また昨日の続きです。
(中略)
「結婚って、梨花さんと泉ヶ原さん、恋人だったの?」
泉ヶ原さんは私が思ったより若く四十九歳だということだけど、三十二歳になったばかりの梨花さんとは年が離れているし、どう見たって夫婦に見えなかった。
「まあ、恋人っていえば恋人だけどね。でも、世の中にはお見合いもあるし、恋人同士だけが結婚するってわけじゃないんだよ」(中略)「私は優子ちゃんにピアノをプレゼントしたい一心だったのに」
梨花さんはそう膨れた。(中略)
一変する。というのはこういうことだ。
(中略)吉見さんが家事はすべてしてくれるから、しなくたっていい。
仕事を辞めた梨花さんはすることがなくなり、私も手伝うことがゼロになった。(中略)誰かが厳しいことを言うわけでもないのに、なぜか堅苦しい。そして、そんな戸惑いや窮屈さを消してくれるのがピアノだった。(中略)
私が来た翌日には、泉ヶ原さんはピアノの先生が家に教えに来るようにしてくれた。(中略)
(中略)
梨花さんは、ここに来て初めの一ヶ月ほどは、「天国のようだ」と言っていたけれど、三ヶ月も経つと、「息苦しい」「窮屈だ」と言うようになった。
(中略)
アジフライにソースをかけた梨花さんに、
「あ、フライ、そのままで食べてくださいね」
と吉見さんが言った。
梨花さんは聞こえなかったかのように、ソースをたっぷりかけると、「やっぱりだめだわ」とぼそりとつぶやいた。
次の日、学校から帰ると、梨花さんはいなくなっていた。(中略)
出て行った翌日から、毎日のように梨花さんは夕方に訪ねてきた。
何度も「一緒に行こうよ」「優子ちゃんがいないとだめだよ」と私を誘い、私が「じゃあ、梨花さんが戻ってきてよ」と言うと、「それはできない」と渋い顔をした。(中略)
(合唱祭の伴奏者の一人、早瀬君のピアノに私が魅了されるエピソードが語られる。そして森宮さんとの関係がぎくしゃくしたことが、勉強の成績にも現れ、向井先生に励まされる。)
(中略)
合唱祭の帰り、伴奏者の久保田さんと多田さんと打ち上げだと称して、ケーキを食べに行った。(中略)
その二日後、ピアノを弾ける女子は何割増しかかわいく見えるというのは本当らしく、合唱祭で伴奏したおかげか、三組の脇田君から告白された。(中略)私は脇田君の告白に応えていた。(中略)
(中略)
泉ヶ原さんの家から出て行って一年以上が過ぎても、梨花さんはたびたび私の元を訪れた。(中略)
そんな日々が中学三年生になっても続いた。ただ、梨花さんは仕事が忙しくなってきたのか、頻繁に会いに来ることもあれば、一ヶ月以上来ないこともあった。(中略)
中学三年生の三学期に入ってすぐ、いつものように夕方にやってきた梨花さんは、私に一枚の写真を見せた。
「この人、どう思う?」
「どうって……」(中略)
「彼、東大卒で今一流企業で働いてるんだ」(中略)
「彼?」
「えへへ。まあね」
「この人と付き合ってるの?」
梨花さんの好みとは全然違う男の人に、私は驚いた。
「そう、森宮君。(中略)」
「でさ、その人と結婚しようと思って」(中略)
「梨花さんが好きならそれでいいけど」(中略)私の生活は変わらないはずだ。(中略)
ところが、中学を卒業をした春休み。梨花さんが泉ヶ原さんのいるときにやってきて、私と泉ヶ原さんを前に、森宮さんと籍を入れたこと、そして、私を引き取りたいことをものすごく簡潔に話した。(中略)何よりお届いたのは、泉ヶ原さんがまったく動じることもなく、「わかった」とうなずいたことだった。
「知ってたの?」
梨花さんが帰った後、私は泉ヶ原さんに尋ねた。(中略)
「まあ、話はちょくちょく聞いてたから……」(中略)
身をかがめないと外を歩けないような寒さの厳しい日、三学期が始まった。(中略)
「しゅうちゃんとは情熱で一緒になって、泉ヶ原さんは包容力にひかれて、でも最後は常識的な人に落ち着いたって感じかな。(中略)」(中略)
「はじめまて。優子ちゃん。(中略)えっと、僕は森宮壮介(そうすけ)といいます。梨花とは中学の同級生で、三十五歳です」(中略)
(中略)
一週間後、学校から帰ると、郵便受けに大学の名前が書かれた封筒が入っていた。(中略)中の紙を取り出すと、そこには「あなたは合格と決定しました」とだけ書かれていた。(中略)
三月一日は、ようやく冬も終わりに近づいてきたかと思っていたのに、また季節が戻ったかのような冷たい風が吹く日となった。(中略)卒業式の日はいつも天気が悪い。(中略)
今朝のホームルームで、向井先生は一人一人に手紙を配った。(中略)
(また明日へ続きます……)
(中略)
「結婚って、梨花さんと泉ヶ原さん、恋人だったの?」
泉ヶ原さんは私が思ったより若く四十九歳だということだけど、三十二歳になったばかりの梨花さんとは年が離れているし、どう見たって夫婦に見えなかった。
「まあ、恋人っていえば恋人だけどね。でも、世の中にはお見合いもあるし、恋人同士だけが結婚するってわけじゃないんだよ」(中略)「私は優子ちゃんにピアノをプレゼントしたい一心だったのに」
梨花さんはそう膨れた。(中略)
一変する。というのはこういうことだ。
(中略)吉見さんが家事はすべてしてくれるから、しなくたっていい。
仕事を辞めた梨花さんはすることがなくなり、私も手伝うことがゼロになった。(中略)誰かが厳しいことを言うわけでもないのに、なぜか堅苦しい。そして、そんな戸惑いや窮屈さを消してくれるのがピアノだった。(中略)
私が来た翌日には、泉ヶ原さんはピアノの先生が家に教えに来るようにしてくれた。(中略)
(中略)
梨花さんは、ここに来て初めの一ヶ月ほどは、「天国のようだ」と言っていたけれど、三ヶ月も経つと、「息苦しい」「窮屈だ」と言うようになった。
(中略)
アジフライにソースをかけた梨花さんに、
「あ、フライ、そのままで食べてくださいね」
と吉見さんが言った。
梨花さんは聞こえなかったかのように、ソースをたっぷりかけると、「やっぱりだめだわ」とぼそりとつぶやいた。
次の日、学校から帰ると、梨花さんはいなくなっていた。(中略)
出て行った翌日から、毎日のように梨花さんは夕方に訪ねてきた。
何度も「一緒に行こうよ」「優子ちゃんがいないとだめだよ」と私を誘い、私が「じゃあ、梨花さんが戻ってきてよ」と言うと、「それはできない」と渋い顔をした。(中略)
(合唱祭の伴奏者の一人、早瀬君のピアノに私が魅了されるエピソードが語られる。そして森宮さんとの関係がぎくしゃくしたことが、勉強の成績にも現れ、向井先生に励まされる。)
(中略)
合唱祭の帰り、伴奏者の久保田さんと多田さんと打ち上げだと称して、ケーキを食べに行った。(中略)
その二日後、ピアノを弾ける女子は何割増しかかわいく見えるというのは本当らしく、合唱祭で伴奏したおかげか、三組の脇田君から告白された。(中略)私は脇田君の告白に応えていた。(中略)
(中略)
泉ヶ原さんの家から出て行って一年以上が過ぎても、梨花さんはたびたび私の元を訪れた。(中略)
そんな日々が中学三年生になっても続いた。ただ、梨花さんは仕事が忙しくなってきたのか、頻繁に会いに来ることもあれば、一ヶ月以上来ないこともあった。(中略)
中学三年生の三学期に入ってすぐ、いつものように夕方にやってきた梨花さんは、私に一枚の写真を見せた。
「この人、どう思う?」
「どうって……」(中略)
「彼、東大卒で今一流企業で働いてるんだ」(中略)
「彼?」
「えへへ。まあね」
「この人と付き合ってるの?」
梨花さんの好みとは全然違う男の人に、私は驚いた。
「そう、森宮君。(中略)」
「でさ、その人と結婚しようと思って」(中略)
「梨花さんが好きならそれでいいけど」(中略)私の生活は変わらないはずだ。(中略)
ところが、中学を卒業をした春休み。梨花さんが泉ヶ原さんのいるときにやってきて、私と泉ヶ原さんを前に、森宮さんと籍を入れたこと、そして、私を引き取りたいことをものすごく簡潔に話した。(中略)何よりお届いたのは、泉ヶ原さんがまったく動じることもなく、「わかった」とうなずいたことだった。
「知ってたの?」
梨花さんが帰った後、私は泉ヶ原さんに尋ねた。(中略)
「まあ、話はちょくちょく聞いてたから……」(中略)
身をかがめないと外を歩けないような寒さの厳しい日、三学期が始まった。(中略)
「しゅうちゃんとは情熱で一緒になって、泉ヶ原さんは包容力にひかれて、でも最後は常識的な人に落ち着いたって感じかな。(中略)」(中略)
「はじめまて。優子ちゃん。(中略)えっと、僕は森宮壮介(そうすけ)といいます。梨花とは中学の同級生で、三十五歳です」(中略)
(中略)
一週間後、学校から帰ると、郵便受けに大学の名前が書かれた封筒が入っていた。(中略)中の紙を取り出すと、そこには「あなたは合格と決定しました」とだけ書かれていた。(中略)
三月一日は、ようやく冬も終わりに近づいてきたかと思っていたのに、また季節が戻ったかのような冷たい風が吹く日となった。(中略)卒業式の日はいつも天気が悪い。(中略)
今朝のホームルームで、向井先生は一人一人に手紙を配った。(中略)
(また明日へ続きます……)