しなしなの記録

 しなしなの趣味の記録です。洋楽カラオケ、郵便局訪問、川、猫など

山形県新庄市で多くの琺瑯看板が設置されている所があるのに気がつきました その2

2016-10-24 20:55:16 | Weblog

 10月18日(火)の続きです。トップの写真の右下から始めます。縦長以外の看板です。

 一番右下は、文字を右から左に横に読みますので、戦前か、戦後直後のものと思われます。「福助足袋」です。㈱福助は、現在、東京に本社が有りますが、元々は堺市に有りました。創業者の辻本福松氏が、堺市で足袋の製造販売を行う「丸福」を創業したのが始まりです。1882年(明治15年)のことです。そして、1900年(明治33年)に「福助印堺足袋」を販売したそうです。順調に売り上げが伸び、会社も発展しました。しかし、2003年(平成15年)民事再生を申請し、再建がなされます。本社も東京に移されました。

 「福助足袋」の隣の琺瑯看板は、「味噌、醤油、鈴彦、ヤマカノ」と書かれています。ヤマカノ醸造㈱さんのものと思います。宮城県登米市の会社です。明治中期の頃の創業だそうです。明治と昭和の二度の大火で焼失し、詳しいことは分からないとのことです。

 「焼酎ダイヤ」の隣の四角い看板は、見たことはあるような気がして調べました。鳥と日の丸の図柄です。調べたところ、解りました。㈱ヒドリ自転車製作所のシンボルマークです。1920年(大正9年)創業の会社だそうです。東京都葛飾区で自転車を製造していたそうです。現在は、合併し㈱ヒドリ自転車製作所は無いようです。

 「㈱ヒドリ自転車製作所」の隣に「火気厳禁」があり、その隣に「茶」と書かれた琺瑯看板が有ります。小さく「静岡〇三」と書かれています。たぶん、静岡県菊川市の共栄製茶農業協同組合のお茶の看板だと思います。「まるさん」がシンボルマークなので。

 「茶」の左隣に「一番よい獅子印の綿」の琺瑯看板が有ります。新潟市中央区の木村綿業㈱の琺瑯看板です。1911年(明治44年)に木村商店を法人にし、発足した会社です。現在も寝具などを製造、販売しています。

 その上に花の琺瑯看板が有ります。こちらは、「ぼたん印の綿」のマークだけになったものと思います。新潟市の横山商店の綿です。現在は廃業されているそうです。

 「ぼたん」の上、小さい縦長の琺瑯看板が有ります。「靴と傘の協働社」と書かれています。㈱協働社は、秋田県秋田市等にあった量販店チェーンストアです。うさぎがシンボルマークでした。最盛期には、東北50店舗を要したそうです。残念ながら、1997年(平成9年)に経営破綻したそうです。

 大きな菱形の2枚の琺瑯看板は、「金盃」です。金盃酒造㈱は、神戸市灘区に有ります。1963年(昭和38年)、四季醸造の技術を先代の社長、高田小三郎氏が推進したそうです。また、「火入れ」という加熱処理をしない、生酒はこの会社が始めたものだそうです。

 一番左上の四角い琺瑯看板は「日の丸」です。秋田県横手市の日の丸醸造㈱さんの酒銘です。秋田藩佐竹氏の紋所から由来で、日の丸になったそうです。創業は1659年(元禄二年)です。1943年(昭和18年)、戦争による企業整備令で廃業になりました。しかし、1948年(昭和23年)に復興し、現在に至っています。「まんさくの花」の酒銘が有名なようです。

 こうした琺瑯看板は歴史が有ります。調べていて面白いです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする