中国は「尹錫悦の戦争」を懸念していた(1)
12月3日以降、韓国の集会や国会の状況に中国語字幕を入れた映像を非常に多くの中国人がインターネットでシェアし、一緒に見た。今回の内乱事態とそれに対する韓国市民の抵抗は民主主義に対する悩みだという共通点で、韓国人と中国人が意思疎通できるきっかけにもなった。
今年11月末、中国の北京と上海に行った際、多くの中国人が「韓国でまもなく戦争が起こりそうだ」と話すのを聞いて非常に驚いた。
中国の朝鮮半島研究者たちは、朝鮮半島で戦争が起きるなら、第一は偶発的衝突、第二は尹錫悦(ユン・ソクヨル)の故意的な挑発であり、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)総書記の挑発の可能性は非常に低いと語った。一般市民たちも「韓国で戦争が起きるかもしれないから、留学や旅行も危ない」とひそひそ話をしていた。筆者は尹錫悦の問題が深刻なのは事実だが、故意に戦争まで起こすのは難しいと答えた。
中国から帰国して数日後、尹錫悦大統領が戒厳令を宣布した。今春から尹錫悦と側近たちがビラと無人機(ドローン)などを動員して北朝鮮の挑発を誘導しようとし続け、北朝鮮の汚物風船に対応して「原点打撃」を指示したという証言まで出ているのは、さらに衝撃的だ。国中が戦争の淵まで引きずり込まれていた。筆者は中国の知人たちに「まさかここまでとは思わなかった」という釈明のメッセージを送った。「12・3内乱事態」後、ソウルで会った北京大学の教授は「中国は今年初めから尹錫悦が朝鮮半島で衝突を起こそうとしていると懸念してきた」と語った。
3日夜に行われた尹錫悦の非常戒厳宣言直後から、数十年ぶりに韓国の歴史書から飛び出してきたかのような内乱事態と、21世紀の韓国市民の抵抗に対する中国の関心は熱かった。官営メディアはもちろん、ポータルサイトやソーシャルメディアなどでも関連ニュースが主要ニュースと検索のキーワードになった。
「中国スパイ」と「中国太陽光」をクーデターの理由に挙げた12日の尹錫悦談話は、嫌中色の強い極右支持者の結集を狙った爆弾宣言だった。中国外交部の毛寧報道官が「深い驚きと不満」を表し、「いわゆる『中国スパイ』という濡れ衣を着せ、正常な経済・貿易協力に泥を塗ることに断固反対する」と批判した。しかし、この時を除けば中国政府は「内政不干渉」を強調し慎重な態度を示している。韓国で「親中」、「反中」、「嫌中」など中国をめぐる立場が複雑に交差する状況で、中国が韓国政治に介入しているようにみられまいと、細心の注意を払っているようだ。
今回の内乱事態が起きる前、中国政府は韓国に向けた「微笑外交」に軌道を切り替えた。韓国人に対する「一方的」ビザなし政策を実施したのに続き、各界各層の韓中交流に力を入れている。これには中国の複合的な戦略的考慮がある。トランプ政権の帰還を前に、中国は今年春から米国の主要同盟である韓国、日本、ヨーロッパ諸国との関係改善を図っている。特に来年11月に慶州(キョンジュ)で開かれるアジア太平洋経済協力首脳会議(APECサミット)を機に習近平主席が訪韓するためには、韓国に友好的な雰囲気を作らなければならない。続く2026年のAPECサミットは中国で開催されるが、習近平主席が連続して3期を務めてきたにもかかわらず、中国の戦略においては重要な意味がある。米国でトランプが政権に就き、アメリカファーストを掲げて同盟をはじめ世界各国と対立を引き起こすのは、中国にとっては自由貿易の守護者であり包容的な代案としての姿を強調するチャンスだ。APECサミットに出席する各国の首脳が、トランプの米国よりは中国がはるかに信頼できると考えて中国に近づこうとする姿は、習近平主席の4期目へと向かう重要な踏み台になるだろう。
このような状況で「反中国」の先頭に立ち、韓日密着と韓米日軍事協力の強化で主要な役割を果たしてきた尹錫悦大統領が、軍を動員して内乱を起こし自滅した。誰が次期韓国指導者になっても、尹錫悦に比べれば中国に友好的であるものと予想される。中国が韓国を注視せざるをえない状況だ。復旦大学の趙明昊教授は、14日にソウルで成均中国研究所主催で開かれた学術会議「転換時代の中国と未来」で、「尹錫悦弾劾は韓中関係の再調整のきっかけになるだろう」と述べた。趙教授は「トランプ政権が発足すると、韓国と日本に対する米国の圧迫は強まるだろう。中国は、韓米日対朝中ロの対立構図を望んでいない。グローバル市場を重視する中国は北朝鮮やロシアとは立場が異なり、韓国や日本との協力を望んでいる」と強調した。
(2に続く)
中国は「尹錫悦の戦争」を懸念していた(2)
(1の続き)
中国政府の戦略とは別に、今回の事態を見る中国人の世論は複雑で微妙だ。多くの中国人にとって、尹錫悦が行った「12・3内乱事態」は東アジア民主化の優等生であることを自負してきた韓国政治が「混乱している」という認識を強めた。インターネットでは「韓国の大統領はなぜ毎回、末路が悲惨なのか」、「軍隊がなぜデモ隊に発砲すらできないのか」という嘲弄も広がった。2021年1月6日に選挙不正論を主張して国会議事堂を襲撃するよう支持者を扇動したトランプがホワイトハウスに戻ることになったのに続き、尹錫悦が選挙不正論を主張しながら軍を動員して国会を攻撃したのは、西欧式民主主義の失敗と中国式政治体制の安定性を強調してきた中国共産党の叙事を後押しするものだった。
もちろん、国会前で装甲車と銃を阻止した韓国市民の姿は、中国人に1989年の天安門デモの流血鎮圧を思い出させるものだった。ドイツに亡命中の元「南方週末」編集長の長平氏は、「ドイチェ・ベレ」(DW)中国語版への寄稿で、「中国人は今回の韓国のニュースを借りて1989年の天安門鎮圧の歴史をしばらく語れるようになった」と述べた。さらに「尹錫悦が戒厳を宣布した後に出てきた戒厳司令部の通告には、言論と出版に対する統制や、集会とストライキを禁止する内容が含まれている。これを見た中国のネットユーザーは『戒厳がこのような内容ならば、ある国はつねに戒厳状態にある』と書いた」とし、検閲と統制の中の中国社会を「持続的戒厳状況」に喩えた。
東京に滞在している中国人ジャーナリストで作家の賈葭氏に、韓国の非常戒厳事態を中国人はどう見ているのかという質問を投げかけた。氏は「最近数年間『タクシー運転手』をはじめ、韓国の光州(クァンジュ)民主化運動に関する映画が中国の小規模グループの間で流行したが、公に上映されることはなかった。普通の中国人は、韓国人が民主を勝ち取り守るために流した血と努力をちゃんと理解しておらず、官営メディアが誘導する通り、今回の事態は西欧式民主主義の危機であり混乱だと考えるだろう」という答えを送ってきた。そして、他の側面も一緒に見なければならないと強調した。「自ら問題を考えることができる多くの中国人は、民主体制を守るために行動に出た韓国の国会議員たちの努力と市民の力に関心を持っているが、このような観点は主流メディアには登場せず、個人的に書く文に登場するだけだ。しかし、独立的に考える多くの中国人は、韓国市民の行動を支持し、うらやましがり、自分たちの現実に投影したりもする」
韓国国会で弾劾案が可決された瞬間、中国の友人たちの歓呼と応援がインターネットに乗ってここまで伝えられた。「韓国の民主を支持する」 、「尹錫悦がついに退いた。民主万歳!」。12月3日以降、韓国の集会や国会の状況に中国語字幕を入れた映像を非常に多くの中国人がインターネットでシェアし、一緒に見た。今回の内乱事態とそれに対する韓国市民の抵抗は民主主義に対する悩みだという共通点で、韓国人と中国人が意思疎通できるきっかけにもなった。
北京外国語大学の周曉蕾教授は7日、「中国新聞周刊」への寄稿で、尹錫悦の戒厳を「冷戦の幽霊」と解釈し、今回の事態で明らかになった「韓国の傷」に注目した。「尹錫悦は『妻を守るために非理性的行動をした』のではなく、『冷戦の遺産』に従った… 韓国の戒厳の歴史を振り返ると、軍事独裁政権は分断の現実を利用し、国家非常事態を作り出し、国内の反対者たちに対する鎮圧を正当化してきた。韓国は民主化時代に入ったが、分断体制下で戒厳が象徴する合法的な国家暴力とそれが日常に浸透する状況からは抜け出せずにいる。それこそがハン・ガンがノーベル文学賞を受賞した原因かもしれない。ハン・ガンは文学の形で歴史の傷をあらわにし、傷の下でいつでも化膿しうる(奥底の)傷を暗示した」
尹錫悦の弾劾と内乱加担者に対する断固たる処罰が必ず必要だが、それだけでは解決されないほど、韓国政治と社会の問題は深く膿んでいる。これまで多くの韓国人が民主主義の優等生という自負と傲慢さが混在した視線で中国を見てきた。今回の非常戒厳で、その民主主義がどれほど脆弱なのか、それを守るために韓国人は何をすべきかを深く考えさせられた。鋭く分裂し、互いを憎悪することで、肝心の共同体の問題を解決する能力を失いつつあるこの深い危機の根源を探り出し、反省し、直すことができなければ、私たちの前には何があるだろうか。
訳H.J