また昨日の続きです。
(中略)
「森宮さんはいいや」
「どうして?」
「私、親がたくさんいるんだよね。森宮さん以外の親全員に賛成してもらったら、森宮さん一人で反対し続けられないでしょう」(中略)
(中略)
存命の私の親は、(中略)四人で、(中略)居場所がわかるのは、森宮さんと泉ヶ原さんだけだった。(中略)
四月の下旬。泉ヶ原さんに手紙を書いた。
(中略)いろいろ考えた結果、変わらず元気でいるということと、結婚を考えている相手とあいさつに伺いたいということだけを書いた。泉ヶ原さんは「ぜひおいで」とすぐに返事をくれた。
(中略)
高校に進学した時も、就職した時も、どの親にも知らせなかった。それでも、結婚は知らせるべき大きな転機のような気がした。(中略)
「ああ、知らせてもらえてよかったよ。めでたいことは、知りたいもんな」
泉ヶ原さんがうれしそうな笑顔を見せるのに、私はほっとした。(中略)
「そうだ、……あの、泉ヶ原さん、梨花さんの連絡先ってわかりますか?」(中略)
「知ってるといや、知ってるんだけど……」(中略)
「そうだよな。こんなめでたいことだもんな。きっと梨花は喜ぶよな」(中略)
(中略)
(中略)206号室。泉ヶ原さんに聞いた番号をたどっていくと、廊下の突き当りに見つかった。(中略)ドアが開いた。
「ちょっと。三時に来るって聞いたから、待ってるのに」
「ああ、梨花さん」(中略)
七年の間に泉ヶ原さんと離婚して、森宮さんと結婚して離婚して、また泉ヶ原さんと再婚して。(中略)
「森宮君と結婚したのはさ、健康診断に引っかかって入院してる時に、中学の同窓会で会った彼のことを思い出したからなんだよね。東大出て、大手で働いてて、ついでに金魚を十年も育ててたって話してた堅実な人がいたなって」
「それで?」
「森宮君、優子ちゃんの親に向いてるって思ったの。(中略)」
(中略)
「まあね。手術一年後に、また悪いところが見つかって再手術することになって。こりゃ、さっさと優子ちゃんと自分の身の上をなんとかしなきゃって、焦ったんだよね。(中略)」
(中略)
「再手術が決まって、森宮君との関係を一気に結婚まで持って行ったの。(中略)」
(中略)
「これ、梨花さんに」
「何これ?」
「お金、なんだけど」(中略)
「あの時住んでたアパートの大家さんにもらったの。(中略)大家さん、このお金が必要なときがいつか来るって言ってた。なんとかしたいことが起きたとき、このお金を使えばいいって。梨花さんお金に困ってはないだろうけど、私のなんとかしたいときは今だから」(中略)
「なんか御利益がありそうなお金だね。ありがたくもらっておく。ありがとう」(中略)
「(中略)……あの、もしかして、お父さん、水戸秀平の居場所ってわかるかな」(中略)
「そう、梨花さんの最初の夫だよ」(中略)
「うん、……知ってる」(中略)
(病院の)談話室には早瀬君の姿はなかった。(中略)待合室横にはロビーが作られ、(中略)早瀬君はそこでピアノを弾いていた。(中略)
「早瀬君、ピザ焼いてる場合じゃないってこと」(中略)
「ピアノ、弾かなきゃ。(中略)ごたごた言ってないで、早瀬君は真摯にピアノを弾くべきだよ」(中略)
「そうかな」
「そうだよ。ハンバーグもピザも私が焼く。だって、私のほうが料理うまいもん」
私がきっぱりと言うと、
「俺もそれ、うすうす気づいていた」
と早瀬君は静かに笑った。
それから一週間もしないうちに、梨花さんから荷物が送られてきた。お父さんの連絡先を知りたいだけなのに、届いたのは小さなダンボールだ。ずいぶんおおげさだなと開けてみると、輪ゴムで止められた何通もの手紙が入っていた。
なんだろう、これは。と、まずは一番上に置かれていた紙を手に取ると、梨花さんから私にあてたものだった。
(中略)同封したのは優子ちゃんのお父さんからの手紙です。ブラジルに旅立ってから十日に一度ほど送られてきました。優子ちゃんがやっぱりお父さんのところへ行きたいと言い出すのが怖くて、渡せずにいました。(中略)
お父さんは、二年後には日本に戻り、優子ちゃんに会いたいと何度も私へ連絡してきました。でも、そのころには、私にとって優子ちゃんより大事なものは一つもなかったから、失うのが不安でどうしても合わせることができなかった。(中略)
水戸さんは、その三年後に再婚したそうです。(中略)
水戸さんは娘が二人でき、新しい家族と幸せに暮らしているようですが、優子ちゃんのことは忘れるわけがないし、結婚のことを聞いたら喜ぶはずです。
では、結婚式、楽しみにしています。
というメッセージと、最後にはお父さんの住所が書かれていた。(中略)
「じゃあ、もしかして、お父さんに会いにも行かないつもり?」
森宮さんはうかがうように私の顔を見た。
「うん。そうだね。もう新しい家族ができて子どももいるみたいだし」
(また明日へ続きます……)
(中略)
「森宮さんはいいや」
「どうして?」
「私、親がたくさんいるんだよね。森宮さん以外の親全員に賛成してもらったら、森宮さん一人で反対し続けられないでしょう」(中略)
(中略)
存命の私の親は、(中略)四人で、(中略)居場所がわかるのは、森宮さんと泉ヶ原さんだけだった。(中略)
四月の下旬。泉ヶ原さんに手紙を書いた。
(中略)いろいろ考えた結果、変わらず元気でいるということと、結婚を考えている相手とあいさつに伺いたいということだけを書いた。泉ヶ原さんは「ぜひおいで」とすぐに返事をくれた。
(中略)
高校に進学した時も、就職した時も、どの親にも知らせなかった。それでも、結婚は知らせるべき大きな転機のような気がした。(中略)
「ああ、知らせてもらえてよかったよ。めでたいことは、知りたいもんな」
泉ヶ原さんがうれしそうな笑顔を見せるのに、私はほっとした。(中略)
「そうだ、……あの、泉ヶ原さん、梨花さんの連絡先ってわかりますか?」(中略)
「知ってるといや、知ってるんだけど……」(中略)
「そうだよな。こんなめでたいことだもんな。きっと梨花は喜ぶよな」(中略)
(中略)
(中略)206号室。泉ヶ原さんに聞いた番号をたどっていくと、廊下の突き当りに見つかった。(中略)ドアが開いた。
「ちょっと。三時に来るって聞いたから、待ってるのに」
「ああ、梨花さん」(中略)
七年の間に泉ヶ原さんと離婚して、森宮さんと結婚して離婚して、また泉ヶ原さんと再婚して。(中略)
「森宮君と結婚したのはさ、健康診断に引っかかって入院してる時に、中学の同窓会で会った彼のことを思い出したからなんだよね。東大出て、大手で働いてて、ついでに金魚を十年も育ててたって話してた堅実な人がいたなって」
「それで?」
「森宮君、優子ちゃんの親に向いてるって思ったの。(中略)」
(中略)
「まあね。手術一年後に、また悪いところが見つかって再手術することになって。こりゃ、さっさと優子ちゃんと自分の身の上をなんとかしなきゃって、焦ったんだよね。(中略)」
(中略)
「再手術が決まって、森宮君との関係を一気に結婚まで持って行ったの。(中略)」
(中略)
「これ、梨花さんに」
「何これ?」
「お金、なんだけど」(中略)
「あの時住んでたアパートの大家さんにもらったの。(中略)大家さん、このお金が必要なときがいつか来るって言ってた。なんとかしたいことが起きたとき、このお金を使えばいいって。梨花さんお金に困ってはないだろうけど、私のなんとかしたいときは今だから」(中略)
「なんか御利益がありそうなお金だね。ありがたくもらっておく。ありがとう」(中略)
「(中略)……あの、もしかして、お父さん、水戸秀平の居場所ってわかるかな」(中略)
「そう、梨花さんの最初の夫だよ」(中略)
「うん、……知ってる」(中略)
(病院の)談話室には早瀬君の姿はなかった。(中略)待合室横にはロビーが作られ、(中略)早瀬君はそこでピアノを弾いていた。(中略)
「早瀬君、ピザ焼いてる場合じゃないってこと」(中略)
「ピアノ、弾かなきゃ。(中略)ごたごた言ってないで、早瀬君は真摯にピアノを弾くべきだよ」(中略)
「そうかな」
「そうだよ。ハンバーグもピザも私が焼く。だって、私のほうが料理うまいもん」
私がきっぱりと言うと、
「俺もそれ、うすうす気づいていた」
と早瀬君は静かに笑った。
それから一週間もしないうちに、梨花さんから荷物が送られてきた。お父さんの連絡先を知りたいだけなのに、届いたのは小さなダンボールだ。ずいぶんおおげさだなと開けてみると、輪ゴムで止められた何通もの手紙が入っていた。
なんだろう、これは。と、まずは一番上に置かれていた紙を手に取ると、梨花さんから私にあてたものだった。
(中略)同封したのは優子ちゃんのお父さんからの手紙です。ブラジルに旅立ってから十日に一度ほど送られてきました。優子ちゃんがやっぱりお父さんのところへ行きたいと言い出すのが怖くて、渡せずにいました。(中略)
お父さんは、二年後には日本に戻り、優子ちゃんに会いたいと何度も私へ連絡してきました。でも、そのころには、私にとって優子ちゃんより大事なものは一つもなかったから、失うのが不安でどうしても合わせることができなかった。(中略)
水戸さんは、その三年後に再婚したそうです。(中略)
水戸さんは娘が二人でき、新しい家族と幸せに暮らしているようですが、優子ちゃんのことは忘れるわけがないし、結婚のことを聞いたら喜ぶはずです。
では、結婚式、楽しみにしています。
というメッセージと、最後にはお父さんの住所が書かれていた。(中略)
「じゃあ、もしかして、お父さんに会いにも行かないつもり?」
森宮さんはうかがうように私の顔を見た。
「うん。そうだね。もう新しい家族ができて子どももいるみたいだし」
(また明日へ続きます……)