また昨日の続きです。
麻衣子は密かに傷ついた。これってもしかして“都合のいい女”というやつなのだろうか。女子学生時代はミスコン荒らしとして名を馳せ、ファッション誌の読者モデルまで務めたこのわたしが……?(中略)
そんな中、さらなるショックな出来事が起きた。勇樹が例の女子アナと深夜にデートしている写真が週刊誌に掲載されたのである。(中略)
麻衣子は頭の中が真っ白になり、何も考えられなかった。勇樹から弁解のメールはない。(中略)麻衣子は、まずは同じ事務所の加奈に相談してみた。
「今はやめた方がいい。きっと別れ話を切り出されると思う」(中略)
一人で考えると憂鬱になるばかりなので、また原宿の占い師を訪ねた。これで三度目、麻衣子にとって、もはや人生相談の趣である。
「おー、来た、来た」鏡子は笑顔で迎えてくれた。「週刊誌、わたしも読んだよ。あんた、なめられてるね」(中略)
「やっぱりそうかな」
「当たり前じゃん。かつてのミスコンの女王も地に落ちたね」
「はあ? 何でそんなこと知ってるのよ」
「いや、まあ、それはね……」(中略)
「で、どうしたいの? 別れるの?」鏡子が聞いた。(中略)
「あのさあ、トップじゃなくてもいいのよ。二番手、三番手あたりでも十分いい生活できるし」(中略)
「そうね。勇樹がまたスランプになって、わたしを求めて、それでプロポーズまでもって行く。そこで呪いが解けてまた活躍する」(中略)
ともあれ、また水晶玉のお世話になることになった。(中略)
「うまく行くといいね」と鏡子。
「本当にそう思ってる?」
「思ってるよ。だってあんた━━」(中略)
「何よ。わたしが何?」
「何でもない。麻衣子がしあわせになるように」(中略)
翌週、勇樹はデッドボールを受けた。(中略)勇樹はその場に倒れ、しばらく起き上がれなかった。そのままベンチに退いたが、勇樹の顔は蒼ざめていて、ただの打撲でなさそうなことは表情でわかった。そしてその夜のうちに骨折であることが判明した。(中略)
お見舞いのメールを何度か送ったが、事務的で短い返信が一度あったきりで、それ以降音沙汰はなかった。(中略)
翌週、IT企業の経営者が集まるシンポジウムの司会の仕事があった。(中略)
「ところでさあ、麻衣子。原宿の占い師の店には行かなかったの?」
内藤が異なことを聞いた。
「どういうことですか?」
「わたし、三日前に行ったのよ。そこで先生に、うちの浅野麻衣子がお世話になったようですが、どうですか彼女の運勢はって聞いたの。そしたら先生、そういう人は来てないけどって」
「え? わたし三度も行ってますよ」(中略)
「わたし、もしかしたら、ちがう所に行ってたかもしれない……」(中略)
麻衣子がしあわせになりますように━━。鏡子が最後に言った言葉が、頭の中で響いている。
麻衣子は仕事を終えるなり、原宿に行った。(中略)
路地に入り、坂道を上り、古い雑居ビルを見上げると、いつものビルはあった。(中略)そして入り口は板が打ち付けられ、人が入れないよう閉ざされていた。板には貼り紙がある。顔を近づけて見ると、数日後にはこのビルの解体工事が始まるとの旨が書かれていた。
麻衣子は唖然とした。(中略)
麻衣子は坂道を下り、すぐ脇にあるアクセサリー・ショップに入った。店長をつかまえ、裏の古いビルはいつ閉鎖されたのかと聞く。すると、「三月くらいだったと思うけど」という信じられない答えが返ってきた。(中略)
おーい、鏡子━━。窓を見上げたまま、心の中で呼びかけた。わたし、上を目指すよ。玉の輿も諦めないからね━━。
空から笑い声が降ってきた気がした。
「コロナと潜水服」
五歳になる息子・海彦が不思議な能力を持っているらしいと気づいたのは、ここ数週間のことである。新型コロナウイルスという感染症が、いかにも発生しそうな国で突如発生し、瞬く間に世界に広まったため、人類は用のある者以外、全員外出禁止もしくは自粛という初めての生活様式を強いられていた。そんな中、三十五歳の会社員・渡辺康彦も、とくに用がないため、会社から在宅勤務を命ぜられていた。(中略)息子がある日突然、「バアバにスマホして」と言い出したのである。康彦の両親は、実家のある岐阜県に住んでいる。(中略)「バアバ、今日はお出かけしちゃダメ!」と、大きな声で呼びかけた。(中略)
「おかあさん、今日はどこか出かけるの?」康彦が聞いた。
「うん。長良のスポーツジムのレッスン室を借りて、コーラス・サークルの練習があるでね」(中略)
「ジイジも出かけちゃダメ!」(中略)
「わかった。海彦クンが言うなら聞いたるわ」(中略)
そんなやり取りがあった翌週、母が参加するはずだったコーラス・サークルから新型コロナウイルスの感染者が出た。さらには参加者の家族からも感染者が多数出て、クラスター(集団感染)が発生した━━。
(また明日へ続きます……)
麻衣子は密かに傷ついた。これってもしかして“都合のいい女”というやつなのだろうか。女子学生時代はミスコン荒らしとして名を馳せ、ファッション誌の読者モデルまで務めたこのわたしが……?(中略)
そんな中、さらなるショックな出来事が起きた。勇樹が例の女子アナと深夜にデートしている写真が週刊誌に掲載されたのである。(中略)
麻衣子は頭の中が真っ白になり、何も考えられなかった。勇樹から弁解のメールはない。(中略)麻衣子は、まずは同じ事務所の加奈に相談してみた。
「今はやめた方がいい。きっと別れ話を切り出されると思う」(中略)
一人で考えると憂鬱になるばかりなので、また原宿の占い師を訪ねた。これで三度目、麻衣子にとって、もはや人生相談の趣である。
「おー、来た、来た」鏡子は笑顔で迎えてくれた。「週刊誌、わたしも読んだよ。あんた、なめられてるね」(中略)
「やっぱりそうかな」
「当たり前じゃん。かつてのミスコンの女王も地に落ちたね」
「はあ? 何でそんなこと知ってるのよ」
「いや、まあ、それはね……」(中略)
「で、どうしたいの? 別れるの?」鏡子が聞いた。(中略)
「あのさあ、トップじゃなくてもいいのよ。二番手、三番手あたりでも十分いい生活できるし」(中略)
「そうね。勇樹がまたスランプになって、わたしを求めて、それでプロポーズまでもって行く。そこで呪いが解けてまた活躍する」(中略)
ともあれ、また水晶玉のお世話になることになった。(中略)
「うまく行くといいね」と鏡子。
「本当にそう思ってる?」
「思ってるよ。だってあんた━━」(中略)
「何よ。わたしが何?」
「何でもない。麻衣子がしあわせになるように」(中略)
翌週、勇樹はデッドボールを受けた。(中略)勇樹はその場に倒れ、しばらく起き上がれなかった。そのままベンチに退いたが、勇樹の顔は蒼ざめていて、ただの打撲でなさそうなことは表情でわかった。そしてその夜のうちに骨折であることが判明した。(中略)
お見舞いのメールを何度か送ったが、事務的で短い返信が一度あったきりで、それ以降音沙汰はなかった。(中略)
翌週、IT企業の経営者が集まるシンポジウムの司会の仕事があった。(中略)
「ところでさあ、麻衣子。原宿の占い師の店には行かなかったの?」
内藤が異なことを聞いた。
「どういうことですか?」
「わたし、三日前に行ったのよ。そこで先生に、うちの浅野麻衣子がお世話になったようですが、どうですか彼女の運勢はって聞いたの。そしたら先生、そういう人は来てないけどって」
「え? わたし三度も行ってますよ」(中略)
「わたし、もしかしたら、ちがう所に行ってたかもしれない……」(中略)
麻衣子がしあわせになりますように━━。鏡子が最後に言った言葉が、頭の中で響いている。
麻衣子は仕事を終えるなり、原宿に行った。(中略)
路地に入り、坂道を上り、古い雑居ビルを見上げると、いつものビルはあった。(中略)そして入り口は板が打ち付けられ、人が入れないよう閉ざされていた。板には貼り紙がある。顔を近づけて見ると、数日後にはこのビルの解体工事が始まるとの旨が書かれていた。
麻衣子は唖然とした。(中略)
麻衣子は坂道を下り、すぐ脇にあるアクセサリー・ショップに入った。店長をつかまえ、裏の古いビルはいつ閉鎖されたのかと聞く。すると、「三月くらいだったと思うけど」という信じられない答えが返ってきた。(中略)
おーい、鏡子━━。窓を見上げたまま、心の中で呼びかけた。わたし、上を目指すよ。玉の輿も諦めないからね━━。
空から笑い声が降ってきた気がした。
「コロナと潜水服」
五歳になる息子・海彦が不思議な能力を持っているらしいと気づいたのは、ここ数週間のことである。新型コロナウイルスという感染症が、いかにも発生しそうな国で突如発生し、瞬く間に世界に広まったため、人類は用のある者以外、全員外出禁止もしくは自粛という初めての生活様式を強いられていた。そんな中、三十五歳の会社員・渡辺康彦も、とくに用がないため、会社から在宅勤務を命ぜられていた。(中略)息子がある日突然、「バアバにスマホして」と言い出したのである。康彦の両親は、実家のある岐阜県に住んでいる。(中略)「バアバ、今日はお出かけしちゃダメ!」と、大きな声で呼びかけた。(中略)
「おかあさん、今日はどこか出かけるの?」康彦が聞いた。
「うん。長良のスポーツジムのレッスン室を借りて、コーラス・サークルの練習があるでね」(中略)
「ジイジも出かけちゃダメ!」(中略)
「わかった。海彦クンが言うなら聞いたるわ」(中略)
そんなやり取りがあった翌週、母が参加するはずだったコーラス・サークルから新型コロナウイルスの感染者が出た。さらには参加者の家族からも感染者が多数出て、クラスター(集団感染)が発生した━━。
(また明日へ続きます……)