[クォン・ヒョクチョルの見えない安保]
尹錫悦大統領が昨年10月1日午前、忠清南道鶏龍台の大練兵場で開かれた「建軍第74周年国軍の日」記念式典で閲兵している/聯合ニュース
年明けに増幅した「朝鮮半島戦争危機説」の火付け役となったのは、米国の北朝鮮専門家、ミドルベリー国際問題研究所のロバート・カーリ研究員とジークフリード・ヘッカー博士だった。彼らは11日、米国の北朝鮮専門メディア「38ノース」に共同寄稿した「金正恩は戦争準備をしているか」という文で、「金正恩は戦争を行う戦略的決定を下したようだ」とし、今の朝鮮半島の状況が朝鮮戦争直前に比肩するほど危険だと警告した。
その後、朝鮮半島戦争の可能性をめぐり、韓国と米国で政府当局者、専門家らの論争が起きた。戦争が勃発する可能性が高いとみた人は少数だった。第1次北朝鮮核危機を収めた1994年の「朝米枠組み合意」を率いたロバート・ガルーチ元米国務省北朝鮮核問題担当特使が「2024年に北東アジアで核戦争が起きるかもしれないという考えを少なくとも念頭に置く必要がある」と主張したくらいだった。
多くの専門家と韓米政府当局者は戦争勃発の可能性が低いという見方を示した。「南北間の全面戦争が起きる可能性は低いが、偶発的な武力衝突の可能性はある」というのが大方の見解だった。
金正恩朝鮮労働党総書記兼国務委員長が15日、平壌の万寿台議事堂で行った施政方針演説で、「大韓民国は徹頭徹尾第一の敵対国で、不変の主敵」だと述べている/朝鮮中央通信・聯合ニュース
シン・ウォンシク国防部長官は16日、「韓国放送(KBS)」のラジオ番組とのインタビューで、「朝鮮半島で戦争が起きる可能性がある」という主張について、「あまりにも大袈裟な話し」だと語った。シン長官は「北朝鮮が実際に戦争を用意しているなら、ロシアに砲弾数十万発を輸出するだろうか」と述べた。
韓米連合軍司令部は北朝鮮の敵対行為と奇襲攻撃を予測し備えるため、「兆候リスト」を作って管理している。このリストは米軍が過去の戦争事例を研究してマトリックスの形で作成したグローバル兆候リストの中で、朝鮮半島と関連のある兆候だけをまとめたものだ。例えば、機械化部隊と機甲部隊の戦線地域への移動▽航空機の飛行訓練の増加▽軍通信活動の増加▽軍需品備蓄の増加などを戦争準備活動とみて、これを体系的に整理したのが兆候リストだ。特に戦争と密接な関係がある項目を非常兆候として分類し、別途管理している。
北朝鮮の朝鮮中央通信は21日、金正恩国務委員長の2024年施政方針演説の貫徹を促す宣伝画が製作されたと報じた/朝鮮中央通信・聯合ニュース
韓米情報当局は24時間北朝鮮地域を監視しており、兆候に関する特異な情報が入ってくると、関連する兆候をより集中的に監視する。軍当局が「兆候のレベルが引き上げられた」と発表した場合は、北朝鮮で戦争と関連したいくつかの活動が捉えられており、これを集中的に監視しているという意味だ。
シン・ウォンシク長官が、朝鮮半島戦争危機説が大袈裟だと断言した背景には「兆候リストに特異事項がない」という判断がある。具体的に軍隊が戦争を準備するためには、砲弾など軍需品の備蓄を大幅に増やさなければならないが、北朝鮮はむしろロシアに砲弾を輸出している。北朝鮮の荒々し言葉とは裏腹に、実際には戦争を準備しているわけではないということだ。
韓国海軍特殊戦団の特殊戦要員(UDT/SEAL)たちが16~25日に酷寒期訓練を実施し、17日に江原道東海岸一帯で海岸浸透訓練を行っている=韓国海軍提供//ハンギョレ新聞社
しかし、朝鮮半島戦争危機説は収まっていない。米紙ワシントンポストは24日(現地時間)、「高まる北朝鮮の脅威、無視は通用しない」と題した社説で、「米国は北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長の最近の挑発が、ただの空威張りに終わることを望んでいるかもしれないが、ジョー・バイデン政権はその脅威をより深刻なものと見なし、(対応)計画を立てなければならない」と主張した。
カーリン氏とヘッカー氏が火をつけた朝鮮半島戦争危機説が消えないことには、2人が米国で指折りの北朝鮮・北朝鮮核専門家であることも大きく働いた。韓国と米国の専門家、政府当局者の間には「他でもなく、カーリン氏とヘッカー氏の主張だから何かがあるはずだ。無視できない」というムードがある。
ニューヨークタイムズ紙のコラムニスト、ニコラス・クリストフ氏が17日付のコラムで、「1980年代から北朝鮮を訪問し、北朝鮮問題を取り上げており、これまで数多くの『偽りの警告』を耳にしてきたが、特に信頼できる専門家の警告を無視するわけにはいかない」と書いた。
(2に続く)
米国発「朝鮮半島戦争説」広がる…
尹政権だけが知らない「抑止力の神話」(2)
登録:2024-01-27 06:38 修正:2024-01-27 10:52
[クォン・ヒョクチョルの見えない安保]
ミドルベリー国際問題研究所のロバート・カーリン研究員(左)とジークフリード・ヘッカー博士=ウィキメディア・コモンズより//ハンギョレ新聞社
(1から続く)
ミドルベリー国際問題研究所のロバート・カーリン研究員は1971年、米中央情報局(CIA)に入り、1989年まで分析官として働いた。カーリン氏は1974年から北朝鮮の業務を担当し、約50年間北朝鮮を見守ってきた。1989年には米国務省に移り、2002年まで国務省情報調査局(INR)北東アジア責任者を務め、北朝鮮担当特別大使の首席顧問を務めた。2006年まで、北朝鮮の新浦(シンポ)に軽水炉を建設する朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)の首席政策諮問官として働いた。1996年2月以降、北朝鮮を30回訪問し、2000年10月のマデレーン・オルブライト国務長官(当時)の平壌(ピョンヤン)訪問の際も随行した。
カーリン氏は1990年代以降、ほぼすべての米国と北朝鮮の対話と交渉に関わってきた。チョ・テヨン国家情報院長は外交部第1次官時代、「(カーリン氏は)米国で最も多く北朝鮮の労働新聞を読んだ人」だと評した。
ジークフリード・ヘッカー博士は、プルトニウム科学、核兵器政策、核安全保障分野で世界的に認められている核物理学者だ。ハッカー氏は米国ロスアラモス国立研究所で働き、研究所長を務めた。1943年に設立された同研究所は、米エネルギー省所属の国立研究機関だ。1943年の設立当時、ロバート・オッペンハイマーが研究所の責任者として赴任し、オーゲ・ニールス・ボーアやエンリコ・フェルミ、リチャード・ファインマンなど世界的な科学者が集結し、人類初の原子爆弾を作るマンハッタンプロジェクトを進めた。
北朝鮮が2004年から2010年まで計7回にわたってヘッカー氏を招待し、北朝鮮寧辺(ヨンビョン)の核施設内にあるウラン濃縮設備を公開したのは、ヘッカー氏の経歴に注目したためだ。
北朝鮮ミサイル総局は「14日午後、中長距離固体燃料式弾道ミサイルの発射実験を成功裏に進めた」と労働新聞が15日付2面に報道した/朝鮮中央通信・聯合ニュース
昨年末から南北の険悪な言葉の応酬と軍事的な過剰対応も、朝鮮半島の戦争危機を増幅させている構造的背景だ。金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党総書記は先月末、労働党中央委員会第8期第9回全体会議で、南北関係を「もはや同族関係ではなく、敵対的な二国間関係」だとし、「統一はもう不可能だ」と宣言した。さらに「有事の際、南朝鮮領土を平定するための大事変の準備」も強調した。年末から続く北朝鮮の好戦的な言動は、朝鮮半島戦争危機説を燃え上がらせる焚き物の役割を果たした。
新年早々南北間の緊張が高まっていること受け、米ホワイトハウス、国務省は北朝鮮に対する圧迫を続けながらも、北朝鮮に「外交への復帰」を呼びかけている。一方、尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領と統一部、国防部は、「目には目を、歯には歯を」流の対応と断固たる対処を強調するだけで、対話については全く触れていない。
尹錫悦政権は、北朝鮮の好戦的な言動が4月の総選挙を控え、韓国内部の対立を誘発しようとする心理戦とみて、国民と政府が一丸となって北朝鮮政権の欺瞞戦術と宣伝、扇動をはねのけるべきだと主張する。
カーリン氏とヘッカー氏の寄稿文は、韓国と米国が抑止力の神話に陥っている点も強調した。寄稿文は「韓米は鉄のような抑止力を強調するなど、金正恩委員長が現状を破壊できないようにしながら、北朝鮮政権の完全な破壊を公言しているが、そのような考えは致命的な影響を及ぼし兼ねない」とし、戦争が勃発すれば「韓米が勝利しても結果は無意味なものであろう」とし、「荒廃した焼け野原が見渡す限り広がるだろう」と主張した。戦争は、勝つよりも避けるのが得策だ。
クォン・ヒョクチョル記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )