雪雲が消えて、瀧山の雪が陽をうけて輝
いた。南のベランダから、日々の瀧山の
様子を見ることができる。雪催いの日
は、刻々と景色を変えるので、うっかり
すると最高の景色を見逃すことも間々あ
る。
衰老は簾もあけず庵の雪 其角
『猿蓑』に見える、其角の付句である。
小さな庵で留守居をしている老人は、も
ちろん枕草子の簾をあげて山の雪を見る
風流を心得ているわけでもない。耳も遠
く、客の用も立てずに帰してしまう。ぼ
うっとして冬の一日を過ごしている。
雪雲が消えて、瀧山の雪が陽をうけて輝
いた。南のベランダから、日々の瀧山の
様子を見ることができる。雪催いの日
は、刻々と景色を変えるので、うっかり
すると最高の景色を見逃すことも間々あ
る。
衰老は簾もあけず庵の雪 其角
『猿蓑』に見える、其角の付句である。
小さな庵で留守居をしている老人は、も
ちろん枕草子の簾をあげて山の雪を見る
風流を心得ているわけでもない。耳も遠
く、客の用も立てずに帰してしまう。ぼ
うっとして冬の一日を過ごしている。
寒波が来て4日目、昨日夕方青空がのぞい
た。雪雲が消えると、青空が新鮮に見え
る。豪雪で有名な肘折は、積雪ゼロがこの
3日間で114㌢に達したと報じられている。
蔵王のスキー場も滑ることのできないスキ
ー場開きとなったが、この寒波が救いの神
となったであろう。
雪の日のゆたかに暮るる一画集
福永みち子
もう遥かな昔になるが、学生のころ、阿部
襄という先生がいて、農学の講義を聞いた。
鶴岡からやってきて、週一度の講義であっ
たが、大きな声の元気な先生であった。そ
の先生が書いた随筆に『庄内の四季』とい
う本がある。先生は庄内の地吹雪の激しさ
を書き、そのなかで吹雪倒(ふきどれ)の
話を書いておられる。先生が子供の頃、村
に飴売りの少年がやってきた。12,3歳の年
ごろで、同じくらいの年なので、あまり話
はしなかったが、くるとお互い笑顔を交わ
すようになった。昼時などは廊下に腰をか
けて、握り飯を食べた。家のお婆さんが、
少年のためにワカメ汁を温めて出した。少
年の売る飴はおいしく、先生もお婆さんも
よろこんで食べていた。そうこうしている
内に少年はぷっつりと姿を見せなくなった。
はじめは風邪をひいたのだろうくらいに思
っていたが、やがて悲しい話が聞こえてき
た。飴売りの少年は、松嶺から山寺を飴を
売りながら竹田へと帰る道はずれに、雪に
埋もれて死体となって見つかった。道らわ
ずか一間ほどの雪のなかであった。ここは
田んぼの中の道で、吹雪になると2、3㍍先
も見えなくなる。背の飴箱には半分ほどの
飴が残っていた。当時、一冬に数人こうし
て亡くなる人がいた。わずか60年ほど前の、
雪国の冬の話である。