monoろぐ

古典和歌をメインにブログを書いてます。歌題ごとに和歌を四季に分類。

有本芳水の詩「法隆寺」

2015年09月07日 | 読書日記

法隆寺

乱松(らんしよう)一路(ろ)すぎがてに
山もと烟(けむ)る秋の日を
堤(つつみ)に添ひて野を越えて
たづねて来(き)つる法隆寺。

破(や)れし築地(ついぢ)に身をもたせ
塔に入(い)る日を眺むれば
緋(ひ)のささべりも美(うつく)しう
むらさきの色乱れ散る。

緑の甍(いらか)地に落ちて
夢の如くに色褪(あ)せぬ
父母(ちちはは)を招(よ)ぶ斑鳩(いかるが)の
声は林におさまりて。

眉うら若き雛僧(ひなそう)は
丹(あけ)の細殿むらさきの
紐に衣(ころも)をひきしめて
足音(あおと)もかろく傳(つた)ひ来(き)ぬ。

霊場(れいぢやう)詣(まう)での杖かろき
大和(やまと)めぐりの人人(ひとびと)の
涙も交(まじ)る御詠歌や
負笈(おひづる)を吹く秋の風。

女(をんな)、わらべは紅(くれなゐ)の
脚絆(はばき)の膝を折り敷きて
番(ばん)のみ寺(てら)をとひしごと
立ちし仏(ほとけ)にぬかづきぬ。

まだうら若き旅人(たびびと)は
赤、青、紫さまざまの
壁に染めたるいにしへの
壁画のにほひかいて見ぬ。

鳴り来る血潮のどよめきに
見よ若人(わかうど)の白き頬(ほ)は
女(をみな)の如くなり行(ゆ)きぬ
あつき涙も交(まじ)りつつ。

にほひは悲(かな)し日は暮れぬ。
行くな旅人(たびびと)秋の日を
行方(ゆくへ)かたらず安らかに
伽藍(がらん)にねむれただひとり。

(有本芳水「芳水詩集」より)