜は明けていた。
八体の大神輿がいったん退場し、輸送車を用いた舞台上で、挨拶や乾杯などの式典が進められた。それも終わると、ついに鉢合わせの本番だった。
紹介された二町二体の大神輿が、掛け声とともに威勢よく入場してくる。担いでいる人たちだけでなく、その後ろについている人も含め、二百人以上いるんじゃないかと思う。(中略)
双方の大神輿のあいだは、十五メートルくらいあいている。雛歩から見て左側の神輿守りたちが、持ってこーいと叫び、右側の神輿守りたちは、来い来い来い、と挑発する。左側の大神輿が担ぎ上がられ、ぶつけ合う角度が取られる。右側の大神輿は、かき夫たちがソーリャソーリャと声を発しながら担いだ大神輿を振り、乗り手であるスキンヘッドの人の合図で走り出した。左側の大神輿も、かき夫たちの叫ぶ声とともに走りはじめる。(中略)
次の瞬間、激しい音が響いて、二体の大神輿がぶつかり合った。乗り手の三人が宙に吹き飛ばされる。スキンヘッドの人だけが平気で、落ちそうになった仲間を助け、押せー、と指揮をふるう。転げ落ちそうになった相手方の乗り手も、懸命に元の姿勢を取る。
怒鳴り声や指示する声が入り乱れ、押し手たちが双方の大神輿を押し合う。スキンヘッドの人の身ぶり手ぶりは大きく、次第に右側の大神輿が優勢となった。相手方の神輿守りも耐えるが、勝負はついたかに見える。(中略)
(また明後日へ続きます……)
三十分ほど前、ライトが灯された道後温泉駅前の広場を見下ろせる場所に、鉄パイプなどを組んで設けられた臨時の桟敷席に着いたとき、確かにもう多くの人が駅前に集まっていた。(中略)
けれど、あくびを二つか三つするあいだに、人があっちから、こっちから、そっちから、どっちから? ともかく天と地以外のあらゆる方向から集まってきた。(中略)
「八町八体のお神輿は、伊佐爾神社、湯神社において御霊を入れ、宮出しに向けた最終の準備をしております」と(アナウンスされると)集まった人々のあいだでどよめきが起きた。
秋祭りは三日にわたっておこなわれる(中略)。
初日は宵宮と呼ばれ、八つの町で八体ある大神輿が神社から出て、それぞれ地元の町を練り歩いたあと、夜の七時半頃に道後温泉駅前に集まり、リハーサル的に軽く鉢合わせをする。そのあと伊佐爾神社と湯神社に分かれて宮入りし、二日目に各大神輿にご神体を入れるという大切な神事がおこなわれる。
三日目が本宮、つまり本番で、夜明け前に八体の大神輿が二つの神社から出て、道後温泉駅前の広場で、午前六時頃から八時頃にかけ、鉢合わせをおこなう。いま駅前周辺に集まっている人々は、その鉢合わせを見物することが目的だった。(中略)
八町の大神輿は、ごく一般的な神殿造りの四角形をしている。祭りの本番前、商店街の入口に湯之町大神輿が安置されているのを、雛歩も目にしたが、ふるさとの神輿よりもふた回りは大きかった。飾りもきらびやかで、とりわけ彫金の模様が美しい。
「鉢合わせは、二体の大神輿が、五から二十メートルくらいの距離を置いて左右に分かれ、本体が向かい合うように平行に並んだあと、せーの、で走って、思い切りぶつけ合う……簡単に言やぁ、それだけのことだよ」
勇麒が説明してくれたとき、なるほど簡単だけど……無茶でしょ、と雛歩は思った。
「大神輿の担ぎ手のことは、かき夫って呼ばれてる。彼らが大神輿をぶつけ合ったあと、後ろから大勢が一斉に大神輿を押す……この人たちは押し手と呼ばれる。神輿の上に乗って、鉢合わせのタイミングをはじめ全体の指揮を執るのが乗り手。神輿に携わっている人たち、全員をひっくるめて神輿守りって呼ぶんだ」(中略)
「ぶつけ合う前に、双方の神輿守りたちが、互いに睨み合って、持ってこーい、とか、来い来いって、挑発的な声を発するのね、そこがわたしは好きなんよ」(中略)
「ぶつけ合ったら、押し手がぐいぐい押して、自分たちの大神輿の下に、相手の大神輿を沈み込ませるとか、どんどん後退させるとかしたら、こっちの勝ちになるわけ。これが八町八体の組み合わせで、前半四回、後半あ四回、おこなわれるんだ」(中略)
「道後、八町八体の宮出しの始まりでーす」(中略)人々のあいだから歓声と拍手が湧き起こった。(中略)
「一番神輿、本年は、湯之町大神輿です」
と、アナウンスされ、つづいて視界にはっきりと大神輿が入ってきた。(中略)
「飛朗さんじゃないね、乗り手だって聞いてたのに」
由茉が言う。すると雛歩の隣から、
「飛朗は、鉢合わせのときの乗り手じゃ。(中略)」(中略)
八体の大神輿が入場を終え、馬場にずらりと並ぶ。かき夫たちが大神輿を一斉に揺すり上げ、景気をつける。すごい迫力で、雛歩が気がついたときには夜は明けていた。
八体の大神輿がいったん退場し、輸送車を用いた舞台上で、挨拶や乾杯などの式典が進められた。それも終わると、ついに鉢合わせの本番だった。
紹介された二町二体の大神輿が、掛け声とともに威勢よく入場してくる。担いでいる人たちだけでなく、その後ろについている人も含め、二百人以上いるんじゃないかと思う。(中略)
双方の大神輿のあいだは、十五メートルくらいあいている。雛歩から見て左側の神輿守りたちが、持ってこーいと叫び、右側の神輿守りたちは、来い来い来い、と挑発する。左側の大神輿が担ぎ上がられ、ぶつけ合う角度が取られる。右側の大神輿は、かき夫たちがソーリャソーリャと声を発しながら担いだ大神輿を振り、乗り手であるスキンヘッドの人の合図で走り出した。左側の大神輿も、かき夫たちの叫ぶ声とともに走りはじめる。(中略)
次の瞬間、激しい音が響いて、二体の大神輿がぶつかり合った。乗り手の三人が宙に吹き飛ばされる。スキンヘッドの人だけが平気で、落ちそうになった仲間を助け、押せー、と指揮をふるう。転げ落ちそうになった相手方の乗り手も、懸命に元の姿勢を取る。
怒鳴り声や指示する声が入り乱れ、押し手たちが双方の大神輿を押し合う。スキンヘッドの人の身ぶり手ぶりは大きく、次第に右側の大神輿が優勢となった。相手方の神輿守りも耐えるが、勝負はついたかに見える。(中略)
(また明後日へ続きます……)