常住坐臥

ブログを始めて10年。
老いと向き合って、皆さまと楽しむ記事を
書き続けます。タイトルも晴耕雨読改め常住坐臥。

ブナの一生

2021年07月05日 | 日記
今年はブナの実が凶作で、山に餌がなく、熊が里に降りてくる。という話をよく聞く。そもそもブナが多く実をつけるのは、5年に一度ほどだ。大きなブナの樹にどのくらいの量の実が生るのか。調べてもネットに記載されている情報はない。豊作の年、どかんと落ちる実で、これを餌とする野ネズミや熊が沢山子を産む。野ネズミの個体が増えると、ブナの実は野ネズミに食べ尽くされてしまう。そこで、野ネズミの個体が増えないように、5年に一度くらいしか実をつけないという調整力がブナにはあるという説がある。

食べられるのは実だけではない。発芽した双葉も実と同様に栄養に満ちている。野ネズミは、この幼苗も見逃さない。豊作の年、ブナの木の周りには、1㎡以内に120本、5m以内に50本、10m以内に40本、20m以内10本という具合に取り巻いて稚苗が生える。この幼苗が成長していくにはいくつもの壁がある。林床に笹が繁茂しているとその被圧で10年ほどで全て枯死してしまう。林床にオオカメノキやクロモジが繁茂しているとこれなら、20年位生き延びることができる。ブナの生育を阻害するのはこれだけではない。親樹に若葉が茂ると、幼苗が生えている地点まで日光が届かない。大きく成長したブナな葉が光合成をするために光りを独占してしまうのだ。幼苗が土壌の含まれる土壌病原菌にやられてしまうことも多い。光を十分に受け取れない若木は、菌への抵抗力の弱いからだ。

こんな時、台風や枯死寸前のブナの大木が倒れることがある。ぽっかりとできる孔状地。親樹の樹冠が占めていた空間に空きができ、日光が林床まで届くようになる。そこに若木があると、驚くほどの勢いで成長が始まる。種の更新の神秘である。より日を受けるために枝葉を伸び、その分幹の成長も早まる。樹高が130㌢ほどになると次の危険が迫る。雪の上に新梢が顔を出すと、それを狙って、兎が集まってくる。樹高が150㌢に達しないと、野兎の食害は大きくここで倒れる若木も多い。安全な樹高2mに達するまでには20年を要する。20年から100年まで、ブナ林はようやく枯死する樹が減り安定期を迎える。我々が近くの山で見るブナ林はこの時期にあたるような気がする。

ブナの樹齢が150年を越してくると、幹の成長が急に大きくなる。と同時に生存個体数の減少が激しい。ブナ同士の種内競争が起きているからだ。枝葉が伸び、太陽の光をより大きく受けるようになると、他の個体に日陰を作るためであろうか。ただひとつ、葉を食べるガ、ブナアオシャチホコという虫が大発生するときがある。近年蔵王のアオモリトドマツにキクイムシが発生して、大量の枯死が見られたが、ブナにはそんな現象は起きない。ブナの葉を喰う蛾には天敵がいる。クロカタビロオサムシだ。手塚治虫はこの虫の名をとっている。樹上で生活して蛾を好んで食べる。この蛾の幼虫はサナギになって地中で越冬するが、サナギタケというキノコが寄生してサナギを死に至らせる。冬虫夏草と呼ばれるキノコである。この天敵の存在のために、ブナの寿命が400年ほどのびることになる。

一本の木から実が落ちて250年以上生き延びるブナは何本になるだろうか。幸運な数本だけが、そんな生涯を送る。サルノコシカケをつけたブナを見ることがあるが、枯死したものか、すぐに枯死して倒れていく。その周辺には、次の世代を担う幼木が、出番を待っている。その周辺に異変が起きると、実を成らせる時期も自由に選ぶ。種の保存のために、ブナがとる行動は生命の神秘としか言いようがない。こうしたブナの一生に思いを致すと、東北の山でみるブナが何か愛おしくなる。
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